第二章 変化
今日は土曜日。学校も部活もない。
だが、海翔は大してすることもなく、一日暇だ。
家族で出かけるといっても、せいぜいお母さんと買い物に行くぐらい。
お父さんはいないから、男同士の旅だとかはしたことがない。してみたい。
やることがなく、11時過ぎまでベッドでゴロゴロと漫画を読んでいると、突然家のインターホンが鳴った。
「はーい、どちら様ですか?」
一階から、お母さんの声がした。
「わかった。海翔呼んでくるね。」
「お母さん、誰?」
「青原さん…だって。出てあげな。」
青原さんがうちに来たらしい。
昨日話せなくなったぐらい、青原さんはあのことを気にしていると思ったが、まさか向こうから来るなんて、思ってもいなかった。
とりあえず、急いで歯磨きをして、玄関のドアを開けた。
そこには、Tシャツにカーディガンを羽織って、お洒落なバッグを提げた青原さんが立っていた。
「…どうしたの?」
「あ、あのね、いきなり悪いんだけど…一緒に出かけない?」
青原さんから、初めてお出かけに誘われた。
「え?うん。いいよ。」
せっかくだから、行くことにした。
だが、海翔にはある疑問が。
「青原さん、なんで俺の家分かったの…?」
家に呼んだことも、一緒に帰ったこともない人が、なぜ自分の家を知っているのか、気になった。
「先生から聞いたんだ。」
「え、そうなんだ。」
なぜそこまでして海翔を誘おうと思ったのか、疑問は消えなかった。
いったん部屋に戻って、バッグに財布とスマホとハンカチとかを詰め込んで、家を出た。
「ほんと、いきなりごめんね。」
「ううん。いいよ。俺も暇だったし。」
私服の青原さんは、何気に初めて見る。私服でも可愛い。
少し緊張しながら、二人は歩き始めた。
「というか、どこに行くの?」
「ショッピングモールに行きたいんだ……いい?」
「全然いいよ。」
「色々、買いたいものがあって。」
「そうなんだ。」
―ショッピングモールか。
海翔は別に行ったところで何をするわけでもないが、青原さんとの…デートということで。
ここからショッピングモールまでは、少し距離がある。だが、遠いというわけでもない。
青原さんと話しながら行けば、きっとあっという間だ。
「あのさ、この前…ごめんね。あんな怒っちゃって…」
「ううん。いいよ。」
海翔は、勇気を出して、この前のことを謝った。
許してもらえるか不安だったが、安心した。
「それより…ありがとう。」
「え?」
―ありがとう?青原さんを泣かせてしまったのに?
なぜか聞こうとする前に、青原さんが理由を説明し始めた。
「実は、ずっと困ってたんだ…大和のこと。私が学校来た日から毎日あいつ、放課後に私のところに来て、しつこく話しかけてきて…正直、すごく鬱陶しくて。」
「そうだったんだ…ごめんね。気づけなくて…」
青原さんは、かなり困ってたみたいだ。
しかも、大和のことを「あいつ」と言うぐらい、鬱陶しかったのか。
「いいよ。でも、この前、海翔が大和に怒ってくれたおかげで…すっきりした。」
あれですっきりしたのか…と複雑な気持ちになってしまったが、安心した。
これ以上青原さんに大和が近寄っていたら、どうなるか分からなかった。
信号に差し掛かった。赤信号。
「そういえば、その時、青原さんのこと泣かせちゃったけど……本当にごめん!」
ずっと言おうと思っていたことを、やっと言えた。
頭を下げた。
「怒りすぎて、本当は言わない方がよかったこと、言っちゃったから…」
「ううん。そんなことないよ。」
青原さんは、海翔の両手を握った。
海翔はドキッとして、頭を上げた。
手を握ってもらっていることに動揺して、顔が赤くなった。
青原さんは、笑顔だった。それも、他の友達に向けるような笑顔ではなかった。
「海翔の…おかげ。ありがとう。」
「あ、うん…!」
初めて下の名前で呼んでもらった。
「あのさ…これから、『海翔』って呼んでいい?」
