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「……ま、報告は以上だな。確かに『新天地』にそこそこ強いモンスターはいたが、並の上級探索者でも十分に対処可能な範囲だ。そろそろ、一般公開に向けて動いても良い頃合いなんじゃないかな?」
そう語る筋骨隆々の偉丈夫が並の強さではなく、自分の物差しを基準に測ったモンスターの強さが『そこそこ』という評価を、素直に受け止めることが出来る人物はこの場にはいなかった。
「霞さんはああ言っているが……お前さんの意見はどうなんだ?」
先ほどまで『新天地』に関する報告をしていた女性に意見を求める男性。
「おいおい、俺の目の前で堂々と聞くか?普通。俺に失礼じゃないかと考えて、せめて時間とか場所を移すとかするもんじゃないのか?」
「……はぁ。間違った情報からは間違った答えにしか辿り着かないってご自身がおっしゃっていたじゃないですか。ここで間違った情報をもとに話を進めて、間違った答えに辿り着いてしまったらどうされるんですか?」
今回の会議の目的が『新天地』の今後の管理に関する物であり、間違った結果を出してしまうと結果としてより多くの人に迷惑が掛かってしまう。その為“あ……いや、その……”とその見た目からは想像がつかないほどの情けない姿で、何とか言葉を紡ごうとする人物は置いておけぼりにされ、先程話を振られた女性に再び主導権が移り会議は進行する。
「並みの上級探索者でも十分対処可能……かどうかは分かりませんが、集団戦なら何とかなりそうではありますね。間違っても、単騎での活動は推奨できません」
『ほら、見たことか』『やっぱりね』と言わんばかりの批判的な視線を向けられ、より一層縮こまってしまう偉丈夫。そんな情けない姿を晒している彼ではあるが、やはり周りから一目も二目も置かれている実力者であるため、決して無碍にされることは無い。
「『ワイルド・ボア』って言ったかな?霞さんが討伐したモンスターって。実際に戦ってみた感じ、どうだったんですか?」
会話の流れが自分が得意な戦闘に関する物に移り、先ほどまでの情けない姿が打って変わり意気揚々と、とうとうと語りはじめる。が、彼からすれば、上級探索者が集団で対処しなければならない強力なモンスターであったとしても、短い時間で戦いは終わってしまう。話は非常に短く、そして端的にまとめられていた。
「運のいいことに向こうから突進してくれたからな。それを真正面から受けて動きを止めて、眉間の間を殴りつけてやったんだ」
まるで他の人でも簡単に出来るだろ?と言いたげな物言いに、実際に『新天地』で活動している探索者が聞けば思わずツッコミを入れていたであろうが、ここにいるメンバーはそんな無駄なことはしない。
事実彼からすればそれは『その程度のこと』で片付いてしまう話であるし、ここにいるメンバーからすればそのことを理解しているためだ。つまりツッコミを入れるだけその分だけ時間の無駄。話を先に進めるほうがより建設的で合理的あると理解しているためだ。
霞鋼志郎———『ダンジョン』が発見された当初から最前線で活躍し、数多の伝説があるほどの『ダンジョン協会』における最重要人物の1人である。
その伝説も、たった1人で『スタンピード』を収束させたとか、三日三晩戦い続けモンスターからドロップされたドロップアイテムの山でポップされたばかりのモンスターが窒息死したとか言う余りにも眉唾な話も多くあり、並の探索者からは信じられていない話も多くある。しかし霞を良く知る人物なら『彼ならその程度のこと出来なくもない』と思われるだけ強さがあった。
役職こそ『ダンジョン協会』の『副会長』と言う、一歩引いた立場ではあるのだが、それは本人があまり人の上に立つのがあまり好きではないことと、面倒ごとを嫌う彼の性格の為であった。彼がその気であれば『会長』はおろか、『ダンジョン協会』と親しい関係にあるいくつもの企業の役員を兼任できるだけの功績、圧倒的な戦闘力、そして人脈を有していた。
実際に彼を勧誘しようとした企業があまりにも多く、それを鬱陶しいと感じていた彼は表舞台にはめったに姿を出さなくなっていた。それが功を奏したのか、新人の探索者だと彼の名前は知っているが、彼の顔は知らないといった人もおり、あまり騒がれたくない彼からすれば大分過ごしやすい環境になったと言えた。
「では、『新天地』の一般への公開は来月の頭にすることにしましょう。ただし『新天地』へ行くためには、上級探索者からなる、最小でも5名以上のパーティーを組んでから、と言う条件を付しておきましょうか」
方々から同意する意見が上がる。探索者は基本的にはすべて自己責任であり、自分たちが挑戦する『ダンジョン』などに関しては各々が難易度や傾向などを調べ、挑戦するかどうかは探索者個人の自己判断に任されている。とはいっても『協会』としても命を落とす探索者が1人でも少ない方が良い。その為努力義務といった形で、そういった特別な条件を付すことも決して珍しくはなかった。
会議も無事に終わり、参加していた特級探索者たちが会議室から順次去っていく。今回の報告を聞いて興味が湧き、中には自分も『新天地』に行ってみようと思う探索者もおり、スケジュールの確認や、独自のルートで仕入れた『新天地』の情報を交換し合っている者達もいる。
そんな中で会議の司会進行役を務め、書類やパソコンを片付けている女性に、その労をねぎらうように霞が声をかけた。
「お疲れさん。色々と仕事を抱えているみたいだが…大丈夫か?人手が欲しければ、信頼のおける人材を送ることも出来るが」
「いえ、まだ何とかやっていけると思います。ですがもしもの時は、霞さんのお手を借りることもあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
つい先日まで同じ場所で『仕事』をしていたため、彼女と会話をする機会もあった。そのため、すでに何度目かになるその問いに対する彼女の答えも分かり切ってはいたのだが、その見た目からは想像がつかないほど面倒見の良い霞が彼女を気遣い、その労う事も当然と言えた。
「と言うか、大体何なんです?あんな変な恰好に山田太郎って偽名。素性を隠すにしても、もっと違ったやり方があったんじゃないですか?」
「へ、変……だと?い、いや…檀上君だって、何も聞いてはこなかったぞ?」
「いえ、彼も明らかに怪しんでいましたよ?ツッコまなかったのも、面倒だったからとかじゃないですか?」
「馬…鹿な…完璧な変装だったはず……!!」
「そう思われているのも、霞さんご本人だけですよ。失礼な言い方かもしれませんが、もう少し、一般常識を学ばれることをお勧めします」
多少キツイ言い方ではあったが、霞に気分を害したような様子は見られなかった。自分のことを思っての忠言だ。その言い方に多少トゲがあったとしても、その程度のことで気分を害するほど彼は狭量ではなかった。




