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「……ま、こんなもんか」
地面に手を付いたことで付着した砂を、両手をパンパンと叩くことで払い落しながらエドワルドさんが呟いた。
ここに来るまで彼の実力を散々見せられたためか、思ったほど驚きと言った感情が湧いてこない。
もはや機械的な動きで『サーベル・ライガー』の死体を回収する。モンスターを狩りすぎたことで、この場所で次の獲物が来るのを待つのは少し時間がかかりそうだ。仕方ないので狩場を移すことになった。
「……今日はこのぐらいにしましょうか」
あれから3度ほど狩場を移動し、『サーベル・ライガー』を含む肉食性のモンスターを狩りまくった俺達…ではなくエドワルドさん。日が沈むまでにはまだまだ時間があるが、『マジックバック』の容量が小さくなってきたので帰ることになった。
「今日は初日だからな、こんなもんでいいだろう。明日からも楽しみだ」
このパーティーの中で唯一人戦闘をしたエドワルドさんであるが、疲労した様子が一切なく、むしろ溜まっていたフラストレーションの1部を払うことが出来たみたいで朝よりも元気になっているように見えたのも気のせいではないだろう。
「では皆さん!最後まで気を抜かないよう、気をつけて帰りましょう」
エドワルドさんとは違い、少し気疲れたした様子の剣持さん。彼も俺達と同じように戦闘に参加していないので肉体的には疲労していないだろうから、精神的な疲労ではないかと察する。
規格外な人物であるエドワルドさんと言う存在が原因に違いない。これまでの常識が通用しない相手が突如目の前に出現したのだ、真面目な彼のことだから、彼の持つ常識であったりい甘んで経験してきた現実と合わせるのに神経をすり減らしているのかもしれないな。
「皆さん、お疲れさまでした。明日も今日と同じ時刻に集合して下さい」
『ダンジョン』への帰りの道中はモンスターとの接触は無く、何事も無く帰ってくることが出来た俺達一行。そのおかげで、かなり早い時間にホテルにまで戻ってくることが出来た。…まぁ、モンスターとの接触があったとしても、結局はエドワルドさんの『魔法』で一瞬にして片が付くので帰りの時間が数分ぐらい遅くなる程度の差であったとは思うが。
ここまで無事に戻って来れたので、今日1日ずっと考えていたことをようやく口に出すことが出来そうだ。俺にだって小さいが矜持って奴がある。そのことを俺が口に出すよりも先に、剣持さんが口を開いた。
「解散する前に、少しよろしいでしょうか?」
「ん?どうした?」
「実は報酬の件で変更したいことがありまして…」
どうやら俺が考えていたことと、剣持さんが考えていたことは一致していたようだった。
俺達のパーティーでは倒したモンスターの素材等の売却価格から、備品や消耗品といった必要経費を差っ引いた残額をパーティーの人数分で均等に割り、その金額が各人に支給されるという方針であった。
しかし今回俺達のパーティーが討伐したモンスターはすべてエドワルドさんが倒した物であり、俺達は一切の功績を上げていなかった。にもかかわらず、エドワルドさんと同じ額だけの報酬を受け取るのは忍びないということだ。
「出来れば、報酬の分配についてもう一度皆さんと……」
と、剣持さんが提案しかけた時に、彼の言葉を遮るように邪魔が入る。
「いらんいらん。そんな事より酒だ酒!」
その声の主はエドワルドさん当の本人だ。自分が有利になる話だというのに、彼自身が邪魔をしては誰も文句を言うことも出来ないだろう。
「ちょっと待ってくれんか、エドワルド殿!」
いや、ここに1人いた。昨日はエドワルドさんと仲良くお酒を飲んでいたドワーフだ。心行くまで飲み明かしたことで、俺達のようなパンピーとは違い、すでに心の底から分かり合うことが出来る関係にまで進展していたのだろう。
「む?どうした、ダルグ殿?」
「酒を飲むのは良いが、その前に体を清める必要があるじゃろう!」
「全くじゃ。風呂上がりに、体が火照った状態で飲むキンキンに冷えたビールは最高じゃぞ?」
「なにっ!それは聞捨てならんな…まずは風呂に行くことにしよう!」
そう言って、すでに俺達の存在を忘れたかのように、仲良く連れたって大浴場の方に歩いて行ったエルフ1人とドワーフ4人。身長が近ければ肩を組んだ状態で移動したであろうが、ずんぐりむっくりとしたドワーフと、スラリとした高身長のエドワルドさんとでは肩を組むことは不可能だったようだ。
そして、あまりにも自然な流れで逃げられてしまったため、俺達も止めるタイミングを逃してしまった。