「え!?いいの!?」
青原さんはクスっと笑った。
家族やすごく親しい友達としか呼び合ってこなかった、呼び捨て。
それが、青原さんに呼んでもらえることになるなんて。
雲の間から光が差し込んできたように、海翔の気分も晴れやかになった。
休日のショッピングモールは、混んでいた。人が多い通路を、青原さんとはぐれないように付いていった。
「お昼ごはん食べない?」
「あー、確かに。お腹減っちゃった。」
まずは、昼ご飯を食べにいくことにした。腹ごしらえは大事。
二人で相談した結果、今人気のパスタの店に行ってみることに。
「何名様ですか?」
「二人です。」
少し並んで、店の中に入ると、いい匂いが漂ってきた。
窓側の、空いていた席に座ると、早速海翔は、メニューを開いた。
「青原さん、何食べる?」
「海翔…私のこと、『風花』でいいよ。」
「え?」
一瞬、戸惑った。
「あ、うん。分かった。」
海翔も、これから青原さんと呼ぶことはやめた。もう、友達として、お互い、名前で呼ぶことにした。
―慣れないうちは、まだ恥ずかしいけど。
「俺は…じゃあカルボナーラで。」
「私はペペロンチーノ。」
「へえ、辛いの食べれるんだ。」
「うん。辛いの好きだよ。」
二人とも頼むものが決まり、注文した。
「じゃあ、水入れてくるよ。」
「あ、私も行く。」
ドリンクバーのコーナーで、コップ二つに水を入れた。
戻ろうとした時、風花が何かに気づき、立ち止まった。
「どうした?」
「これ。ドリンクバーが半額なんだって。」
「そうだったんだ。頼めばよかったね。」
「まあ、水でも十分だよ。」
席に戻り、二人は水を一口飲むと、風花はスマホを取り出した。
「せっかく海翔と二人きりだから、連絡先交換しよう?」
「え!?いいの?」
海翔もスマホを取り出した。
連絡先追加の画面を開き、メアドと電話番号を交換した。
「これで、よし。いつでも連絡できるね。」
と、風花は優しく言った。
こんなこと、女の子としたことは一度もない。恥ずかしくなって、返しがおかしくなった。
「うん。よろしく…」
「ふふ…よろしくね。」
ちょっぴり、風花にからかわれた気がして、もっと恥ずかしくなった。
テーブルの下で、手を強く握った。
「こちら、ペペロンチーノとカルボナーラになります。」
「ありがとうございます。」
料理が届いた。二人は店員さんから料理を受け取った。
すごく、いい匂い。
「うわ~、いい匂い!」
「美味そ~!」
「いただきます!」
早速、食べ始めた。
海翔のカルボナーラは、クリーミーだが、しつこくなく、丁度よく食べられる。麺に良く絡んでいるソースは、チーズのとろみと香りで、さらに食欲をそそる。出来立てだから温かく、とても美味しい。
風花のペペロンチーノは、刺激的で、にんにくの旨味がよく効いている。だが、入っているきのこやベーコンの甘みで、味にメリハリがある。すっきりしていて、飽きずに食べられる。
あまりの美味しさに、二人はペロッと食べ終わってしまった。けれど、二人は大満足。
「いや~、美味かった~!」
「うん。また来ようね。」
「そうだね。」
会計を済ませ、店を出た。
「次は?」
「次は、服を買いに行こうと思って。海翔の服も、買ってあげようか?」
「いいよ、大丈夫。自分で買うよ。」
ということで、次は服を買いに、3階に。
服屋は、休日だからということもあり、子連れが多かった。
どんなものを買おうか、二人で歩いていると、海翔は良さそうな服を見つけた。
「ねえ風花。これどう?」
そういって体に当ててみたのは、黒色のパーカー。胸あたりに小さく、バスケットボールが描かれている。
「いいじゃん。楽そうだね。」
「うん。よし、これにしよ。」
早速、海翔の買うものが一つ決まった。
かごにパーカーを入れて、再び歩き出した。
しばらく見ていると、今度は風花が立ち止まった。
上の方にあるTシャツを背伸びして取ると、体に当てて海翔に見せた。
