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「“若い時にガッツリ稼いで、後は田舎で自由気ままな余生を送りたい”なんて世捨て人みたいなことをよく口にしていましたからね。アイツの嫁さんや子供も似たような性格をしていたんで、田舎に引っ越すことにも障害はなかったらしいですよ」
そう語る東条さんの様子は、パーティーを抜けられたことに関して恨みがあるようには一切見えなかった。それなりの円満退職だったのだろう。
円満退職と言えば、東条さん達にも言える事か。彼らは元『協会』の戦闘員だったわけだが、今回の『調査依頼』に彼らが召集されたという事は、『協会』は手塩にかけて育てた東条さん達が『協会』を辞めたことに対しても恨みつらみは無かったという事だ。
実際、前線基地で働かれている『協会』の職員の中に顔見知りがいたのだろう。和気藹々と、楽し気な会話をしているのを何度も見たことがあったほどだ。
「たま~に、自分が育てた野菜とか鶏肉なんかを送ってきてくれましてね。…本音を言ってしまえば、アイツの今ののんびりとした生活を羨んでいる自分もいるぐらいでしてね」
「東条さんも、早々に探索者を引退されるおつもりなんですか?」
東条さん達のパーティーは全員が2級以上の探索者、東条さんに至っては最上級である1級探索者である。そんな彼らのパーティーが持ち帰る『ダンジョン』の素材はかなりの質と量を有しており、そんな彼らに探索者を辞められてしまうと困ってしまう企業も多々ある事だろう。
まぁ、1つのパーティーが解散したぐらいで困窮するようなことも無いだろうが、その影響も小さいとは言い難い。それほどまでに、実力のある探索者は貴重であるわけだ。
「自分は…もう少し続ける予定ですね。最近、欲しいものが出来ちゃいましたし…」
「欲しいもの、ですか?」
彼は1級探索者、つまり一度の探索でもそれなりの額を稼ぐことが出来る。端的に行ってしまえばかなりのお金持ちだ。そんな彼の欲しいものなんて、よほどの物でもなければ簡単に買えそうなものではあるが…
「ドワーフ製の特別な『棍』ですよ。実はすでにドワーフの商人と当たりをつけていまして…かなりの出費でしたが、特注することに成功しました」
ドワーフ製の『魔道具』の武器の取引に関しては『協会』も裏で色々と頑張ってはいるらしいが、企業との折り合いもあるとかで依然として難しい状況が続いているらしい。すでに入手できる目途が立っているという事は、東条さんの手回しの良さと人脈歩広さが非常に優れているためであろう。
それと同時に、彼ほどの人が望んでやまないドワーフ製の武器を、こんな俺がこれといった苦労もせずに入手してしまったことに少しばかりの罪悪感を覚えてしまう。
「いや~苦労しましたよ。『協会』からは“環境を整えるために、もう少し時間をくれないか?”なんて言われもしましたが、何とか説き伏せることに成功しました。予定では来月辺りに…」
と、本当に嬉しげに話す東条さんを見ていると、その罪悪感がより強くなっていく気がする。
もちろん、俺が悪いわけでも無ければドワーフ達が悪いわけでも無い。強いてあげるとすれば、ドワーフ製の素晴らしい武器が輸入可能になることによって、売り上げが低迷するかもしれないと、『協会』に苦情を入れている企業だろう。
だが、それも、自社の売り上げと従業員の雇用を守るためだとすれば、一概に悪とも言いきれない。東条さんもそのことは理解しているようであり、そんな企業のことを悪く言うつもりは毛頭ないように見えた。やはり、俺とは違い懐が深い。
「……それじゃ、自分はこの辺で…」
東条さんと長い事雑談をしていたため指先がふやけてきてしまった。長風呂も嫌いではないが、これ以上お湯に浸かっているとのぼせてしまいそうだ。
「ええ。檀上さんもドワーフ製の武器をお持ちだと聞いています。今度お時間があるときにでも、その使い心地なんかを教えてくださいね」
やはりと言うか、何と言うか…この人も俺がドワーフ製の『魔剣』を所持していることを知っていたのか。どこからその情報を仕入れたのか……案外、ドワーフ経由かもしれないな。
それにしても彼の口調から、俺が対した苦労もなく『魔剣』を手に入れたことに関して恨みと妬みがあるようには見えない。普通なら自分が苦労して手に入れたものを、赤の他人が易々と手に入れたことを知れば多少なりとも思うところがありそうなものではあるが……彼の器がデカいためか、そう言った様子は一切見られない。
実力的にも人柄的にも、尊敬できそうな人だと思った。これで俺を自分のチームに勧誘してこなければ言うことなしだな!と思った。




