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「なぁに、仮に私に何かあったとしても、君たちのせいでは決してない。お前たちも、そのことはしっかりと認識しておけ!」
と、言われた、ヘンリーさんを始めとするエルフの方々。まぁ、ヘンリーさん達があまり心配そうにしている様子が無いという事は、それだけエドワルドさんの実力を高く評価しているという事なのだろう。
かと言って、俺達が何もしなくても良いというわけでも無い。〈収納〉から剣を取り出して、いつでも戦闘に入れるだけの準備は済ませておく。
「おや?檀上さん、新しい剣を買われたんですか?」
「ええ、この『新天地』にいるモンスターがかなり大型な奴が多いですからね。小振りで小回りが利くやつよりも、こうした大きな得物の方が有効な場面も多いもんですから」
と、言うのは嘘ではないが、半分だけ正解と言った具合だろう。残りの半分はというと、いざと言う時に使うことになるであろう『魔剣』を十全に使いこなすためであった。
服部さんから貰った剣は少し小振りであり、『魔剣』は片手剣とすれば標準的な大きさがある。間合いの取り方であったり取り回しと言った部分でどうしても差異が生じてしまうため、『魔剣』とほとんど同じ大きさの剣を普段使いすることで、その差異を少しでも無くことを目的としているのだ。
「随分といい品を買われましたね……お高かったのでは?」
やはり『剣』に関しては、剣持さんも興味津々であった。あわよくば自分も買い替えよう…そんなことを考えているのかもしれない。
「俺が『新天地』の調査で来ていた時に、前線基地で武器や防具の修理をされていたドワーフの方が試作品と言う名目で安く作ってくれたんですよ。素材に『ワイルド・ボア』の牙とか使ったみたいで『魔剣』ほどではないですがかなりいい斬れ味をしていますね」
「それは……羨ましいですね、本当に」
『ワイルド・ボア』がこちらに向かっている現状では、『流石によく見させてくれ』とまでは言われなかったが、今にも言い出しそうな雰囲気はビシバシと伝わってくる。まぁ、自分の装備品を褒められて悪い気はしないな。
そうこうしている間に『ワイルド・ボア』が俺の〈索敵〉でも感知できる距離にまで接近してきていた。この反応からすると…『ワイルド・ボア』の中でも、かなり大きい部類に入る奴だなと推察できた。
『ワイルド・ボア』でも比較的小さい個体だと『獣道』すら使わず、草木の多く生い茂る道なき道を利用して移動していることもある。肉食性のモンスターを避けているのは当然であるが、恐らくは同じ種族である大柄な『ワイルド・ボア』すらも避けて移動しなければならないという事なのだろう。同じ種族であっても警戒対象であるという事だ。
そして今俺達に接近しつつある個体は堂々と『獣道』を利用していることから、戦闘力の高さは保障されているという訳だ。
「一応、足元にロープを張って、転ばせるという方法もありますが…」
「いらんいらん。そんなもの張るのも、後で回収するのも面倒だろ」
恐る恐る提案してみたが、無碍も無く断られてしまった。ちょっとだけ先輩風を吹かせようとしたが、余りにも情けない結果だ。
「とりあえずエドワルドさんに任せておきましょうか。何かあったとしても、私たちが全力で援護をしますので」
と、エルフであるヘンリーさんにも補足される。まぁ、エルフの方々の反応からすると本当に大丈夫なんだろうとは思うのだが…どうしても、『ワイルド・ボア』と初めて戦ったときのことが頭によぎってしまうので、彼らのように楽観した気持ちにはなれなかった。
「見えて…来ましたね」
はるか先に見える『獣道』の果てに、砂埃が大量に舞っているのが見えた。俺が最初に『ワイルド・ボア』と戦ったときもそんな感じだったなと思い返す。
“自分に対応を任せてくれ”と言った当のエドワルドさんは、近接武器を構えた俺達よりも前に出て、腕を組み楽し気な表情のまま大量に舞っている砂煙の方を眺めている。弓すら装備していないという事は、『魔法』を使った戦闘スタイルなのだろうと推察できる。
『ワイルド・ボア』を気にしつつも目の前にいるエドワルドさんから目を話すことが出来ない。彼はどういった方法で『ワイルド・ボア』を倒すつもりなのだろうか。
するとエドワルドさんが自然な動作で『ワイルド・ボア』が向かってきている前方に、伸ばした掌をかざす。まだまだ距離も離れており、少なくとも俺の『魔法』では到達することの出来ないほどには離れていた。
すると“ビュンッ”という風切り音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には“バゴンッ!”という大きな衝撃音が鳴り響く。
突然のことで何が起きたのか困惑しつつエドワルドさんから目を離し、音の発生した方角に視線を向ける。するとそこには空中を2度3度と大きく回転し、地面に落ちた後もゴロゴロと転がっていく『ワイルド・ボア』がいた。しばらく転がった後、そのまま横向けに倒れ動かなくなっていた。