「海翔、こんなのどう?」
風花が取ったのは、少し大きめの、白いTシャツ。袖には、小さなフリルが付いている。
爽やかな風花には、よく似合う。
「いいね。試着してみたら?」
「あ、そうだね。」
風花が試着室に入ってしばらくすると、カーテンが開いた。
「どう…かな?」
出てきたのは、大きめの白いTシャツを着ている、風花。
一周回って見せてもらったが、今日のジーパンとの相性が良く、とても似合っている。
なにより、大きめだから、いわゆる「萌え袖」になっていて、とても可愛らしい。
爽やかさと可愛さを兼ね備えている。すごい。
「すごい似合ってる!爽やかでいいよ。」
「へへ…ありがとう。じゃあ、私はこれにするね。」
風花も、服が決まった。
カーテンを閉め、しばらくすると、着替えた風花が出てきた。
「私、まだ買いたいものがあるんだ。もうちょっと、付き合ってもらっていい?」
「いいよ。」
海翔はかごを持って、風花に付いていった。
次に風花が取ったものは、水色のスカート。すね辺りまでの長さがある、プリーツスカートだ。
風花はそのスカートをかごに入れると、早速、試着室へ。
海翔が外でしばらく待っていると、風花が出てきた。
さっき選んだスカートと、Tシャツも着ている。
「どう?合わせてみたんだ。」
そう言って、一周回った。
白いTシャツとジーパンも似合っていたけど、スカートとも合っている。
さっきのジーパンとの組み合わせより、女の子感が増した…というか。
「うん、スカートも似合ってる。すごくかわ…」
可愛い…と言いかけたが、恥ずかしくなって、濁した。
まだ…可愛いと言うのは、早い。そう感じた。
「…可愛い?」
海翔の恥ずかしい気持ちを考えないかのように、風花は海翔の言葉に反応した。
風花に聞かれても、なんて答えていいかわからず、「え!?あ……えー…と…」と下を向いてもじもじしていると、風花がゆっくりと、寄ってきた。
海翔の前まで来ると、風花は膝に手をついて少ししゃがみ、首を傾け、海翔の目を見た。
そして、優しく微笑み…
「海翔…私のこと『可愛い』って思ってるなら…恥ずかしがらず言っていいんだよ?」
と、優しく話しかけた。
カーっと、体中が熱くなった。
風花にそんな恰好でそんなことを言われて、ドキドキしてしまった。
だが、それも束の間、海翔は耐えられず、後ろを向いて熱くなった顔を手で隠した。
こんなことを女子にされること、男子が嫌いなわけない。
熱くなった体はまだ冷え切らず、顔から手が外せない。
後ろからは、風花のため息が聞こえた。まるで小さな子供を見ているかのような、笑いの混ざったようなため息。
風花はかごと海翔の持ってきたバッグを持つと、まだ後ろを向いている海翔に、「ほら、行くよ。」と声をかけて、歩き出した。
海翔はまだ熱い体を動かし、風花に付いていった。
買い物が終わり、海翔と風花はスイーツ屋で二つ、ソフトクリームを買って、出口に向かった。そのおかげで、海翔の体は冷めた。緊張も、少しほぐれた。
「あのさ…そもそも、なんで俺を誘ったの?」
海翔は帰り際に、誘った理由を聞いた。
この前のことで海翔と風花の間には溝ができて、もう、風花は海翔と一緒に居てくれないと思っていたのに。
風花はしばらく下を向いていたが、頭を上げた。
自動ドアが開き、前を向いて歩きながら、風花は話してくれた。
「そんな深い意味はないけど…私も暇だったし。あと、海翔と出かけられるの、今日ぐらいだったから。」
「ふうん…なんで今日しか無理なの?」
「私、引っ越してから一週間以上経ったでしょ?だから、明日から部活行くことにしたんだ。」
「あ、そっか…」
確かに、前から、部活はどうするのかと薄々思っていた。陸上部に所属したらしい。
「明日からかー。俺バスケだし、確かに出かけられる日はないかも…」
誘ってくれた理由が分かって、少しすっきりした。
