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ヤギ達を引き連れて、俺の所有する山に入り解き放つ。ヤギ達にリードをつけていないが、リーダー格である太郎からあまり離れない様に躾けられているので、わざわざ柵を設置したりと言った手間も無くかなり楽である。
ちなみに躾けたのは俺ではなく太郎自身だ。やはり、『格』が上がったことで知能が上がったのだろう。俺の仕事量が減ったのは良い事ではあったが、その対価として太郎から報酬を求められたのはある意味必然だったのかもしれない。他のヤギには内緒で甘〇王をプレゼントしておいた。
ヤギ達を解放した後は近くに日除け用の大きなテントを置き、大きなタライに新鮮な水と昨晩冷凍庫で作った大きな氷を入れ、更には塩分補給用の岩塩を置く。
後はヤギ達が勝手に草の生い茂っている場所に各自の判断で移動し、そこで除草作業に従事してくれるわけだ。ざっと見回りをし今日も特に問題が無さそうだったので、俺は『ダンジョン』の中に急ぎ戻ることにした。
そうして朝の10時を前に今日1日の仕事を終わらせる。比較的涼しい時間とされる午前の内に諸々の仕事をこなしたわけだが、それだけでも額には汗がじっとりと滲みだしてしまった。
リーマン時代であった、つい数年前まではこの激熱な気温の中で外回りをしていたわけだが、今、その時と同じことをしろと命じられても出来そうにないと思う。
一応、今の方が規則正しい生活を送り健康的にも、そして『格』を上げ、身体能力的にも大きく向上しているわけだが…精神面では少しばかり弱体化したような気もしないでもなかった。
そのようなことを考えつつ、本日来る予定である来客に備えて準備を進める。まぁ、予定時刻は午後である。優雅に音楽を聞きながら、のんびりと過ごした。
昼食の後、ソファーに座り、膝の上に乗せたハヤトの背中を撫でながらぼんやりとする。これが高級な椅子とペルシャ猫ならさながら悪役の様な見た目だろうな。…いや、役者が違うからそんな事もないな。そんなことを考えていると、来客を告げる扉をノックする音が聞こえた。ソファーから立ち上がり扉を開けると、予定時刻の10分前であったが剣持さん達がすでに来ていた。
「すみません、少し早かったですかね」
「ま、お気になさらずに。どうぞ中へ」
招かれるままに部屋の奥へと入っていく3人組。勝手知ったるとまではいかないが、すでに何度も入ったことのある部屋だ。すでに来客用のソファーに座る定位置まで決めているらしく、以前と同じ場所に座っていた。
『ダンジョン』の中は春の様な気候だが、『ダンジョン』の外はうだるような暑さだ。そんな場所から来た御三方に貰い物のコップに氷の入ったアイスコーヒーを淹れ、本日の話し合いを始めることにした。
「これは……いえ、何でもありません」
と、アイスコーヒーが入ったコップを見た時、何か意味深なことを言っていたが、特に変わったことをした覚えはない。気にせず話を進める。
今回彼らが来た目的。それは珍しくも俺が彼らを雇うのではなく、彼らが俺を雇うためにここに来たのだ。その理由は、所謂『新天地バブル』に乗っかるためであった。
数多くの上級探索者が『新天地』に挑んではいるが、やはり『新天地』産の素材はどこの企業も喉から手が出るほど欲しているが、『新天地』に挑戦できる探索者が限られているという事もあり、供給量が全然追いついていない。
その為、依然として『新天地』の素材は高値で取引され続け———いや、むしろ価格が更に高騰している傾向にあるのは、中途半端に素材が入ってきたことで、その素材の持つポテンシャルをどの企業も知ってしまったことが原因かもしれない。
そしてそのビッグウェーブに乗っかろうというのが、今回の剣持さん達の目的であったのだ。
その同行者として俺が選ばれたのはある意味必然だろう。
『新天地』の調査に参加した最初期のメンバーの一員で『新天地』の地理にもそれなりに詳しく、また、実際にモンスターとの戦闘を経験している。更には、現在も『新天地』の近くにある前線基地で働かれている『協会』の職員さん達とも顔見知りと言う人脈も見過ごすことの出来ない理由の一つだろう。そして、何よりも、重要な事。それは自分たちとかなり親しい間柄にもあるという点だ。
まぁ、頑張れば断ることも出来るかもしれないが、今までずっと借りを作りっぱなしであった。ここらで少しぐらい返しておかないと落ち着かないので、俺も彼らに協力をすることを決意したというわけだ。




