死神と呼ばれた男は一人の少女に救われる
とある戦場に一人の男がいた。男は致命傷を負っており、あといくばくかの命であった。そんな男は近くにあった岩に背を預けながら、周りをただ見ていた。
戦争が始まる前、ここは穏やかな平原であった。だが、いまやその面影はない。男の周りには、死体が大量に転がり、血によって赤と黒に彩られてしまっていた。また、男から離れたところでは、まだ戦闘が続いていた。いずれ、ここら一帯は男の周りと同じようになると予見できた。
「最悪の人生だったなぁ」
男は唐突に何気なくそういった。特段何でもなく、ちょっとした一言を言うかの如く、自然にそうつぶやいた。
男は貧しい農民の家に生まれた。だが、すぐに親は病気で亡くなってしまった。そして、親戚の家で育てられることとなったが、親戚の家のも貧しく、本当の子供でもない男へはろくに食事も与えず、働かされ続けていた。
男はそれがよかったのか、悪かったのかわからないが、体が丈夫だったのかなんなのか、そのようなろくでもない環境であったが、生き続けた。
男が青年とでもいうべき年齢になるとほぼ同時期に男の生まれた国で戦争が始まった。相手は隣の国であり、男の生まれた国とはほぼ同じくらいの国力を持っていた。
そして、戦争が始まって2年ほどして、男は兵士として駆り出された。まともな訓練もしていなかったが、戦争の長期化で人が足りず、兵士として戦場へ送られたのであった。
男が兵士になって数か月、男が送り込まれた戦場はどれも激戦区であった。昨日顔を合わせたばっかであっても、意気投合したものがいても、すぐに永劫の別れとなることはもはや男にとって日常茶飯事であった。
だが、男はどんな激戦区に送り込まれても、どれだけ周りの者がなくなろうとも生き残ることができてしまっていた。どうしてかはわからない、男はものすごい力を持っているわけではない。剣なんて兵士になって初めて持って、魔法もろくに扱えない。
だが、生き残ってきた。
そのため、男は周りに気味悪がられ、徐々に新しい仲間に会うたびに、距離を置かれるようになった。そして、いつの日か『死神』と呼ばれるようになっていた。
男はそれをそこまで苦だとは思わなかった。なぜなら、戦場を過ごす中で、誰とも話したくない、誰とも仲良くしたくないと思い始めてからであった。仲間の死を間近で何度も見続けてきたからこそ男はそう思ってしまうのであった。
「ようやく死ぬのか」
男は視界がかすみ、ほとんど見えなくなってきたころにつぶやいた。か細い声ではあった。
男はもう死にかけていた。自分でそれがわかるぐらいに。
そのことに、男は少しうれしさを覚えていた。最低最悪の人生が終わると思ったから、死ねば昔、村で話をした司祭様に言っていた天国に行けるかもしれないと思ったから。
そして、男が目をつぶった瞬間、体が暖かな、優しい光に包まれるような感覚がするのであった。なんとも抽象的な感覚があったが、男にはそう感じたのであった。
男はなんだ?と思いながら目を開ける。そこには、黒髪の少女がいた。少女は男の致命傷となった腹の傷に、手をかざしていた。男は回復魔法を使っているのだと理解する。そして、同時にこの子は誰だ?と思う。軍に回復魔導士はいるが、こんな少女とはあったことも、こんな少女がいるとは聞いてもいない。
「誰だ?」
男は尋ねる。
「しゃべらないで、無駄な体力使わないで」
すぐさまそう少女は返答してきた。その声は冷たいナイフのようなものであった。今使われている回復魔法とは大局かのような冷たい、とても冷たい声だった。
男はその返答を聞いて、黙ることにした。またこの声を聞きたくないと思ったのと、誰であろうがどうでもいいと思ったからであった。自分は今おそらく助けてもらっているのだから。
(だが、また生き残ってしまうのか)
