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「うむ、久しぶりじゃな。檀上殿」
「全くじゃ。檀上殿も元気そうで何よりじゃ」
“ガハハ”と豪胆に笑う彼ら兄弟の口からアルコール臭が漂うが、顔色は平静そのもの。口臭以外には彼らがお酒を飲んでいるようにはまるで見えない。やはりドワーフ、お酒にはめっぽう強いらしい。
「お二人とも、どうしてここに?」
『新天地』でモンスターを狩ることで稼ぐ戦士でもなければ、商人のように販路を広げるためというわけでも無い。未熟な職人であれば人間に自分の腕を売り込むためとも考えられるが、この兄弟ならわざわざ腕を売り込みに来なくても仕事なんて黙っていても転がり込んでくるだろう。
「ま、簡単に言えば付き合いじゃな。儂らも所詮は世俗社会に生きる力なき民。強大な権力の前には屈せざるを得んと言う事じゃ」
とてもではないが、自分の力の無さを嘆いているような口調ではない。俺がそんなことを思っていることを察してか、弟であるゴンドさんが小さな嘆息をした後、補足説明をしてくれた。
「何が『世俗社会を生きる~』じゃ。今まで飲んだことのない酒を浴びるように飲むことが出来るからと、喜んで来おったくせに」
「あ、やっぱりそうなんですね。お二方ともかなり高名な職人だと聞いていましたので、おかしいなぁとは思っていたんです」
『バレたか』と、いたずら小僧のような表情を見せるゴルドさん。意外と茶目っ気があるのだろうか。ただ、髭もじゃのおっちゃんがそんな表情を見せても全然可愛くない。そこから少し表情を引き締めて言葉を続ける。
「ふむ……それにしても、儂らの名がコッチの世界の民にまで轟いておったとわな。驚きじゃわい」
「何を言っておるんじゃ、兄者。先日からニホンからの注文を受け始め……まさかあれだけ目を通しておけと口をすっぱく言っておったのに、注文書に目を通しておらんかったのか?」
「あ……いや、そうじゃ無くっての……」
しどろもどろになりつつも何とか弁明をしようとはしているが、一切の背後関係を知らない俺ですらゴルドさんがその注文書に目を通していなかったであろうことは察しがついた。
ただ、ゴンドさんからすればそれは何度も経験したことなのだろう。大きなため息をつき、“次からは気を付けてくれ”と軽く注意だけしてあとはあきらめたような表情をして小さなため息をついた。
その言葉も何度も言ったセリフなのだろうということも察しがついた。
面倒ごとは嫌がるが職人としての腕がピカイチな兄貴と、しっかり者の弟と言った関係か。ある意味バランスが取れているともいえるが、弟であるゴンドさんの心労がヤバそうな気もしないでもない。
ま、彼らとも知らない仲でもない事だし、ここは俺が少し暗い話題を変えてあげることにしよう。
「そういえば、気に入ったお酒とか見つかりましたか?」
俺が出した助け舟のためか、それとも単に話題がお酒に移ったためか。先ほどまで少し申し訳なさそうな表情を見せていたゴルドさんの顔つきが一変。顔が半分ほど髭で覆われているにも関わらず、満面の笑みを浮かべているであろうことが容易に分かるほどに破顔する。
「うむ!すでにいくつか儂好みの酒を見つけたな。他にもまだまだ飲んでおらん酒もある事じゃし、楽しみが尽きんわい!」
「じゃな。ちなみに檀上殿のおすすめはどんな奴じゃ?」
俺の意見を聞かれてもな……俺の肝臓はドワーフとは違い、アルコール分解能力は人並み程度しかない。この会場にあるお酒を全種類飲むことが出来るだけの処理能力を持っていないことは断言できる。
当然ながら、ドワーフにおすすめを紹介できるだけのお酒を飲んでいないのだが……とりあえず今飲んでいて、かなり美味しいと感じたこの酒を紹介することにした。
「ふむ……エルフ産の果実を使った果実酒か。それはまだ飲んでおらんかったの。どこにあるんじゃ?」
場所を聞かれたので教えてあげる。このお酒を造った酒造メーカーが無名に近いためか、出店場所が中央から少し離れた場所にあったので、今までゴルド兄弟の目に入らなかったのだろう。
「うむ、良いことを教えてもらった。もう少し話していたいが、至急しなければならんことが出来た。話はまた今度ゆっくりな!」
至急しなければならないこと……つまりは、俺が教えた場所に行きお酒を飲むことだろう。何のかんのと問題はあるが兄弟仲は非常に良く、今にも肩を組みそうなほど機嫌よさげな彼らの背中を見送った。




