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「えっと……とりあえず、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「名前?そうかぁ…名前かぁ……………山田太郎だ!」
長い沈黙の後、たった今思いついたかのように、大声で自信満々気にそう答えた世紀末覇王もとい山田太郎さん。絶対に偽名だろ!と、ツッコミを入れたかったが、残念ながらそれが偽名である物的証拠はどこにもない。…状況証拠ならこれでもか!と言うほどにあるのにな。
見た目は完全にラ〇ウとか、カイ〇ウと言った感じではあるが、名前と容姿が違う人なんて結構いるからなぁ……でも彼の場合は、確実に違うという事だけは断言できる自信がある。
しかし、なぜ彼が俺に偽名を伝えたのかと言う疑問は当然ながらある。詐欺師とかが自分の証拠を残さないために偽名を名乗るとかなら納得することもできるが、ここに召集されているという事は、彼の身元は確かであるということ。
結局のところ彼の素性は明らかではないが、だからと言って非礼な態度が許されるわけでも無い。どういった対応をしたらいいのか頭を必死に回転させていると、視界の端に見えていた服部さんがチラリと俺達の姿を確認した後、驚き、そして慌ただしい様子で自分の仕事に戻っていくのが見えた。
そんな反応をする彼女は今まで1度も見たことが無く、とても新鮮な感じがした。例えるなら、自分の知り合いがとても恥ずかしいことをしているのを運悪く目撃してしまい、関係者と思われるのが嫌でその場から即座に離れようとしている……そんな感じの反応だ。
「どうかしたのかな?檀上君」
「あ、いえ、何も。それで山田太郎さんは俺にどういったご用件なのでしょうか?」
「別段用事があったというわけでも無いんだがね。仕事柄、君の名前は何度も聞いたことがあったものだから、こうして一度挨拶をさせてもらおうと思ったわけなのだよ」
仕事柄……仕事柄ねぇ。彼は今、片手にテレビ局のカメラマンが使いそうな大きなカメラを持っている。彼がかなり大柄であるためハンディカメラのようにも見えるが、それだけ立派な体躯をしていながら、まさか自分を撮影係だとか記録係だとは言うまい。彼の姿形はどう見ても最前線で戦う戦士のソレだ。
「ちなみに、どういったお仕事をされているんですか?」
よくぞ聞いてくれた!一瞥するだけでその辺のチンピラを睨み殺せそうな怖そうな顔をしている彼が表情をパッと明るくさせ、手に持っていたカメラを俺の前に掲げながら嬉し気に答える。
「記録係だ。何せ異世界の調査だ。映像としての記録は1秒でも多い方が良いからな、そういった理由で私も招集されたのだよ」
その反応は、小芝居の為に用意した小道具が無駄にならずにホッとした、そんな感じの表情にも見えた。説得力に欠けるそんな小芝居の為だけに大きなカメラを用意するとは……それだけの財力があるうえに、それだけの物を簡単に用意できるだけの広い伝手もあるのか。
……いや、これはあくまでも俺の主観にしかすぎない。彼の言っていることはすべて真実かもしれないし、俺の直観が正しいのかもしれない。1つ確実に言えることがあるとすれば、下手な先入観に囚われたまま接してしまうのは良くないということだ。余計なことを考えないよう、頭の中を空っぽにして彼と接することを心がけよう。
「ソ、ソウナンデスネー。記録係と言う事は、俺達と同じように後方支援の班に配属されているのですか?ですが、先程の会合では姿を見なかったような……」
一瞬だけ『しまった!』と言った表情を見せた後、取り繕うように聞き苦しい言い訳を並べ始める。その姿を見れば、彼の記録係という肩書も嘘だったんだろうと判断されても仕方ないほどの取り乱しようだった。
「あ、いや、どう説明すればいいのか………そう!私には隠遁術に特化した『スキル』をいくつも保有しているのでな、単騎での自由行動が特別に認められているのだよ。だから会合にも参加しなかった。初めから一人で行動する予定だったからな!」
「へ、へー、ソウナンデスネ。すごいんですね、山田さんって」
勿論先ほどの説明で納得したというわけでも無いが、いい加減指摘するのも面倒になったのでスルーしてあげることにした。
そして、一つだけ確信したことがある。それは、彼が俺を騙そうとか、悪意を持って接してきた人間ではないという事だ。
もし、彼が悪意を持って俺に接してきた人間であるのなら、もう少しまともな言い訳を用意していたはずだ。それが無いという事は、彼は俺に会うこと自体が目的であり、それ以降のことはあまり考えていなかったという事なのだろう。
見た目こそかなり怖いが、こうして話してみた感じそれほど悪い人間には思えなかった。それからしばらく雑談を交わして、切りの良いところで別れ俺は設営の続きに戻った。
 




