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受け取った『ネイティブ・ワイバーン』のステーキをすぐに食べてしまうのはもったいないので、まずは見聞から入ることにする。
フォークの背でステーキを押すと、柔らかくも程よい弾力が指先に伝わってくる。断面を見れば非常にきめ細かく良く引き締まっていおり、昔一度だけお付き合いで食べたことがある、最高級のサーロインステーキを思い出した。
さて、いささか早い気もするが見聞もここまでとしよう。なにせこのステーキが『早く食べてくれ!』と訴えかけてくるのだ。勿論俺の100%主観であることは疑いようのない事実だとは自覚しているが、これをこれ以上拒むことが出来ない事もまた自覚しているのだ。
それでは、まずは一口目。……うん、美味い。肉にサシのような物が入っているのだろう。噛みしめる度に牛肉のような甘みのある脂が口いっぱいに広がっていく。
『ワイルド・ボア』を食べていたことから雑食、もしくは肉食性のモンスターであるはずだが嫌な臭みが一切なく、芳醇な香りと豊かな旨味が永遠と湧き出てくるような美味しさだ。
しかし、残念ながら延々とお肉が口の中に残り続けてくれるわけも無し。1分もしない内に肉は口から胃袋の中へと旅立ってしまった。そして俺の舌が早く次の肉を口の中に入れろと脳ミソに訴えかけてくる。
しかし……そう、やはりもったいないのだ。ステーキは全部で5切れ。先程1切れ食べたので残りは4切れだ。その気になればすぐに食べることが…いや、悲しいかな食べきることが出来る量だ。
食べきるまでにかかる時間は10分にも満たないだろう。無論、その10分は至高の時間を味わうことが出来る。しかし、たったの10分の為だけに、これほど貴重な肉をすべて消費しきってしまう事が出来るのか?いいや、出来るわけがない。
叶う事なら1時間ぐらいかけてゆっくりじっくり堪能したいところではあるのだが、冷え固まってしまえば、最悪この肉の味が落ちてしまう可能性すらある。そうなってしまえば…考えるだけでも恐ろしい。
それにあまりにも時間をかけすぎて食べるというのも…何というか、周りに人目もあるので普通に恥ずかしかったりもする。周りの人たちは俺と同じことを考えてはいないのだろうか?
軽く周りを見回すが、皆肉の味に感動しつつも俺のような卑しいことを考えていそうな雰囲気は全く感じない。やはり、この場にいるほとんどの人は生れながらの上流階級ということか。俺のような小市民を探す方が難しいというわけだ。
結局、間を取るためのお酒を飲みながら30分ほどかけてチビチビと食す。最後の一口は寂しさと切なさを感じたな。本当に今このタイミングで最後の一口を今食べて良いのだろうかと、後ろ髪を引かれる思いすらしたほどであった。
口の中に僅かに残った肉の味と香りを惜しみつつ、流石にこれだけでは腹が膨れていなかったので他の料理をとりに行くことにした。
調理台の撤収作業も終わり、祝勝会も少しずつではあるがお開きと言った流れに成りつつあることを何となく察した。
料理も美味かったし、酒も美味かったし、何より肉が美味かった。解体ショーも見世物としてかなり興味を惹かれたし、参加者からどのように『ネイティブ・ワイバーン』を倒したのか聞かれた東条さんが機嫌よさげに話す武勇伝も遠巻きに聞いていて本当に楽しかった。
終わってみれば良い記憶しか残っていない。しかし、明日からはまた危険なモンスターの住まう『新天地』での活動を送る日々になる。今日という楽しい記憶を反芻するのもそろそろ終わらせ、現実に戻ることにしよう。
「む?檀上殿か、奇遇だな」
会場から出て近くにある自販機でお茶でも買おうと思いトボトボと向かうと、そこに同じパーティーのメンバーであるドルグさん達ドワーフがいた。
普段から顔を合わせてはいるが、よく考えるとこうしてドワーフ達とタイマン?で話す機会はあまり恵まれていないせいかすごく新鮮な気もする。
「酒を飲んでおったのか?檀上殿にしては珍しいな」
クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎながら問いかけてくる。よく考えれば、ドワーフの近くでお酒を飲んだことが無かったな。理由は勿論、ドワーフ達の絡み酒に巻き込まれてしまえば翌日以降地獄を見ることは明らかだからな。
「ええ、軽めのお酒もかなりあったんで、そんなにお酒に強くない俺でもいろいろなお酒を堪能することが出来て良かったです」
本音を言えばお酒に弱いというわけでも無いのだが、それはあくまでの人間視点である。ドワーフからすれば、俺なんてアルコールに弱いを通り越して虚弱体質と言えるであろうな。
無論、下手な言い方をして彼らの酒宴に巻き込まれてはたまらないので、ここではこういった言い方をしておいた方が得策だろうと考えての発言であった。咄嗟のことではあったが、ちゃんと予防線を張ることの出来た過去の自分を褒めてやりたい気持ちになった。




