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「どうしたどうした、こんな所で立ち止まって。早く先に進もうではないか!」
と、ある意味剣持さんの困惑の元凶ともいえるエドワルドさんに先に行くよう促される。
「すみません、実は今日の予定ではこの辺りで引き返す予定だったんです…」
「なぬっ!今から戻るのは、ちと早すぎやせんか?儂はまだまだ消化不良だぞ?」
あれだけ戦ったというのにまだまだ戦い足りないというのか。…いや、『あれだけ』と言うほど戦ってもないか。何せここに来るまでに戦ったモンスターの中で、エドワルドさんの放つ魔法に1度でも耐えることが出来たのは最初に戦った『ワイルド・ボア』だけ。その為、総戦闘時間もめちゃくちゃ短いので戦い足りないのだろう。
「…分かりました。少し時間をください。この辺りの狩場について調べたいので」
そう言って、自分の背負っているリュックから1枚の大きな紙を取り出す。見たことのある紙だ。『新天地』の地理に付いて詳しく描かれている地図であり、余談ではあるが、激しい戦闘を繰り広げる探索者の為にかなり丈夫な紙質でできている。
「えっと…今はこの辺りのはずだから……すみません、檀上さん。どこかいい場所を知りませんか?」
俺に意見を求めて来た剣持さん。『新天地』に関することだけは、剣持さん達よりも先輩である俺がカッコいい所を見せてやろう。……まぁ、ここに来るまで一切良いところが無かったからな、ここらで少しぐらいこのパーティーに貢献しておかなければ。
「大体、この辺りとこの辺りがモンスターの数が多いですね。あと、最後にこの辺りの平原は……ちょっと、厄介な場所ですね」
地図を指さしながら説明をする。よく見ればこの地図、様々なコメントが書き込まれている。剣持さんが事前に調べた情報を地図に書き込んでいたのだろう。こういったところからも彼の几帳面さが伝わってくる。
「厄介と言いますと?」
「俗にいう『肥沃な土地』らしいんです。この辺りに可食可能な果実がたくさん自生していましてね。そのせいで、『ヴォーリア・バニー』って言う後足がやたら発達した、大型犬ほどの大きさの兎型のモンスターがめちゃくちゃ生息しています」
見た目が兎そっくりでそこそこ可愛い見た目をしていたが、やはり立派なモンスター。初めて接敵した時も敵対心丸出しで襲いかかってきたときは普通にビビってしまった。
「それほど強いんですか?」
「いえ、こいつはせいぜいゴブリンに毛が生えた程度でしたね。問題なのは『ヴォーリア・バニー』を捕食対象とする、肉食性のモンスターもこの辺りにうようよ生息していることですね」
獲物がたくさんいれば、それらのモンスターを捕食する大型の肉食モンスターがやって来るのは自然の摂理だろう。まぁ広義の意味では、俺達も『ヴォーリア・バニー』を捕食の対象とする肉食性の生物ではあるが。
「どんな奴がいたんですか?」
「そうですね……一番よく見かけたのが『サーベル・ライガー』って言う、2本の鋭い犬歯の生えたライオンみたいな見た目のモンスターですね」
『ワイルド・ボア』ほど体表が硬く斬りつけにくいという相手でも無かったが、猫科の動物のようなしなやかな筋肉と柔軟な動きによって、こちらの遠距離攻撃をヒョイヒョイと躱しながら距離を詰めてくる極めて危険な奴だった。
また、『ワイルド・ボア』は猪突猛進と言う言葉がある様に、一度戦いが始まると自分か相手が死ぬまで決して戦いを止めようとしないところがあったが、この『サーベル・ライガー』は自分が不利と判断すると即座に撤退をするほどの悪知恵も持っていた。
その事を剣持さんに伝えると“確かに、ちょっと厄介な相手ですね…”と呟いていた。が、俺達と同じ考えに至っていない人もここにいた。
「なるほど。つまり、遠距離にいるモンスターに確実に攻撃を当てる命中率と、確実に殺せる殺傷能力があれば問題ないという事だな。よし、そこに行こう!」
と、先ほどまでの俺達の会話を聞いていなかったのか?と、思わず聞き返したくなるほどの言葉を発したエドワルドさん。いや、彼の実力からすれば、そう考えてもおかしくは無いのだろう。しかし俺達は彼とは違い、ちょっと強いだけのパンピーなのだ。どうしても不安がぬぐい切れない。
「分かりました。では、そこに行きましょうか」
剣持さんが他のメンバーの意見を聞いてみたが反対する意見は出なかった。これまでの彼の戦いっぷりを見ていれば、反対する気にはならないか。実際俺も、不安よりもエドワルドさんがいれば何とかなるだろうという気持ちの方が強いわけだし。
「ま、何かあれば責任を取って俺が殿を務めよう。なぁに、気にするな。こういったときは、老兵から先に死んでいくもんだ。お前たち若人たちの未来を生かすためなら、この命失っても痛くはないさ」
最後に“ガハハ”と豪胆に笑い、剣持さんの背中をバシバシと叩いて先を行くエドワルドさん。殿を務めるとか、若人たちの未来を生かすとかカッコいい事を言っていたな。ゲームや漫画なら死亡フラグだが、この人が死ぬ未来だけはどうしても想像することが出来なかった。




