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俺達が『協会』に報告したこと、そしてエドワルドさんやドルグさんが同胞達に、昨日見た超巨大なドラゴンのことを伝えたことによって『新天地』に挑む人たちの空気は最悪なものに―――は、なってはいなかった。
元々『新天地』自体が常に危険と隣り合わせのような環境なのだ。皆すでに覚悟は決まっており、そこに新たな脅威があるかもしれないというぐらいでは、それほど深刻な心情にはならなかったという事なのだろう。
エルフに関しては、彼の国でも超がつく重鎮であり影響力も有るエドワルドさんが“まぁ、こちらかちょっかいをかける様な愚かなことしなければ大丈夫だろう”と伝えると、他のエルフの方々もあまり気にするようなことは無くなったらしく、ドワーフに関しても元々が細かいことには気にしない質であるため大した問題にはなってはいなかったとのことだ。
俺達人間の方は当然というべきか二つの意見に分かれていた。
ドラゴンの脅威をしっかり調査し終えるまでは『新天地』に行くのは控えるべきだという慎重的な意見と、人間が餌と見なされることは無いだろうから、それほど深刻に悩まなくても良いんじゃないのか?と言う楽観的な意見だ。
前者の意見を持つ探索者たちは、当面は『ダンジョン』の近くでの活動を中心にするらしく、後者の意見を持つ人たちは以前と同様、『ダンジョン』から離れた場所にまで狩りに行く予定となっていた。
ちなみに、俺達のパーティーは当然ながら後者の予定であった。
俺達は昨日と同じように、大型のモンスターが多数生息する場所にまで来ている。昨日と違うところがあるとすれば、剣持さんが昨日持ってきていた望遠レンズよりも更に高性能な望遠レンズを『協会』から貸与されていることと、対空中戦用に遠距離攻撃用の武器を多めに持ってきていること。そしていざと言う時のための、逃走時の攪乱用に煙玉をかなり多めに持ってきているという事だ。
あくまでこれは保険であり、使用する機会が無いに越したことは無い。『出来れば使いたくないな…』そんなことを思いつつ、今朝は準備を進めた。
「思ったよりも上手くいったな…」
目の前でひっくり返って息絶えている『アイアン・ビートル』は、カブトムシのような太くて立派な1本角と、クワガタムシのような頑強なハサミが頭から生えている、体長2メートルぐらいの大きな甲虫型のモンスターだ。
体表が鉄の様に硬く、生半可な攻撃ではカスリ傷一つ付かないほどの高い防御力を有しており、特に斬撃や刺突攻撃にめっぽう強い特性を持っている。これはおそらく、この辺りに生息する恐竜型のモンスターの咬み付きや引っ搔き攻撃に対応するためにこのような進化を果たしたのだと考えられた。
理由はどうあれ、この『アイアン・ビートル』から得ることの出来る『体表』と言う素材が非常に硬く、そしてその重厚そうな見た目に反して意外にも軽量であることから、昨日の時点で鎧の素材となることが有力視されていたわけだが一つだけ問題があった。
それは『アイアン・ビートル』の体表は打撃攻撃には若干弱い、つまりドワーフの持つウォーハンマーなどが弱点と言えるが、そう言った打撃攻撃だとダメージが体表全体に行き渡ってしまい、鎧の素材と出来る面積が小さくなってしまうという点だ。
しかし刺突や斬撃だと有効打を与えるには時間がかかりすぎてしまう。昨夜はドラゴンのことでなかなか寝付けなかったので、この解決策をベッドの中で思案し、先程の戦いの前に提案。そして皆の了解を得られたので実際に試してみたのだ。
「そうみたいですね。それにしても甲虫みたいにひっくり返されてしまうと、こうも簡単に無力化できるとは驚きですよ」
「俺も正直驚いていますよ。山の管理作業なんかをしているとひっくり返って、足をバタつかせているカナブンとかよく見かけますからね。あわよくば……って感じで提案しましたが、ここまで上手くいくとは思っていなかったです」
俺が提案した方法は非常にシンプルだ。
まずは鎧の素材とならない、足といった脆弱な部分に攻撃を加えて踏ん張りを利かなくさせる。その次に側面から攻撃を加えて隙を作り、盾や棒などを『アイアン・ビートル』の胴体の下にかませてテコの原理でひっくり返す。最後に、節の隙間に剣や槍と言った先の細い武器を突き刺して止めを刺すといった方法であった。
狙い通りと言うべきか、節の隙間は体表ほどの硬さはなく簡単に刃が入り、大部分の素材を傷つけることなく『アイアン・ビートル』を倒すことが出来た。
俺以外にも簡単に考え付きそうな作戦であったが、上手く言って本当に良かった。いずれこの討伐方法が巷にも広がっていき、それに付随して俺の名前が広がることも……ないだろうな。




