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目の前には鼻息荒く、鋭い眼光で俺を睨みつけてくる1匹の『ワイルド・ボア』がいる。
大きさは大体軽トラックぐらいはあり、『ワイルド・ボア』とすればそれほど大柄というわけでも無いがこうして真正面から対峙するとその大きさが何陪にも感じてしまうほどの圧を感じてしまう。
何故『ワイルド・ボア』とタイマンで、しかも真正面から対峙することになったのか。それは、俺自身が“俺もワイルド・ボアと戦いたい”と皆に願い出たことが原因であった。
俺が『ワイルド・ボア』と最初の戦闘をした時、お世辞にもあまり良い結果を残すことが出来なかった。それから研鑽を積み大分強くなったという自負もある。ならばあの時の雪辱を果たすべく、チャンスを貰えるようにお願いしたというわけだ。
ただ、どういうわけか、俺の提案を『ワイルド・ボアとタイマンをしたい』のだとエドワルドさんが受け取ってしまったらしい。彼は俺の心意気を讃え積極的に″あちらの方にいい感じの強さの奴がいる”と道案内を買って出て、こうして『いい感じのワイルド・ボア』と対峙しているというわけだ。
あの時は『ワイルド・ボア』が勢いをつけて突進してきたのだが、こいつは暢気にコリコリと木の実を食べているところに俺達が出くわした。
どうやら、今までもヘンリーさんが必要に応じて〈不可知化〉なる『スキル』を俺達のパーティーメンバー全員に発動してくれていたとかで、モンスターからの先手を取られることが無かったとのことらしい。
どうりでこのパーティーで活動している間はモンスターの強襲が無かったわけだよ。まぁ仮に奇襲を受けたとしても、エドワルドさんがどうとでもしていただろうけど。
と、余裕を持って考えていられるのもそろそろ限界か。『ワイルド・ボア』は助走をつけるが如く前足で地面を掻き、いつでも突撃できるぞと威勢の良さを前面に押し出してくる。
俺も前後左右どちらにでも躱せるよう姿勢を低く構え、手に持った『魔剣』をより強く握りしめる。緊張によって手汗をいつもよりかいてしまっているが、流石に剣を滑り落としてしまうほどでもない。奴の一挙手一投足を見逃さないよう集中力を高めていく。
睨み合った時間は数十秒程だろうか。しびれを切らした『ワイルド・ボア』が突撃をかましてくる。
何の策も無く距離を詰めようなどとは俺も随分と舐められたものだ。……いや、『ワイルド・ボア』には遠距離攻撃などなく、こうして真正面から対峙した場合でも愚直に突撃する以外の攻撃方法が無いことは分かっていたことだ。
つまり奴からすれば、こうして真正面から対峙させられた時点で先手を取られたことと同義である。ならばこの状況を一刻も早く脱することこそが、奴の取れる最善の手段であったわけか。
しかし、勢いをつけるにしても俺との距離は短く、十分な威力の乗っていない突撃など俺からしてもそれほど怖いものでもない。直撃しても大きなダメージにならないという安心感もあり冷静に対処することが出来る。
まずはバランスボールぐらいの大きさの『ファイヤー・ボール』を発動し、『ワイルド・ボア』の顔面に向けて放つ。
硬質な体毛を持つ、防御力の高い『ワイルド・ボア』にはこの程度の攻撃では大きなダメージを与えることは出来ないが、『奴の目を閉じさせる』という主目的は果たすことが出来たので良しとする。
続いて〈縮地〉と言う『スキル』を発動し、今いる場所からスライドするように横に1メートルほど移動した。
スキルレベルが上がり移動距離が伸びれば離れた場所にいる敵にも即座に距離を詰め攻撃することも出来るが、つい最近入手した『スキル』であるためレベルが低く、今のところはこうして回避用にしか使えないがいずれはその問題も解決することだろう。
何よりもこの『スキル』の良いところは足音が出ない事と、体勢を崩さないということころにある。
目を閉じ、俺が横に移動したことを知らず、そのまま俺が最初に立っていた辺りに向けて直進してくる『ワイルド・ボア』。すれ違いざまに腰を落とした体制を維持しつつ、奴の前足を斬り付ける。手に伝わるヌルリとした肉を斬り裂く感触と、骨を断つ硬い感触。
前足を斬る付けられたことで体勢を崩し、勢いそのまま胴体から地面にぶつかり『ズザザーッ』と滑る。近くに生えていた木の幹にぶつかりようやくその勢いを殺すことが出来た『ワイルド・ボア』。
大勢は決した。もはや『ワイルド・ボア』に逆転の手段なんて無いだろう。とはいえ、最期まで油断はしてはいけない。斬り付けられ、立つことも踏ん張ることも出来ない前足の方から近づき、念のためもう二・三発『魔法』を当て、生にしがみ付こうと必死にあがく『ワイルド・ボア』の首めがけて『魔剣』を深く突き刺した。




