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なるほど、ヘンリーさんの言わんとすることも何となくではあるが理解することが出来た。
エドワルドさんにとっては現場こそが仕事の場所であり、高級官僚が使用する執務室での事務仕事は彼が大好きな仕事ではないという事だ。しかし彼ほどの上役が現場に出動してしまえば、そのこと自体の方が大きな問題になってしまう。
例えるなら、『○○地区で断水が発生した。自衛隊が給水車を出動させます。現場の指揮は統合幕僚長がとります』と、言った具合だろう。そんな事をしてしまえば、『断水したこと』よりも『何故統合幕僚長が来たのか?』と近隣住民も混乱してしまうだろう。その混乱は、『断水したこと』よりも大きなものになるに違いない。
エドワルドさんの場合もそれと同じことだ。そしてそれは、現場至上主義であるエドワルドさんにとってはフラストレーションの溜まる要因であったのだ。
「今回の『新天地』の発見は、エドワルドさんにとってまさに渡りに船といった感じですかね。『多数の同胞が赴く新天地の調査をする』と言った大義名分が使えますし、何よりも自分を知り、自分に必要以上に気を遣う方もほとんどいませんから」
エドワルドさんのことをよく知らない人間やドワーフからすれば、彼は他のエルフ同様、只のエルフの1人に他ならないからな。
ヘンリーさんがエドワルドさんの方を見ている。その眼差しは、彼のことを心底尊敬しているように見えた。その視線につられるように俺もそちらの方に視線を向ける。そこには、テーブルに突っ伏している弓取さんがいた。顔色は分からないが、髪の隙間から見えた耳の色で大体は察することが出来た。多分、真青か真白のどちらかだろう。南無三。……いかん、まだ死んではいないか。
エドワルドさんの方は……ドワーフと同じように多少赤くなっているように見えるが、まだまだ余裕がありそうだ。ヘンリーさんが言っていたように、かなりお酒に強い体質なのだろう。
ちなみに俺達と同じテーブルに座るドワーフであるドルグさんも、多少顔色が赤いがまだまだ元気一杯だ。そんな彼は槍木さんと楽し気に『魔道具』について語り合っている。ドルグさんも物づくりに造詣が深いドワーフらしく、そういった類の話には知識が深く興味深々なのだろう。槍木さんと話が合うのも妙に納得することができた。
ここで素直に感心したのは槍木さんが聞きに徹し、ご自身はお酒を全然飲んでいなかったことだ。瓶ビールを持ち、ドルグさんのジョッキが渇く直前に合いの手を入れるようにタイミングよくそのジョッキを満たす。そうすることによって、自分がお酒を飲まずしてやり過ごしていたのだ。全く持って素晴らしい技術だ。いざと言う時は俺もその手法を取らさせてもらおう。
「…さて、明日から『新天地』に行くことですし、そろそろお開きとしましょうか」
お昼前から始まった焼肉パーティーも、3時を少し過ぎたあたりで終了することになった。
ここにいるメンバーは普段から体を動かす超がつくほどの肉体労働者だ。食事の量も凄まじく多く、店員さんが注文した商品を運んできた回数も半端ない。最後の方には見るからに疲労していたぐらいであった。
当然ながらお代金の方も半端ない金額であろうが、今回は剣持さんの奢りとなっていた。太っ腹なスポンサーに感謝、と言いたいが、流石に悪い気がしたので後で志でも渡しておこう。
かなりの肉を食べたので、夕食を食べられるか微妙な感じもする。後で体を動かして腹を空かせておこうかな。そんな事を考えていると、剣持さんからの挨拶も終わり各人が引き上げていく。
……1時を少し過ぎたあたりから、めっきり姿を見かけなくなっていた弓取さんはついに戻ってくることは無かった。多分トイレにでも行ったきり、ここに戻って来るだけの体力は無かったと見える。
「檀上君、この後少しいいか?」
槍木さんに声をかけられた。
「大丈夫ですよ。…もしかしなくてもですが、弓取さんのことですか?」
「察しが良いな。流石にこのまま放っておくことも出来ん。探し出して、部屋まで連れて行ってやらんとな」
剣持さんは今回のパーティーのお支払いと、その他諸々の手続きがあるとかで後から俺達、捜索隊に合流するとのことだ。まぁ、大体の行き先は分かっているので、それほど捜索に時間はかからないとは思うのだが…
弓取さん捜索から10分。焼肉パーティーをした場所から一番近いトイレに面する廊下で倒れ込み、苦しそうな呻き声を上げている彼を発見。槍木さんと協力して部屋まで彼を送っていった。この調子じゃ、まともな夕食を食べることは出来ないだろう。
あまりにもかわいそうなのでレトルトのおかゆを上げることにした。食べることが出来るのか分からないが。ま、俺の自己満足だな。………そう言えば、本来の予定ならこれから連携の打ち合わせをするんだったが…まず、間違いなく不可能だろうな。俺も少し疲れたので早々に部屋に引き上げることにした。
 