男は心の中でぼやく。ようやく死ねると思ったところで、こうなったのだ。神様とやらはそれだけ俺を殺したくないのだろうと男は思った。
しばらくして、男を包んでいた暖かな優しい光に包まれるような感覚はなくなる。そして、傷がふさがっていると感じる。
「ありがとう、助かった」
男は少女に向けて言う。少女は男の顔をちらりと見た後、「どういたしまして」という。その声色は突き放すような不愛想なものであった。
少女はすぐさま立ち上がると背を向け、どこかへと去っていく。男はただそれを眺めていた。彼女が誰だ?という疑問はあったが、それを聞く気にはなれなかったのであった。男はなぜか聞いてはいけないと思ったのであった。
その後、少しして男の目の前に敵国の兵士数人がやってくる。男はすぐに抵抗の意志はないことを伝える。それを聞いた兵士たちは武器を収めると、一人の兵士が尋ねてくる。
「お前、動けるか?」
男は首を振る。すると、敵国の兵士は動けないようであろう男を見ると、全員が一度顔を見合わせた後、何かをつくり始める。男は黙ってそれを見ていた。しばらくして、たんかのようなものが出来上がると、男はそれに乗せられた。
そして、男は敵国の兵士に運ばれて行く中、どうやらこの戦闘は自分たちの国が負けたらしいと思う。そうでなければ、あんな位置にいた自分が捕まることはないという考えからであった。男は運ばれる中、なぜ助けてくれたのだろうと思うが、すぐに捕虜として捕まったのだと判断する。男は大した情報を持ってはいないが、いいのだろうかと思うが、下手にそんなことを言って殺されても嫌だと思うと何も言わないでおく。男は少し生きようする意志が生まれ始めていた。
男は敵国の陣地につくと、仮設の牢屋らしきものに入れられる。そして、放り込まれてから少しして、数人の兵士を連れ、一人の少女がやってくるのだった。
男はその少女の顔を見て、驚きを覚える。なぜなら、その少女は自分を治療した少女であったからであった。
少女は男の顔を見ると、周りの兵士たちに言う。
「こいつの治療は終わってる。だから、食事でもさせて、寝かせといて」
兵士たちは了承の返事をすると、少女はどこかへと去っていく。男が呆然としていると、一人の兵士が尋ねてくる。
「なんか食えそうか?」
男は頷く。すると兵士はわかった、というとどこかへ行く。少しして、戻ってくるとパンとスープがはいった皿を持ってくる。
「ほれ、口に合うかはわからんが」
男はパンとスープがはいった皿をただ見つめていた。それを持ってきた兵士は首をかしげると、男に尋ねてくる。
「食わんのか?」
男はそれを聞いて、兵士のほうを見くと逆に尋ね返す。尋ねるつもりはなかったことを。
「なんで捕虜相手にこんなしてくれるんだ?」
兵士は一瞬キョトンとした顔を見せる。そして、すぐに笑顔でこう返答してきた。
「敵国の兵士だとかうちには関係ないんだよ、同じ人間じゃねーか。つかお前、その感じ、元農民だろ。徴兵されていやいや来たんだろ」
男はその兵士の言葉になぜか強い感動を覚える。そして、兵士の言葉に、男は少し涙ぐみながら「そうだ、徴兵されたんだ」と返す。
「そうか、大変だったな。まっこれからは戦場にはいかんくて済むはずだから、よかったな」
「いいのか?」
「いいも何も、捕虜を兵士としては使わねえって。つか、お前超幸運だぜ」
男は「幸運?」とつぶやく。男は自分が幸運だなんて、かけ離れているとも思っていた。
「ああそうさ、うちさとある伯爵の指揮下の部隊でさ。伯爵さ、捕虜の大半は自領で雇ってんだよ。結構待遇いいらしいぜ。あっでも捕虜の割にはって感じらしいけどな」
男は「そうなのか」と言う。男はどうやら噓かもはしれないが、この話を信じれば本当に幸運のようだ。捕虜の多くは強制収容所でひどい環境で働かされるか、殺されるかの二択と聞いていたからであった。
「まっそんなわけで安心しろよ、というかさっさと食え、スープ冷めちゃうぞ」
