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大浴場に行って汗を流し、綺麗な服装に身を包む。
祝勝会の会場となるのは俺達が宿泊しているホテルの大広間であり、移動時間は数分という短い距離ではあるのだが開始時刻の30分前には部屋を出た。
大広前の前にはすでにたくさんの人が待機している。『新天地』で活動している探索者やエルフ、ドワーフはモチロンのこと、背広を着た会社の役員風の人や、豪華な服装に煌びやかな服飾品に身を包んだエルフやドワーフの姿も見える。
恐らくはエルフやドワーフの商人なのだろう。身に付けるものからでも自身の財力を誇示することで相手からの信用を得ることが目的だと思う。探索者の武器が剣や弓であるように、商人にとっては豪華な服装が彼らにとっての武器なのだろう。しかし、その価値を正確に把握することの出来ない俺からすれば『あんな重そうなものを身に付けて大変だろうなぁ』という思いの方が強かった。
そんな事を考えていると背後から背中をポンポンと叩かれた。振り向くと、そこには弓取さんの姿があった。
「よっ!結構来るのが早いな」
「部屋にいても、これと言ってすることも無いですからね。弓取さんもお早いのでは?」
「まぁな。俺の部屋の隣、ドワーフだろ?何っつーか…気迫?威圧感?って奴を壁越しでもビシバシと感じてしまってだな。落ち着かないからさっさと来ることにしたんだ」
苦笑いを浮かべつつ、そう語る弓取さんに若干同情する。しかし、それほどまでにこの祝勝会が楽しみなのか?うちのパーティーメンバーのドワーフ達もそうだが、毎日のように酒を浴びるほど飲んでいるはずなんだが…
「聞いた話っつーか、聞こえてきた話っつーか……どうやら、この祝勝会にはドワーフの趣向に合わせて酒造メーカーが作った、試作品のお酒が多数提供されているらしいんだ」
「なるほど、それを楽しみにされているということですか」
「だろうな。まぁ、メーカーからしても、ドワーフの国という大きな市場に食い込むことが出来れば、そこから生み出される利益は計り知れんからな。どこのメーカーも気合を入れてんだろ」
最近ではドワーフ製の高品質な製品の輸入が始まったらしく、巷ではそのクオリティの高さに皆驚いているらしい。
『協会』としても混乱を最小限に収める為にそこそこ高い関税を設けたりだとか色々と手を打っているのだが、すでにドワーフの製品を入手している一部の富裕層からの人伝であったりで評判がすでに広まりつつあるとか。
その為すでにドワーフ製の商品が品薄になっているとかで、その混乱を抑えるために更なる関税の引き上げをしようとか、そうでないとかの話にもなっている…と、聞いた気がする。
つまるところそれは、ドワーフの国が経済的にもかなり豊かであるという事だ。そんな豊かなドワーフがたくさんおり、ドワーフの好物がお酒となれば……酒造メーカーが頑張らない理由は無いというわけだ。
「お酒を造っているメーカーからしても、プロヴェスト王国はどこの企業の息もかかっていない、夢のような国……っていうか、世界ですからね。おまけにお金を持っている潜在的な顧客がごまんといるとなれば…」
「ニホンでも名のあるメーカーは勿論だが、無名のメーカーにも平等にチャンスはある。むしろここで大成功を収めれば、ドワーフ達の住む世界の市場を一気に席捲できる可能性もあるってわけだ」
有名どころの酒造メーカーだと、ネームバリューで自社の製品を購入される場合もあるだろう。逆を言えば無名なメーカーだと、『名前を聞いたことが無い』という理由で商品を購入されない場合もあるわけだ。
しかし異世界なら話は別だ。どこの酒造メーカーも彼の国からすればすべて無名、つまりスタート地点はどこも一緒であるため、変な色眼鏡で見られることは無い。
恐らくだが、この『ワイバーンの祝勝会』は大いに沸くだろう。まぁ、最大の目的は東条さん達を祝う事ではあるのだが、小さなことに拘らない東条さんなら、盛り上がるならそれでも構わないと思っているはずだ。
もちろん、酒造メーカーだけが気合を入れているわけでは無いはずだ。その他の飲食料品を製造するメーカーだって、この祝勝会に賭けているところだってごまんとあるはずだ。
水面下で熾烈な争いを繰り広げているメーカーさん達には悪いが、そういった事と関係のない立場にある俺からすれば、『旨そうなものをたくさん食べられそう!』と思ってしまうのは少しばかり悪い気もしないでもない。
でもまぁ、俺だって今日までそれなりに頑張ってきたんだ。少しぐらいそんな考えでいたって、バチは当たらないだろう。




