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剣持さんも鬼では無かった。
俺がエドワルドさん達のいる部屋に出向いた後、10分ほど経過したら俺に連絡を入れてくれるという約束をしてくれたのだ。
これによって例え酒宴に参加させられたとしても、『すみません、連絡が来たみたいで…少し席を外しますね』そんなことを言って上手に部屋を出るための小細工を弄することにしたのだ。作戦成功率は高くないかもしれないが、後で後悔しないため、今できるだけのことはやっておく。
エドワルドさん達が確保している部屋に近づくにつれ、迫りくる緊張感からか胃がシクシクと痛み出したような気がする。そして部屋の前へと到着したときその痛みは最高潮へと達した。
部屋の中から聞こえてくる楽し気な笑い声も、今の俺からすれば悪魔の囁きにしか聞こえない。とはいえ、ここで時間を無駄に過ごしていても状況は変わらない。意を決して部屋の扉をノックして中に入る。
「……ん?檀上君か。珍しいな、酒宴に参加しに来てくれたのか?」
「いえ、実は皆さんに言伝がありまして。といっても、それほど重要な話というわけでも無いのですが…」
部屋に入った瞬間、エドワルドさんを始め酒宴を楽しんでいたドワーフが一斉にこちらを注視してきたことで居たたまれない気持ちにもなったが、すでに賽は投げられてしまったのだ。ならば少しでも早く退出するために用事をさっさと終わらせる。
「エドワルドさんが楽しみにされていたワイバーン討伐の祝勝会、その日程が3日後に決まりました」
「おおっ!いよいよか!それは楽しみなことではあるんだが…まさか、そのことを伝える為だけにここに?」
「普段からエドワルドさんにはとてもお世話になっていますからね」
「そうか、それは少し悪いことをしてしまったかな。まぁ、今度からはあまり私に気を遣う必要は無いからな、覚えておいてくれ」
言伝も無事に終わったことで周りを見回すだけの余裕を取り戻す。
この部屋にいるドワーフの数が10人はいる。つまり、他のパーティーに所属するドワーフもこの酒宴に参加しているという事だ。しかし残念ながら誰が誰だかほとんど分からない。
かろうじて俺達のパーティーに所属しているドワーフは分かる、気もするが、それ以外の男性のドワーフだと全然分からない。女性ドワーフも4人いるが、彼女らは髭が生えて無いのでちゃんと見分けることが出来るな。
しかし、そう思っているのは俺だけであったようであり、エドワルドさんは男性のドワーフの方も普通に名前を呼んでいるぐらいには顔の判別が出来ているようだった。
「それで……どうだ?檀上君も一杯?」
来た、悪魔のお誘いだ。本当に一杯こっきりなわけが無く、受け入れてしまえば二杯三杯と勧められることは想像に難くない。しかし下手に断ってしまうと空気を悪くしてしまうという可能性もある。いかにしてうまく切り抜けるかが腕の見せ所だ。
「すみません、実はこの後剣持さんと合流して『協会』の職員さんのところに……」
と、適当な理由を述べて断ることに尽力する。この際下手な断り文句だと“じゃあ、その用事とやらが終わった後に剣持君と一緒に来ると良い”何てことも言われかねないので、言動には細心の注意が必要となる。
当然ながら、今ここで話した内容は後で剣持さんにも伝えなければならない。明日の『新天地』での活動の際に、ボロが出ないようにするためだ。明日の行動に支障が出ない程度に話を盛りながら、何とか説得することが出来たと思う。
「それにしても…皆さんはスポーツ観戦がお好きなのですか?」
話しがひと段落した辺りで急に話題を変える。俺が話した内容を彼らの頭の中で反芻させる時間を与えないためだ。この大広間には大画面のテレビがあり、そこには野球中継が映し出されていた。
「ああ、結構面白いぞ。酒の肴にはちょうどいい。檀上君も『やきゅう』には興味があるのか?」
「人並み程度には。それほど興味があるというわけでも無いですが、地元の球団が勝つと嬉しいですね」
話題を上手く野球のことに転じさせることが出来たので、ここが好機とばかりに野球に関する知識を披露する。と言っても、俺だって野球なんて学生時代の体育の授業でやったぐらいなので、披露できるほどの知識量があるわけでも無い。
俺の持つ数少ない知識が尽きかけたあたりで、運よく俺の携帯端末からそこそこ大きな音で着信音が流れ始めた。確認するまでもない、剣持さんだ。ベストなタイミングと言う事もあり、心の中で彼に感謝の言葉を送っておく。
「どうやら剣持さんみたいです。俺が戻るのが遅くてしびれを切らしたのかな?すみません、自分はこの辺りで…」
そう言って部屋を出て扉を閉める。追手は無し。……ふぅ、何とか切り抜けることが出来た。今日も一日モンスター相手に大立ち回りをしたが、こちらの方が疲れたかもしれないな。あとは剣持さんと一緒に夕食を摂って、言い訳の為のアリバイを作っておけば問題ない。最大の難所を潜り抜けた今の俺に、恐れるものなど何もないのだ。