男は「ああ、ありがとう」というと食事にありつく。その食事は今まで食べてきたもののなかで一番美味しかった。いつも軍で食っているものとは変わらないはずなのに、それでも美味しかった。
男は泣きながら食事をしていた。その様子を見て、心配した食事を持ってきた兵士が「どうした?体になんかあったか?」と聞いてくる。
「いや、美味しい。美味しすぎるんだ」
男がそう返すと兵士は「なら良かった、おかわりは悪いができねえぜ」と後半は少し冗談交じりに言う。男は「そら、残念だ」と冗談交じりに返答する。
そして、男は食事を終えると急速に眠気を感じる。男は敵陣の中ではあるのに、緊張の糸が切れ、戦場での疲れもあってそのまますぐに眠ってしまう。
翌朝、男は起きると見張りの兵士に食事を貰うと、そのまま質問攻めにあう。多くは軍事情報に関してであった。男は祖国への忠誠心もほとんどなく、今までの対応もあり、知っていることはすべて話した。そして、洗いざらいのことを聞いた兵士は、よし、というと男に質問をする。最後の質問を。
「でよ、最後の質問だけど、お前、国に家族とか大切な友人とかいる?」
「いない、そんなやつは、ずっと一人だった」
男はすぐにそう返した。兵士は男の暗い雰囲気を感じ取る。そして、ただ、そうか、とだけ返す。
「じゃ、しばらくしたら、うちの国に護送されていくはずだから。それまで休んでな」
兵士はそういうと、どこかへと去っていった。
男は兵士が去ると、今までのことを思い出していた。今までの地獄のような人生を。男は正直これからどうなるかはわからない。だが、どんなことになってもきっと、昨日のことが実は自分をだますためのものであったとしても、忘れないだろうと男は思うのであった。いい思い出として残ると男は思うのであった。
そんなふうにしながら、今までの思い出に思いをはせていると、兵士が声をかけてくる。
「おい、動けそうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「よし、じゃ行くぞ」
兵士はそういうと男を牢屋のようなものからだす。その際に、手錠はつけられた。男は特段抵抗することなく、これを受け入れる。そして、男はそのまま、兵士に連れられていく。男はこれからどうなるのだと思うが、なるように任せるかと思いながらでいた。
「そこ、ちょっと待って」
陣地を連れられ、進む中男と兵士の目の前に男を治療した少女がそう言って現れる。兵士は了承の返事をする。男は足を止める。少女は男のほうに真っ直ぐ突き進んでくると、男の全身を見てくる。その目は集中しているもので、男は何も言わずにいた。
少しして、少女は「大丈夫ね」とつぶやく。そして、男に向かって言い放つ。
「あなた、もうなんとも問題ないから。寿命と疫病以外で死ぬとか許さないから」
男はきょとんとしたような表情をする。また、男は近くの兵士が苦笑したような雰囲気を感じとる。少女は兵士のほうをにらむ。兵士はびっくとした後、謝罪の言葉とともに頭を下げる。少女は溜息をついた後、男のほうに視線を戻す。
「あなた、生きる活力ってのが感じられないところあるから、釘挿しとく」
男はその少女の言ったことを聞いて、なにか胸にぐさりとくるような感覚を覚える。少女は言いたいことは言ったとでも言いたげな雰囲気を見せると、男に背を向けて去ろうとする。その瞬間、男は下を向くとつぶやく。
「人に迷惑をかけるようなやつでも生きてていいのか」
少女はその男のつぶやきを聞くと、「は?」という声とともに振り向く。
「俺の小さいころ、親が死んだ。親との記憶はほとんどなかった。でも、何度か言われた。『子どものせいで親が死んだ』って、ただでさえ貧しいのに子どもなんか作るから。親が死んだあと、親戚の家で育てられた。その時には、何度も何度もこう言われた。『お前のせいで少ない食糧がさらに少なくなる』って」
