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「んじゃ、俺はそろそろ行くから。爺ちゃん達も『ダンジョン』行くときは戸締りを忘れずに。…まぁ、盗まれる物なんて無いけどさ」
「おう、行ったれ行ったれ。気が向いたらでも構わんが、お土産もよろしくな」
「別に遊びに行くんじゃないんだけど…まぁ、何かいいもんがあったらっつーことで。それと、ヤギ達の世話も忘れずに。……ハヤトも、爺ちゃん達のことを頼んだぞ」
「ワンッ!!」
『任せろ!』と言わんばかりの元気に吠えるハヤト。非常に頼もしい。自宅の前で感動的?な別れの挨拶をして、俺は『ダンジョン』に向かった。
昨日は爺ちゃんとその兄弟を迎えるために自宅を隅から隅まで掃除した。元々、暇を見つけてはちょこちょこ掃除しに戻ってきていたので大きな汚れも無く、簡単に終わらせることが出来たのは自分の几帳面な性格のおかげだろう。
その後、回転ずしのお持ち帰り用のパックを大量に買ってきたご老人方を出迎え、その夜はドンチャン騒ぎとなっていた。俺は翌日に控えた『新天地』の調査の為一足先に就寝したが、俺が眠りにつくまでそのドンチャン騒ぎが静まることが無かった。
そうして俺が朝起きて2階にある自室から1階にあるリビングに入ると、昨日の夜と同じ陣形で雀卓を囲む祖父たちの姿があった。察するに、夜通し遊んでいたのだろう。
祖父達はすでに70歳を超えている。にもかかわらず夜通し遊び続けるバイタリティには素直に驚かされた。
「最後に一つ。何かあったら、『協会』に行ってくれ。話はつけているから力になってくれるはずだ」
「おう、分かった分かった。分かったからそう、年寄扱いをするじゃない」
酒の匂いをプンプンとさせながらかなり機嫌がよさそうに答える。これほど説得力に欠ける言葉はないだろう。
まぁ、曾祖父の葬式以来、久しぶりに兄弟4人が揃ったんだ。つもる話もあったのだろう。話が盛り上がれば、当然ながら飲酒の量は増えるわけであって然るべし。
結局のところこのご老人方は、『格』を上げて健康寿命を延ばすとか、俺の様子を見に行くなんてのは体のいい建前で、その実兄弟仲良く心行くまで遊び倒すことが一番の目的であったようだ。
しかし、夜通し楽しんでいては周り近所の迷惑になるかもしれない。そして白羽の矢が立ったのが周り近所に家が無く、いくら騒いでも迷惑にならない今の俺の自宅であったわけだ。
爺ちゃんはかなり適当な性格だが、婆ちゃんはしっかりとした性格だ。爺ちゃんが『兄弟を招いて夜通し遊ばせてくれ!』なんて頼んだとしても、即座に却下されていただろうからな。
今の爺ちゃんたちの様子を見るに、多分、今日はヤギ達を山に連れて行ってはくれないだろう。1日ぐらいサボっても問題は無いが、これが何日も続くようであれば俺も考えなければならない。具体的な対応策は、婆ちゃんにチクるという他人任せな方法であるが。
若干の不安も残ってはいたがハヤトもいるし、何よりも爺ちゃんもいい大人だ。節度ある生活は難しいかもしれないが、何とでもなるだろう。ほんの少しだけ後ろ髪を引かれるような気がしつつも、自宅を後にした。
「おはようございます。もしかして、少し遅かったですか?」
「いえいえ、まだまだ時間には余裕がありますよ。現にアイツはまだ来ていませんからね」
集合場所に集合時刻の20分前に到着したが、剣持さんと槍木さんがすでに来ていた。それから10分ほど待っていると小走り気味で姿を現した弓取さんとも合流し、『新天地』に向かうバスの停留所に向けて移動する。
「へ~、お爺さん方が今ご自宅にいらっしゃるんですか。良いんですか?私たちと一緒に『新天地』に行っても」
「まぁ、その気になればいつでも会えますからね。それに今回ここに来た目的は兄弟水入らずで遊び惚けることでしょうし。口うるさいお目付け役?である俺がいない方が、むしろ羽を伸ばせますから」
他愛のない会話を2つ3つほどしていると、目的地であるバスの停留所に到着。すでに『新天地』に挑戦すると思われる探索者や、素材の買い付けに来たと思われる企業戦士の方々が集まってきていた。