―内心、別のことも感じていたが。
「今日は、買い物に付き合ってくれてありがとう。」
「いや、こちらこそ。誘ってくれてありがとう。」
「あ、そうだ。これ。」
海翔は風花から、買った服を受け取った。
日が短くなってきた。空は、赤色に染まり始めていた。
「じゃあ、またね。」と一言、風花と別れた。
――――――――
日曜の朝、宿題をしていると、風花からメールが届いた。
風花「だいじょうぶ?部活。もうすぐ時間だと思うけど…」
海翔「あ!忘れてた…急いで行くよ。ありがとう!」
風花「いってらっしゃい」
海翔「今日、俺試合出るのに…」
風花「すごいじゃん。頑張ってね!」
海翔「うん。ありがとう」
風花「きを付けてね。急ぐと危ないから。」
海翔「本当ありがとう!」
海翔は忘れていた部活を風花のおかげで思い出し、急いで家を出た。
――――――――
「ねえ、海翔。来週の月曜日、授業参観の振り替え休日でしょ。」
「うん。」
月曜日、学校に着くと、風花に振り替え休日のことを聞かれた。
「その日…一緒に遊ばない?」
「いいの!?」
つい嬉しくて、大きな声が出た。一緒に出かけたばかりなのに、遊びにも誘ってくれるなんて、思わなかった。
「その日、部活ないでしょ。最近買ったゲーム、一緒にやりたくて。」
「ゲーム?風花もゲームするの?」
「うん。結構ね。」
女子がゲームするなんて、珍しい。
ただ、海翔が女子と遊んだことがないからそう思うのかもしれないけれど。
「いいよ。ただ、どこで遊ぶ?」
「私の家でいいよ。お母さんたちはいないけど。」
「そうなんだ。じゃあ、風花の家で。」
「うん。」
女子の家に行けること、一緒にゲームできること……海翔が望んでいたことが、叶う。
「こっち来ないで」
「変態」
とがった悪口が、海翔に響く。
小学生のころ、廊下で友達とふざけて遊んでいたとき。トイレの近くでバトルごっこをしていた海翔は、友達に体当たりされ、女子トイレの中に入ってしまった。
そこには数人の女子が並んでいて、入ってきた海翔に対して叫び、蹴られ、殴られ……
自分の意思で入ったわけではないのに、あっという間に「変態」とかいうレッテルが貼られてしまった。
先生に相談して注意してもらっても、女子たちからの偏見は消えず。
そして、女子とは関わらなくなった。必然的にも。
―たった一つの悪ふざけで、自分と周りの人間関係が、どんどん荒れていった。
自分は悪くない。その悔しさと後悔で、学校さえも嫌いになった。
入ってしまった時に受けた暴力、その後もずっと続いた陰口と差別。
女の子って、こんなことするんだ…と、女の子に対して強い恐怖心を覚えた。
それから、あまり人と話さなくなったせいか、男子までにも「二軍」とか「陰キャ」とか、軽蔑されてしまった。
しかし、あのとき覚えた女子への先入観……あれは、間違っていたと、風花のおかげで気づくことができた。
―やっぱり、風花って、大事な存在だな。
「じゃあ、昼ごろでいい?」
「おっけ。」
土曜日。今日は、授業参観。
朝から、教室はうるさい。
「叱られる」だの「今日親来ない~」だの、くだらない会話ばっかり。
今話しても、もう遅いんだから。
そんなことを思いながら、今日の内容の予習をするため、教科書を開いた。
前に、海翔が大和に怒ってくれたおかげで、風花に大和は寄ってこなくなり、朝の時間を有効活用できるようになった。
まだ人は寄ってくるけれど、もうはっきり、「集中してるから、寄ってこないで」と言っておいた。
―海翔、早く来てくれないかな…
海翔が来るのを待っていると、教室の電話が鳴った。
電話に出てくれた子が、「青原さん、ちょっと」と風花を呼んだ。
風花が電話に出ると、「もしもし」と、聞き慣れた声が聞こえた。
海翔の声。
「どうしたの?」
「………」
風花の問いに答えず、電話の向こうは黙っていた。
「もしもし…?」
ツー ツー
電話が切れてしまった。
