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遥か上空を飛行しているためはっきりと視認できているわけでは無いのだが、言われてみれば確かに飛行機で言うところの主翼に当たる部分が上下に動いているように見えなくもない。
≪肉体超強化≫である程度五感を向上させることも出来るが、この『スキル』の本筋はあくまでの身体能力を向上させることにあり、いかに『エクストラスキル』と言えどこういった目的での用途は効果が薄い。
弓取さんのような遠距離戦闘に特化した人だと〈鷹の目〉もしくはそれに類するような視力を強化する『スキル』を持っているはずであり、彼ならば俺よりもより具体的な情報を見て取ることが出来ているだろうと思い、彼の意見を聞いてみることにした。
「どうですか?弓取さん」
「どうもこうも無ぇ、見ての通りでっけぇドラゴンだな。ありゃヤベーよ、マジで」
直接『本当にドラゴンなんですか?』と言う聞き方をしてしまってはエドワルドさんの言葉に疑念を持つような意見と取られかねないので、少し抽象的な聞き方になってしまった。答え難い聞き方かな?とも思ったが、特に気にしている様子はなかったことに人知れずホッとする。
「逃げられそうですか?」
質問の内容を『勝てるか勝てないな』ではなく、『逃げられるか逃げられないか』という内容にしたのはワザとである。
確かに俺も、それなりの修羅場を経験しそれなりに強くなったという自負はある。しかし遥か遠方を飛んでいるにもかかわらず、その姿を視認できるほどの巨大な体躯を誇るドラゴンに勝てるとはカケラほども思っていない。
あるいはエドワルドさんクラスなら何とかなりそうな気もするが、彼とドラゴンの戦闘の余波に巻き込まれただけで死んでしまう自信すらあるのは俺だけではないはずだ。
「逃げるもなにも、アイツからとって見りゃ俺ら何て地べたを這う虫ケラのような存在だ。わざわざ相手にしようなんて思っちゃいないだろうぜ」
「だろうな。餌にするにしても、我らぐらいの大きさの餌を狩って食べるよりも、その辺りにウジャウジャ生息している巨大なモンスターを狙うほうが遥かに効率的だろう。警戒するなとは言わんが、警戒し過ぎる必要はないはずだ」
弓取さんの意見にエドワルドさんが補足した。
「ああいった規格外の奴は…ま、災害のような物だと思っておくぐらいがちょうどいいだろうな」
そんな言葉を交わしていると、ほどなくしてそのドラゴンの姿が雲の中へと消えていった。
「そろそろ帰りましょうか。日はまだ高いとはいえ、ここは初めて来た場所ですからね。早め早めの行動を心がけましょう」
剣持さんに言葉によって我に返る。彼の方を見ると、望遠レンズのついたカメラが彼の手の中に収められていた。俺が茫然としている間に、剣持さんは少しでも情報を『協会』に伝えるための行動に出ていたのだ。こういった行動一つからも経験の差をヒシヒシと感じる。
「で、どうだ?上手く撮れたのか?」
「微妙だな。もともと、あんな遠くにいる様なモンスターを撮影するつもりは無かったし」
弓取さんの問いかけに、少し残念そうな表情で剣持さんが答えていた。それでも事前に望遠レンズの付いたカメラを用意していたという事実だけでも、彼の事前準備の良さに舌を巻いていたのは俺だけではないはずだ。
帰りの道中はここに来るまでにそれなりの数のモンスターを倒したという事もあってか遭遇するモンスターの数が少なく、来る時よりも遥かに短い時間で『ダンジョン』にまで戻ってくることが出来た。
全員無事で、何事も無く戻ってこれたことに安堵するも、皆の顔色があまり優れていないように見えたのは気のせいではないだろう。そして全員が考えていることも同じ内容であるはずだ。
「それでは、私はモンスターの買取りとカメラ映像の現像に行ってきますね。今日も1日お疲れさまでした。また、明日も頑張りましょう!」
『協会』への報告は、とりあえず俺と弓取さんと槍木さんがすることになった。人間である俺達が報告する方が、『協会』も変に気を遣わなくてもいいだろうという判断によるためだ。
根掘り葉掘り聞かれるのかもしれないが、答えられることなんて無きに等しいからぁ。……それにしても今日も色々とあった1日であった。まぁ、さっさと報告を終わらせて今日も早めに寝ることにしよう。それで少しはスッキリするはずだ。
 




