109
年末年始は実家で例年以上に自堕落な日々を過ごし、一般人よりも遥かに長いお正月休みを満喫した俺は久方ぶりに自宅へと戻る。俺の戻りが遅かったというのもあるのだろうが、すでに『ダンジョン』は平常運転に移行していた。
ひとまずは研究所に顔を出す前に、太郎と花子の様子を見ることにする。
昨年と同様、研究員のほとんどが年末年始を『ダンジョン』の中で過ごしており、お正月に自宅に帰った職員さんはごくわずかだったらしい。そのため、ヤギの面倒は研究員さんにお願いしていたというわけだ。
ほとんど自宅へと帰っていないように見える職員さん達だが、実際には人並み―――とは言えずとも、それに近いだけの休暇はちゃんと取得しているらしい。では、なぜ年末年始に帰る人がほとんどいないのかと言うと、『人込みが面倒臭い』の一言に尽きるとのことだ。
まぁ、その気持ちも分からないでもない。俺も実家に帰ったとき、親戚と一緒に初詣や初売りにも出かけたが、どこもかしこも人だらけ。それもそのはず休暇の時期が被っているのだから、どこに行ったって人が多いのは当然と言えば当然だ。
その点ここの研究員は成果さえ出せば好きな時に好きなだけ休むことが出来るので、わざわざ人が多い時期に休まなくても、人が休んでいない時期に休暇をとればストレスなく休暇を満喫できるというわけだ。
と、ここらへんで、年中ニートの様な俺が偉そうに考えるのも不遜なような気もしたので考えるのをやめておこう。
研究所の前にあるヤギのいる柵の前で、7・80代くらいのご老人方が持参したであろう椅子に座り、ヤギを眺めながらのんびりと会話しているのが見えた。今日は平日であり、家族連れはほとんどいない。俺とは違い、世のお父さんお母さん方は大変なのだと改めて実感。
ヤギが俺の方を一瞬だけ見る。俺がトウモロコシといった野菜を持っていないのを確認したのだろう、すぐに俺に興味を無くしたらしく『ダンジョン』に生えている草を不貞腐れたように食べ始めていた。
俺の姿を見る前よりも食いつきが悪いと感じた。何となく申し訳ない気持ちになり、『協会』の職員さん達にかなり遅い年始の挨拶を終えたら、『ダンジョン・ガーデン』に生えている野菜を収穫してヤギたちにあげようと心のメモに記録しておく。
研究施設に入ると、まずは総務課に行き俺が帰った旨を伝え地元ではそこそこ有名なお菓子をお土産として渡す。こういったさりげない付け届けで、相手の好感を得られるのだ。そうして色々な課に顔を出してはお土産を順次渡していく。
最後に警備の人が常駐しているところに行くと、久しぶりに見る顔があった。
「藤原さんじゃないですか、お久しぶりです!……それとハヤテもな!」
〈調教〉の『スキル』を得たことで、方々に出張していた藤原さんがそこにいた。彼がここに戻ってきたという事は、この『スキル』に関してはひと段落付いたという事なのだろうか。
「お久しぶりです、檀上さん。ハヤトも元気そうですね」
久しぶりの親子の対面だ。ハヤトが兄弟子の事を親と認識しているのかそうでないのかは分からないが、少なくとも仲が悪そうには見えなかった。2匹でじゃれ合い始めたので、俺は藤原さんとの会話に戻る。
「そう言えば、上級探索者に昇格されたと聞きましたよ、おめでとうございます」
「まだまだ実力不足感は否めませんが、ね。まぁ、協会の計らいもあるので、それを無下にしない程度には頑張ろうと思います」
互いの近況の報告に始まり、『ダンジョン』の開発の状況にまで会話は及ぶ。しかし最終的には、ハヤトの教育方針?に話が進むのは、当然なのかもしれない。
「おやつをあげるタイミングとか、よく分からないんですよ。たくさんあげると太っちゃいそうですし。藤原さんはどうなさっていたんですか?」
「ハヤテの場合だと、基本的には褒めたタイミングであげるようにしていましたね。それに市販のおやつじゃなくても、カロリーの低い野菜をもらっても喜ぶ子もいます。うちのハヤテの場合も、おやつに野菜を上げても喜んでいましたので、多分、ハヤトも大丈夫じゃないですか?」
「なるほど……野菜だと、ダンジョン・ガーデンで作ることが出来ますからね。何が好みか確認しながらだと、野菜作りに励むことが出来るかもしれませんね」
そんな世間話に興じていると、他の職員さんが藤原さんを呼びに来た。思っていた以上に時間が経過していたようだ。これ以上お邪魔するのは悪いのでお土産を渡して帰ることにした。