結局何が言いたかったのか分からず、風花は首を傾げた。
受話器を戻し、席に戻った。
ペンを持って問題を解いていると、さっきの電話からそれほど時間が経っていないのに、海翔が教室に入ってきた。
「あれ?海翔。」
「ん?どうした?」
「さっき、電話掛けてきたよね。何かあったの?」
質問に対し、海翔から帰ってきた答えに、風花は衝撃を受けた。
「え?俺電話してないけど…」
「…え?」
少し間が空いてから、風花は反応した。
電話の声は、確かに海翔の声だった。それなのに、本人は電話をしていないなんて…不気味だ。
「え、でも、確かに海翔の声だったんだよ…」
「えぇ~…ほんとに電話してないのに…俺、教室までどこにも寄らずに、真っ直ぐ来たんだよ。」
「そ、そうなんだ…」
そもそも、学校でしか使えない電話から海翔の声の誰かが電話してくるなんて、おかしい。
不気味さに、心拍数が上がった。
「聞き間違いじゃないの?」
「うーん…でもあれは…海翔の声だった気が…」
海翔に話していくごとに、自分の聞いた声に自信が持てなくなってきた。
「でも確かに、学校の中で俺の声に似てる声の人なんて聞いたことないけどな…」
「そうだよね…」
学校外から掛けられる訳もない。
風花は自信がなくなって、結局あの声は聞き間違いということにした。
二人は席に座った。
先生が入ってきて、ホームルームが始まった。
「えー今日は授業参観です。親に良いところ見せましょう、以上です。」
先生が話すまで、風花は、今日が授業参観だということを忘れていた。
授業参観どころではないような恐怖を感じてしまい、なぜか急に力が抜けた。
―本当に、あの声は誰だったんだろう。
ずっと気にかかっていたが、切り替えて授業を受けた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に、教室の中に机と椅子のガチャガチャした音が響いた。
海翔は席を立ち、廊下に向かった。目的は、風花のお母さんに挨拶すること。
廊下には、立ち話をしている親たちがいた。海翔はその中の、「青原」と書かれたネームプレートを探し、歩き回った。
しばらく探していると、トイレの前の椅子に腰掛けた風花のお母さん、青原さんを見つけた。スマホを見ていたため、海翔は少し遠慮気味に、青原さんに声を掛けた。
「あ、あの…こんにちは。」
青原さんは手を止め、こちらを向いた。
「いつも風花にお世話になってます、平塚海翔です。」
「ああ、海翔君。」
どうやら、知っていたようだ。
青原さんは笑顔で、風花の話を始めた。
「海翔君の話、風花から聞いてるよ~。風花と仲良いんだってね。」
「はい。」
なんか…雰囲気が風花と似ている。明るい笑顔と話し方が、初対面に関わらず、風花とそっくりだなと思うほど。しかし、ショートヘアーで、女性にしてはがっしりとした体つきは、風花と異なっていた。
―というか風花、俺のこと親に話してたんだ。
親が知ってくれていて、嬉しいけど、少し照れる。
「これからも、よろしくお願いします。」
「うん。よろしく。海翔君、礼儀正しいね。」
「そ、そうですか…?ありがとうございます。」
初対面なのに、褒められて、またも照れた。親には、幼いころから、礼儀を正しくしなさいと教えられていたから、目上の人との関わり方は大体分かる。(先生は別だと思うが。)
お礼を言って青原さんから離れ、今度は帰る支度を済ませ、風花の席へ。
海翔の手は震えている。
風花に、言いたいことがある。
「今日さ…一緒に駅まで帰らない…?」
海翔は、今まで風花に誘ってもらったり優しくしたりしてもらったから、せめて自分で何か誘おうと思った。
勇気を振り絞って言ってみたが、風花は目を丸くして驚いた。
海翔は不安になって、即座に言い直した。
「あ、いや、別に、無理なら…いいんだけど…」
「ううん。無理じゃないよ。」
すぐに、風花は答えた。