少女は黙ってまっすぐ男を見ていた。男は続ける。
「そのあと、俺は色々あって兵士として徴兵された。そして、俺は色々な戦場を様々な味方と一緒に戦った。本当に様々なやつと
前の戦場で一緒の奴なんかほとんどいなかった。みんな死んだから」
周りのものたちは突然始まった男の話に聞き入っていた。男は周りに注目されていることに気づかないまま、続ける。
「俺は死神って言われたよ。『あいつと一緒と死ぬことになる』とか言われた。事実だと思った、だって俺と一緒に戦った仲間はみんな死んだんだから、俺が一緒にいたせいで」
男は最後のほうは、少し吐き捨てるように言った。男の顔は悲しげな寂しげな顔であった。と同時に怒りも見られた。それは自分自身の怒りであった。少しの沈黙の後、少女は口を開く。
「あなた、自信過剰なの?」
男はその少女の問いに驚きを覚えながら顔を上げる。周りのものたちも驚いていた。
「あなたの親が死んだのに、あなたが原因になるとでも本気で思ってるの?親戚のいう食糧は少なくなることは事実だけど、それはあなたがどうこうできるものじゃない、大体、大人は子どもを守るもの。子どもに向けていうことじゃない」
少女はまっすぐ男の顔を見ながら、言いよどむことなく言い放つ。
「そして、死神?馬鹿じゃないの?人間がそんなものになれるわけないでしょ。ただあなたが周りの人より幸運だっただけでしょ」
「俺が幸運?」
男は昨日言われたことも思い出しながら、そう尋ねるようにつぶやく。
「ええ、あなたが幸運だっただけよ。大体、人に迷惑をかけない人間なんているわけないでしょ。私だって迷惑かけまくりよ」
少女はそこで、言葉を切る。
「だから、あなたは生きてもいい。大体、私が治療してあげたんだから、そんなくだらない考えで生きようとしなくなるのやめて」
男はそれを聞いた瞬間、涙を流す。少女はそれを見て、今まで全く表情が変化がなかったのに、驚愕したような表情を見せる。そして、少し気遣うような声色で尋ねてくる。
「ちょっといきなり泣くなんてどうしたのよ?」
「わからない。わからない、なんで泣いてるのか自分でもわからないんだ」
男がそう言うと、隣で黙っていた兵士が男の肩に手を置くと言う。
「わかんなくてもいいと思うぜ、ただ泣きたいならなけばいい。別に俺らは何も言わねえよ。それにお前のその涙は悪いものじゃない」
男はああ、助かるとだけ言うと泣き続けた。実は男は親戚の家に預けられてから半年もした後、泣いたことはほとんどなかった。泣いたら怒られたから。だから泣いてはいけないと思った。軍に入った後も、死んだ仲間のために最初は泣いていたが、段々と泣くことはなくなった。それは、自分のせいで死んだのだから、泣いてはいけないと思ったからであった。その涙は今までの分の涙を今ここで流しているようであった。
しばらくして、男は泣き止む。少女はまだ男の目の前にいた。男は少女に向かって頭を下げるという。
「ありがとう、俺は生き続けてみせる。あなたに救われたこの命を無駄にしない」
少女は何も言わずに背を向けて、どこかへと去っていく。男は隣の兵士に「時間を奪って悪かった」という。兵士は「気にするな」とだけ言うと、男の護送を再開する。その際の男の顔は晴れやかなものであった
そうして、男は、男にとって敵国であった国の伯爵の領地へと連れていかれた。男はそこで、小作人として働くこととなった。
男が小作人となって半年後、戦争は終わった。戦争が終わっても、男は伯爵の領地で小作人として働き続けた。祖国に戻るつもりはなかったからであった。戻る意味も意義もなかったからであった。
多くの友人が男にはできた。また出会いもあって、結婚もして子どももできた。
そして、男は老人となって、死ぬ間際にこういった。
「最高の人生だった」