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「周囲にモンスターの反応は?」
「あるな、強そうなのがウジャウジャ居やがる。崖の上に戻りたくなったぜ」
しばらく進んだ後に、剣持さんが弓取さんに尋ねていた。俺の方でも強力なモンスターの気配とやらをバチクソに感じていたのだ、俺以上に〈索敵〉能力に優れている弓取さんやエルフの方達はそれ以上の圧を感じ取っていたことだろう。
「とりあえず、近くに単独行動しているモンスターはいないか?」
「ああ―――こいつが良いかな?近くに他のモンスターの気配もないし、戦闘音を聞きつけてくることも無いだろう」
弓取さんが先頭に立ち、俺達を導くように移動を開始する。ほどなくして俺の〈索敵〉にも弓取さんが目指していたであろう対象のモンスターの反応を感知した。確かに単独で行動している奴であったが、こんな危険地帯で単独行動している奴=超強力なモンスターであることは遠くにいながらでも感じることが出来た。
距離が近づくにつれて弓取さんが移動速度が遅くなる。相手に足音を察知させないための行動であろう。俺も木の枝を踏んで音を鳴らすようなヘマはしないよう、移動には十分すぎるほどに神経を尖らせる。
かなり距離が縮まったとき、近くの木の陰に隠れて目当てのモンスターを盗み見た。そこには、太古の時代の地球を支配していた、所謂『恐竜』と呼ばれる生物に酷似した巨大なモンスターが悠々と歩く姿を確認できた。
それなりに距離があるとはいえ、こちらの気配を察知している様子はまるで見られない。恐らくは〈索敵〉に類する『スキル』は持ち合わせてはいないのだろう。……いや、あるにはあるが、使う必要性を感じないほどの生れながらの強者である可能性も捨てきれないか。距離があり、少し余裕もあるので≪上位鑑定Lv2≫を発動した。
【種族名】 バイオレント・レックス
【名前】 なし
【エクストラスキル】 なし
【スキル】 〈嚙砕きLv9〉 〈切裂きLv7〉 〈踏付けLv6〉 〈打擲Lv8〉 〈肉体強化Lv7〉 〈剛力Lv6〉 〈肉体硬化Lv5〉 〈金剛Lv6〉 〈物理耐性Lv8〉 〈魔法耐性Lv3〉
うん、強いわこいつ。
牙や爪による攻撃はおろか、尻尾による攻撃も致命傷になり得る威力を誇るだろう。オマケに身体能力を強化する『スキル』も、肉体を頑丈にする『スキル』にも隙は全く見られない。
極めつけは〈耐性〉とか言う、一部のモンスターが持つ受けるダメージを常に軽減するバフ効果のある『スキル』まである。こいつがあれば例え隙を突いた攻撃を加えたとしても、生半可な威力では意味をなさないというとんでもないほどのブッ壊れ能力だ。
唯一の救いは【エクストラスキル】が無いという事ぐらいであるが、そんなもん持たなくても、こいつが圧倒的強者であることは疑いようのない事実である。
実際のところ、こいつらクラスのモンスターとなるとこちらが【エクストラスキル】を所持していても、手も足も出ないぐらいの戦力差があるのがよくある話である。何せ多少『格』を上げたり、『スキル』獲得したぐらいでは超えることの出来ない生物としての格の違いと言う奴が存在しているからだ。だが、そんなもの微塵も感じていないような軽~い調子の声が聞こえて来た。
「うん、なかなか強そうな奴だ。それで…そろそろ良いのかな?」
別にお預けをしていたというわけでも無いのだが、エドワルドさんが剣持さんに問いかけていた。そこに強敵と戦う前の緊張とか恐れといった物は皆無であり、『ちょっと散歩にでも行ってこようかな?』とでも言いそうな声色であった。
「ええ……まぁ、はい。どうぞ…」
今まで出会ってきたモンスターと何ら変わらない調子のエドワルドさんを見て何を思ったのか、少し気の抜けた調子で剣持さんが返答をしていた。エドワルドさんがアイツの強さを感知できないとも思えない。つまり彼からすれば、バイオレント・レックスもその他大勢のモンスターの1体に過ぎないというわけだ。
剣持さんの許可を得たことで、木の影から堂々と姿を現し草木を雑にかき分けながらズンズンと距離を詰めていく。
当然ながらすぐにエドワルドさんに気付いたバイオレント・レックス。餌が向こうから近寄ってきたことに喜びの感情を抱いたのか、一吼えしてこちらに向きを変えて近寄って来る。
少し離れた場所で隠れ見ている俺ですらかなりの恐怖を抱いてしまうほどの顔形をしているが、奴と正面から向き合っているエドワルドさんが何を考えて、今どのような表情をしているのか…いつもと同じような余裕の笑みを浮かべているような気がするな。
エドワルドさんが自分の目の前で、伸ばした片手を水平にふる。するとあら不思議!さっきまでしっかりとくっついていたはずのバイオレント・レックスの首が胴体から滑り落ちたではありませんか!
遠目ではあるが地面に落ちたバイオレント・レックスの顔が『何が起きたんだ!?』と、驚愕に満ちた表情をしているような気がする。もちろん、俺も何が起きているのかさっぱり分からない。まぁ分かったとしても、俺に真似することはできないという事だけは断言することだけは出来たがなぁ。