「いいよ。一緒に帰ろ。」
「うん…!」
良かった…と一安心した。手の震えは収まった。
初めて女子に誘えたのに、無理だったら少しショックを受けただろう。
風花はバッグを持って席を立ち、「行こう。」と。
嬉しさで、また手が震えてしまった。
海翔は風花と並んで、歩き出した。
―二人が、駅の前の道を仲良く歩いている。
その様子を後ろの方から見ていたのは、大和。
一人で帰っていると、ふと、前を歩いている海翔と風花に気がついたのだ。
「ちっ…」
小さな舌打ちをして、曲がり角を曲がった。
もちろん、そのことは二人は知らない。
「じゃあ、また月曜日。家出たらメールするよ、」
「うん。待ってるね。」
駅に着き、風花と別れた。
初めて女子に自分から誘って、一緒に帰ることができた。
今日のこの思い出は、一生ものだろう。
遂に、月曜日。
いつもは昼頃までぐーたらしている海翔でも、今日は朝早く起きて、着替え、髪形を整え、歯磨きを入念にして…
初めて女子の家に行くため、気合は十分。
風花「うちまでの地図だよ。」
風花から家の地図が送られてきた。もうそろそろと思い、荷物の準備を始めた。
「あ、お母さん、ゲームのコントローラー持ってっていい?」
「いいよ。失くさないでね。」
「うん、分かってる。」
コントローラーを二つとちょっとしたお菓子をリュックに入れて、家を出た。
しばらく歩いたところで、メールすることを思い出し、スマホを開いた。
海翔「今から家向かうね」
風花「はーい。待ってるね」
もともとスマホを見ていたのか、送って間もなく、返信が来た。
なんだか急に緊張してきて、歩くスピードが速くなった。
11時、やっと、地図上の到着地点に着いた。意外と遠かった。
周りに家や建物がない、過疎地域みたいなところにポツンと家はあった。
新居なのか、すごく綺麗。
「青原」と書かれた表札を見て、改めて驚く。
―いい場所の家がなかったのだろうか。そんなことはないんだろうけれど、そんなことを思ってしまった。
インターホンを押してしばらくすると、玄関のドアが開き、風花が出てきた。
先週一緒に買った、Tシャツを着ている。変わらず、私服のときも可愛い。
「入っていいよ。」
風花に言われ、中に入った。
「おじゃましまーす。」
靴を脱いでそろえ、上がった。
家の中の第一印象は、本当に綺麗。
モデルルームにあるようなお洒落なインテリアや飾りが、玄関から廊下、ドアまでに広がっている。
風花に案内してもらって、一階のリビングへ。
「今日は誰もいないから、自由にしていいよ。」
「あ、そうか。分かった。」
“誰もいないから”は少し違う気がするが、とりあえずリュックをソファの近くに置いて、お菓子を取り出した。
「風花、おやつ持ってきたよ。」
「え!?」
風花は、嬉しそうに反応した。
だが、恥ずかしかったのか、すぐに言い直した。
「あ、いや、うちって、お菓子とか…食べれなくて…」
「風花…お菓子が好きなら…恥ずかしがらず言っていいんだよ?」
ちょっとにやけながら風花に言うと、風花ははっとして、顔を赤くした。
前に、風花にやられたときの仕返し。
「……やめてよ…」
顔を手で隠した風花に、海翔は寄って、謝った。
「ごめんごめん、この前のこと思い出しちゃって。」
「む~…」
こんな顔を真っ赤にした風花は、久しぶりに見た。
顔から手を外した風花に、下を向いたまま、「次からはそういうのなしだよ…」と言われた。
本気で恥ずかしがっているの、可愛い。
今の風花は、海翔よりずっと年下の子を見ているような感じがする。
―これからもっと仲良くなれたら、毎日こんな可愛いところを見られるのだろうか。
お菓子を、風花が持ってきた皿に入れて、ソファの前の机に置いた。
ゲームをテレビに接続して、海翔と風花が一つずつコントローラーを持った。
電源が入ると、画面にゲームのアイコンが表示された。ついこの前発売されたばかりの、人気格闘ゲームシリーズの新作。海翔のやってみたかったゲーム。
