132
流石にこれほど巨体な『ボア』の解体には並々ならぬ労力が必要と言う事もあり、一仕事終えた俺達が解体作業に助力することになったのは、ある意味自然の流れであった。
イノシシの解体はこの辺りに引っ越してから何度かお手伝いさせてもらったことがあるが、こんな巨体な『ボア』が相手だとその経験はあまり役には立ちそうにない。『ボア』を解体したことのあるエルフと『協会』の職員の指示に従い解体作業を手伝った。まぁ、エルフもこれほど巨体な『ボア』を解体したことは無かったとかで、作業は終始難航を極めたわけだが。
それほど巨体な『ボア』であったが、人手がたくさんあったと言こともあり何とか1時間ほどでその解体を終わらせることが出来た。終わるころには体中汗まみれ血まみれ(返り血)であったので、夕食の前に前線基地にある入浴施設に皆で向かうことになった。
急ごしらえの前線基地で、未だ完成には程遠い施設も多々あるとのことではあるが、こういったレジャー施設は優先して作られたのだとか。と、言うのも、当然ながら前線基地の周りには娯楽施設なんてものは存在しないためだ。
しかし、そういった施設が無いと過酷な調査に行く人たち全体の士気を下げかねないとし、優先して作られたのだとか。一応、名目上は前線『基地』となってはいるが、モンスターが『ダンジョン』に入ってこないことを『協会』は確信しているようであり、『防衛』と言う観点からはその目的を果たす必要が無いのでそういった施設の開発に力を入れたのだとか。
そんなことを考えつつ、予想していたよりも遥かに大きな大浴場に皆で入る。
今日の仕事によって自分の体に付いた汚れをシャワーで綺麗に洗い流し、湯船の中につかる。俺からすると少しぬるめの温度であったが、労働によって火照った体を癒すにはこの程度の温度の方がむしろ心地よかった。
今日あったことをぼんやりとつらつらと思い返しながら、しばらくの間虚空をぼんやりと眺めていると、作田さんに声をかけられた。
「お疲れのようですね。それも、仕方のない事だとは思いますが」
「それは…まぁ、お互い様でしょうね。作田さんも、お疲れさまでした。今日は1日色々とありましたが、今は夕食が楽しみで仕方ないですよ。早速『ワイルド・ボア』のお肉を調理していただけるらしいですからね」
「舌の肥えた、『協会』の料理人が絶賛した『ワイルド・ボア』の肉。確かに楽しみですよね」
『ワイルド・ボア』とは、この度俺達が討伐した『ボア』の名称だ。やはりただの『ボア』ではなく、恐らくはその上位種に当たるモンスターであると判明した。
確かに疲労はしていたが、『ダンジョン』の中と言う安全が保障された場所が目と鼻の先に存在しているという心の余裕が常にあったので、肉体的には別として精神的にはかなり楽であった。
おまけに、こうして1日の終わりにはお風呂に入ることも出来るし、夜は安全な宿泊施設でフカフカなベッドの上で熟睡することも出来る。俺たちによる『新天地』の調査がひと段落し、一般の探索者に公開されるようになれば、他の『ダンジョン』と違いこういった環境があるこの場所は挑戦しようと思える大きな魅力の1つであるのは想像に難くなかった。
そうなれば当然、俺の『ダンジョン』に訪れる人は増えることに繋がるわけだ。『新天地』に挑戦する上級探索者を始め、そんな上級探索者に自社の製品を売り込みに来る企業。来場者が増える未来を容易に想像することが出来た。
『捕らぬ狸の皮算用』とはよくいった物だが、実際にそうなる可能性が高い以上俺もこの『ダンジョン』責任者と言う立場から更なる発展に寄与する必要があるだろう。
俺に何が出来るのかと考えた時、真っ先に思い浮かぶのはやはり『ダンジョン』の外にある駐車場のスペースの拡大が上げられるだろう。前線基地から研究所に帰ったとき、服部さんと相談してその辺りの話を詰めておく必要があるはずだ。……ふむ、研究所か……
「そういえば、山田太郎さんが持ち込んだ『ワイルド・ボア』は研究所に運ばれて行ったんですよね?」
「ええ、そうらしいですね。……そう言えばあの『ワイルド・ボア』の死体。それを見聞した職員の話だと、首の骨がバキバキに折れていて、それが死因だったらしいんですよ」
「首の骨が折れるって……そんな事あるんですか?あれだけ太い『ボア』の首の骨が?」
俺達が倒した『ワイルド・ボア』の首の骨ですら、両の手で包み込むことが出来ないだけの太さがあった。それの周りを硬い筋肉が覆っていたことを踏まえて考えると、易々と折れるものではないという事は確実でああろう。
「そのことを聞かれたとき、山田太郎さんは『自分がボアの突撃を躱したとき、運よく木にぶつかって首の骨が折れた』と説明され、流石にそれは無いだろうと思ったそうですが……山田太郎さんご本人がそう主張して譲らなかったので、職員もそれ以上の聞き取りをやめたのだとか」
あれほど強い『ワイルド・ボア』の首の骨が木にぶつかった程度で折れる?その職員さんと同様、信じることは到底できないな。上位の探索者だと色々と隠さなければならない『スキル』もあるのだろうが、山田太郎さんは少々隠し事が多い気がする。
悪い人ではないのだろうけど…こうまで何もかも隠されてしまうと、他人の『スキル』を詮索するのはマナー違反だと重々理解しているが、かえって気になってしまうのも仕方のない事だろうと思った。




