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本音を言えば、どうやってそのモンスターを倒したのだとか、どうしてそんな何トンもしそうなモンスターを担いで平然としていられるのだとか、聞いてみたいことは山ほどあった。しかし、何から聞いたらいいのかさっぱり分からないぐらいには混乱している。
2・3度口をパクパクしてしまい、その後黙り込んでしまったことによって山田太郎さん(自称)はこれ以上俺が聞きたいことは無いと判断してしまったのだろう。
「では、私はそろそろ行かせてもらおうか。研究対象となるモンスターの素材も、新鮮な方が良いだろうしな!」
そんなことを何トンもしそうな巨体なモンスターを担いでいる状態にもかかわらず平然とした口調で告げ、重さをまるで感じさせないような軽快な動きで、ものすごい速さでその場から走り去って行った彼の背中を呆然と見送った。
「そ…それでは、私たちもそろそろ戻ることにしましょうか。幸い『マジックバック』を貸与されていますので、この大きさなら収納することが出来るでしょう」
作田さんの言葉によって思考の海から現実に引き戻された。こういった切り替えの早さも、作田さんが班長に選ばれた理由なのかもしれない。…まぁ、こういった事が、よくある事ではないと思うのだが。
マジックバッグに『ボア』の死体を詰め、ひとまずは俺達も『ダンジョン』の中にある前線基地にまで戻ることにした。今日と言う日が終わるにはまだまだ時間はあるが、成果だけを見れば十分に出していると言えるだろう。
戻りの道中、アルフォンスさんが神妙な表情で話しかけて来た。
「先ほどの…山田太郎さんと言う方、どういった人なんですか?」
「俺の方が聞きたいぐらいですよ。俺も昨日知り合ったばかりですからね。ただ、昔からお世話になっている『協会』の職員さんがあの人の素性を知っているらしいみたいで、一応は身元が確かな人らしいんですが…ま、悪い人ではないと思いますよ?色々と裏はありそうですが。……何か気になる事でも?」
「……私は、私の強さがほどほどであり、上には上がいることを重々承知しているつもりです。それでも、こと索敵能力に関してはかなり自信があり、不意打ちなんてされることは無いと思っていました。ですが先ほどの山田太郎さんに関しては、彼に声をかけられるまではその存在を一切感じることが出来なかったんです」
自信を無くしたように肩を落とし、そんな元気のない様子で話すアルフォンスさん。『ボア』との戦闘後であったという事もあり、皆が疲労困憊、不意打ちを受けてはこの部隊の壊滅にもつながりかねないとし『索敵』にかなり意識を向けていたらしい。にもかかわらず、山田太郎さんの存在は感知することが出来なかった。彼のプライドが傷ついたとしても仕方のない事だろう。
「ま、まぁ、世の中には色々な人がいますからね。そういえば本人も、隠遁術に特化した『スキル』が得意みたいなことを言っていましたし…」
アルフォンスさんを慰める。作田さんが思案気に「まさか、彼が『トッキュウ』…?」なんて呟いていたのが聞こえた気がしたが、ひとまずは、仕事仲間でもあるアルフォンスさんを元気づけることを優先した。
それにしても、『特急』か。どうして列車の話がこんなところで出てくるんだ?もしかしたら、作田さんも色々とあったことで混乱されているのかもしれないな。ここは俺がしっかりしなければ!
その後アルフォンさんの〈索敵〉系の『スキル』を頼りに、無事に『ダンジョン』まで戻ってくることが出来た。やはり彼の『スキル』は優秀であり、彼が自信を持っていたのも頷ける。その事を伝えると、少しは元気を取り戻すことが出来たみたいだ。『新天地』の調査の初日から、メンバーが自信を無くすなんてことがあっていいはずが無いのだ。
作田さんは俺たちが倒した『ボア』の死体を、前線基地で俺達の生活面でのサポートをしてくれている『協会』の職員さんに渡しに行った。「俺達が倒した『ボア』は研究用ではなく食用として提供しよう」そんなことを帰りの道すがら皆で話し合って決めたのだ。
理由としては山田太郎さんが、俺達が倒した『ボア』と同一個体をすでに『完全な状態』で持ち帰っているからだ。
『完全な状態』と言うのも、俺達が倒した『ボア』は魔法や剣戟により傷跡が多くあり、また、首を切断したことで研究の対象とするのは不都合があるのではないかと判断したからだ。
その点山田太郎さんが倒した『ボア』は目立った外傷が一切なく、どのような方法で倒したかは分からないが、少なくとも俺達が倒した『ボア』よりも『研究材料』と言う観点からすれば価値が高いというのは語るまでもなかった。
で、あるならば、食用にしても良いのではないか?という考えに至ったわけだ。勿論『新天地』の素材は供給量が圧倒的に足りていないことは理解しているが、アルフォンスさんが「ボアの肉は非常に美味です」なんてことを言っていたので、食べてみたくなったのだ。美味しい食べ物に対する興味は尽きないのだ。