持っていないけれど、このゲームシリーズは、少し前のやつをプレイしたことがあるから、やり方は分かる。
ソフトを起動すると、タイトル画面を過ぎて、キャラクター選択画面に移った。
カーソルをぐるぐる動かしながら、どのキャラにするか考える。
「なんのキャラクターにしょうかなー」
「私は…これで!」
そう言って風花がカーソルを合わせたキャラは、元祖・格闘ゲームの主人公。簡単には、頭にハチマキを巻いたムキムキのおじさん、とでも。
風花が選んだキャラが意外過ぎて、(別にどんなキャラを選んでも良いけど)面食らった。
「全部のキャラ試したけど、やっぱこれが一番強いんだよね。」
「へえ~…」
この短期間で全てのキャラを試したとは、かなりやり込んでいる。
女子はゲームなんかやらないかと思っていたが、そんなことはないと知った。
風花はキャラが決まったため、海翔も急いで決める。結局海翔がカーソルを合わせたのは、素早い移動が得意のキャラ。
二人のキャラが決まったので、ロードが始まった。
「俺、このゲームやったことなくて。操作方法ってさ、Xのときと一緒?」
「まあ、基本的な攻撃とかは一緒かな。ただ、コマンドとかが若干変わってるものもあるから。」
「ふうん。ま、とりあえずプレイしながなら覚えよう。」
ロードが終わって、画面が戦闘ステージに切り替わった。
ルールは簡単で、相手キャラクターにダメージを蓄積させて、画面外に吹っ飛ばすと勝ちとなる。シンプルなルールだからこそ、奥が深いゲームだ。
ゲーム内の『fight!』という声で、戦いが始まった。
まず攻撃を仕掛けたのは、海翔のキャラ。ダッシュしながら攻撃することで出せる、突進。だが、風花のキャラは、軽くジャンプでかわし、空中技を海翔のキャラに叩き込む。
開始から間もなく、海翔のキャラは大きなダメージを喰らった。海翔のキャラが動けなくなっているすきに風花のキャラが迫ってくる。強攻撃を当てようとしたが、海翔のキャラは動けるようになり、ジャスト回避でカウンター攻撃を仕掛けた。
「うわっ、やられた。」
「よしよし…」
海翔は小声で、こうしてああしてと言いながらキャラを動かす。そして、ジャンプで回避した風花のキャラに、またも海翔のキャラが攻撃を決める。空中から落ちてくる間に溜攻撃を決めようと、溜めをしておいている。
風花のキャラが、動けないまま落ちてきた。海翔はここぞというときにボタンを押し、溜攻撃を。しかし、風花のキャラは、空中でしか使えない、受け身を発動。海翔のキャラの溜攻撃を、吸収した。
「うわ~!当てらんなかった!」
「海翔、ここで必殺技使えるよ。」
そう言って風花が指したのは、コントローラーの下についている、小さなボタン。
試しに、風花のキャラが寄ってきたときに押してみると、掴みかかって何発か打撃を喰らわせる、強力な攻撃ができた。
「すご、この技。」
やっぱり、コントローラーも前のシリーズとは違うから、攻撃のバリエーションが増えている。
少し操作に苦戦しながらも、戦闘に真剣になった。
ステージに現れたアイテムを取って、海翔のキャラは切り札が使えるようになった。風花のキャラは、ジャンプしたり回避したりと、切り札を避けようとしている。そんなことお構いなしに、海翔のキャラは風花のキャラに迫っていき、切り札を使おうとボタンを押した。しかし、風花のキャラは素早い回避と転がりで、切り札の直撃を避けた。せっかくの見せ場が、無くなってしまった。
「え…やば…」
海翔は少し動揺した。
切り札を使った後は、しばらく動けない。風花のキャラは、その隙に、海翔のキャラに近寄った。そして、溜攻撃を当てた。クリーンヒット。
まともに喰らった海翔のキャラは、画面外まで吹っ飛んでいった。
「ああ~!」
「よし、一勝!」
「風花、強…」
風花が、こんなゲームが上手なんて、意外過ぎる。ゲームが大好きで毎日のようにプレイしている海翔を、風花が上回った。
「よし、もう一回。今度は、慣れたから大丈夫。」
「ふふ。また吹っ飛ばしてあげるよ。」
そう言いながら、風花と海翔はさっきのキャラを選び、戦闘を始めた。
―結局、1時間ほど、ぶっ通しで対戦していたが、結果は、海翔が1勝、風花が19勝。
海翔と風花のゲームの腕前は、天地ほどの差があった。
「いやあー…一回しか勝てなかった…」
「じゃあさ、次、違うゲームしない?」
「お、いいよ。」
このゲームが苦手なだけだったかもしれないから、風花の提案で他のゲームをすることに。
選んだのは、海翔が腕を極めた、レーシングゲーム。
「俺、このゲームが一番得意だから、今度こそ……」
「頑張ってね。」
まるでもともと勝つことが分かっているかのような、余裕そうな言葉を返された。しかしそれが、海翔をますますやる気にさせた。
「よし、絶対勝つぞ。」
勢い込んでそう言ったが、その言葉が、一回戦目から偽りへと変わった。
「……」
海翔は、黙ったままだった。そして…
「参りました!!」
風花が強すぎて、海翔が一番得意としているゲームでさえ、一回も勝てなかった。
風花に頭を下げたが、風花は笑いながら「やめてよ。」と言って、お菓子を一口食べた。
海翔は頭を上げ、風花に質問した。
「なんでそんな強いの?毎日ゲーム練習してるの?」
「いや、流石に毎日は……だけど、私もゲーム好きだから。」
好きでそこまで強くなれるのかと、少し不信になった。
「いいな~俺もゲームもっと上手くなりたいよ。なんかコツとかある?」
「コツか……とりあえず、全部の技とかコースとか、そういうのを把握しておくことかな…」
「へえ~…」と海翔はうなずきながら、取り出したメモ帳にメモし始めた。
海翔の行動を見て、「いやそんな、メモするほど参考にならないよ。」と、風花は苦笑した。
お菓子も全て食べ終わり、気が付けば2時を過ぎていた。
お母さんにはそんなに長居しないでと言われているから、海翔は帰ることにした。
「風花、今日はありがとう。」
「うん。楽しかったよ。」
靴を履き、お礼を言った。
「じゃあ、また学校で。」
「うん。またね。」
家を出ると、外は暖かかった。からっと晴れていて、気持ちがいい。
どこか出かけてもよかったかと思ったが、風花は鍵を持っていないそうで、外出できなかった。
また誘おうと、海翔はスマホの予定表を開いた。
(ほんと、ゲーム教えてもらいたいな~)
しばらく歩いていると、細く、見通しの悪い道に来てしまった。海翔の家に行くまでの最短ルート。無意識に、最短ルートで帰ろうとしていたのだろう。
気にせず歩いていると、後ろの方でがさがさと、物音がした。
驚いて、後ろを振り返ったが、誰もいない。カラスも、猫も、人も。
少し不安気になったが、前を向いて歩き出した。
だが、その不安気な気持ちが、少し…足りなかった。
後ろからは再び物音がして、海翔は振り返った。そこには、深く黒いフードを被ってマスクをつけた、男の人が一人立っていた。
「わっ…」
驚いて、少し声が出た。
再び歩こうとして前を向くと、後ろから首を絞められた。
「ゔっ!?」
その瞬間、後ろにいた男の人に絞められたのだと悟った。
急いで振り払おうとするも、男の人の力が強すぎて、暴れても無意味だった。
呻きながら暴れまわるが、次第に息をするのが困難になっていき、意識が遠のいてきた。
声にならない悲鳴をあげて助けを求めようとするが、こんな細い道には誰も来ない。
とうとう、海翔の意識は無くなって、ガクッと男の腕の中で倒れた。
男は、意識の無い海翔を持ち上げて、近くに停めてある車のトランクに詰め込んだ。
最後に男は車に乗り込み、狭い道の中、車を全速力で走らせた。
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