北風の流れ星
凍りついてしまいそうなほどに寒い夜、じっと空を見あげている一人の男の子がおりました。手ぶくろをした手でぎゅっと肩をだいたまま、男の子はふるえています。ちらりと、明かりの消えたすぐうしろの家を見て、それからまた男の子は空へ顔を向けました。
「こんな寒い夜になにをしておる?」
突然話しかけられて、男の子はビクッと身をふるわせました。ガチガチと歯を鳴らす男の子の前に、ちらついていた雪がだんだんと人の影となり、そして銀の衣装をまとった美しい女性が現れたのです。氷のように透明で輝かしいティアラを頭につけています。男の子はふるえながらも、その女性をしっかと見つめています。
「なんだ、ぼうず、わらわが恐ろしくないのか?」
女性はわずかに首をかしげました。男の子は寒さでうまくしゃべれず、「あ……うぁ……」と、うわごとのように声を出しました。女性が軽く手をあげると、男の子と女性のまわりだけ、風が止んで雪がよけていったのです。それどころか、わずかに温かな風が吹き、男の子のほおをなでます。
「どうだ、これでしゃべれるようになっただろう?」
「あのぅ……、あなた様は、魔法使いなのですか?」
おずおずと男の子がたずねます。女性は目を丸くしましたが、やがて高らかに笑い始めました。
「ハハハハハ、面白いことをいうぼうずだ。わらわが魔法使いとな? ふむ、確かに魔法のようなものではあるが、わらわは人ではない。わらわは北風。北風の女王じゃ。……して、ぼうずよ、そなたはなにゆえにこんな寒い夜に外に出ておるのだ? いたずらをして、母親にしおきでもされているのか?」
北風がからかうようにたずねます。男の子はムッとまゆをつりあげましたが、すぐに首を横にふりました。
「ぼくのおっかさんは、しおきなんてしません。……それに、おっかさんは病気で、ずっと寝たきりなんだ」
最後の言葉は、通りを吹き抜ける風の音にかき消されてしまいましたが、それでも北風には聞こえたようです。わずかにうつむき、男の子にあやまります。
「そうだったのか……。からかうようなことをいってすまなかった。だが、それならなおさら、こんなところでふるえていないで、おっかさんのそばにいてやらねばならんだろうに」
北風にいわれて、男の子は軽く空を見あげました。つられて北風も空を見ます。
「ぼく、その……流れ星を探していたんだ」
「流れ星?」
北風の目を見て、男の子のほおがわずかに赤くなります。
「うん。流れ星にお願いごとをすると、流れ星がかなえてくれるって聞いたから、ぼく、おっかさんの病気が治るようにって、お願いしようと思って。でも、なかなか流れ星が流れないから。それに、うちの家の窓からじゃ、空もほとんど見えないから、こうやって外で流れ星を探しているんだ」
鼻をすすって、男の子がにっと笑いました。北風は少し考えこむようにうつむきましたが、やがて、つららのように冷たく鋭い視線で男の子をにらみつけたのです。
「このままこんな寒空にいては、そなたが凍え死んでしまうだろう。そうなれば、だれがおっかさんの世話をするのだ? ……今宵は冬の、北風であるわらわの世界だ。そなたのような小僧は家の中でふるえているとよい!」
美しかった北風のすがたが、一気に氷のつぶてとなって、再び凍てつく風が男の子を襲いました。それだけでなく、この世のものではないような、なんともおぞましい叫び声まで聞こえてきたのです。さすがの男の子も、恐ろしさに悲鳴をあげて、一目散に家の中へ逃げ帰ってしまいました。
「……雲よ、わらわに応えるがよい! 南の空に雹を降らせるのだ。大地を砕くほどに大きく、雨のようにあまたの雹を!」
北風の声がとどろき、雲はいくつもの雹を生み出し、地へと降らせていきました。南の空……男の子の家の窓がある方向で、数えきれないほどの雹が落ちていくのでした。
北風におどされて逃げ帰った男の子は、急いで母親のもとへかけよりました。熱でうなされているのでしょうか、その美しい顔が苦しそうにゆがんでいます。北風に似たその顔を見て、男の子のひとみからぽろりと涙がこぼれました。
「……窓から、流れ星が見えないだろうか?」
窓ガラスをゴシゴシとこすって、男の子は空を見あげました。と、遠くの空に、きらめくものがいくつも落ちて消えていくのが見えたのです。目をまたたかせて、男の子はじっと南の空を見すえました。
「あれは……流れ星だ! すごい、まるで雨みたいに降っているぞ!」
曇り空のはずなのに、いくつもの流れ星が見えたのです。男の子は急いで両手をにぎり、祈るように願いごとをつぶやくのでした。
「……似合わないことしますね。あんなことしても、あの小僧はあなたに感謝なんてしませんよ。むしろ憎んでいるでしょう」
遠くの空で、雲が皮肉っぽく北風に話しかけました。北風はツンと顔をそむけています。
「それに、願いごとをかなえてくれるのは本当の流れ星だけだ。あんなまがいもの、まやかしの流れ星じゃ、願いごともかないやしませんぜ」
北風が顔をあげたので、雲はおしゃべりをやめました。しかし、北風は怒るわけでもなく、ただフッとかすかにほほえみ、つぶやいたのです。
「……いいや、かなうさ。暖かくなれば、あの子の母親は……」
北風のつけていた、氷のティアラがきらきらと粉雪となってとけていきました。それとともに、北風のすがたも消えていったのです。雲はさびしそうにその様子を見守っていましたが、やがて小さくため息をつきました。
「今年の春は、ずいぶんと早くに訪れそうですね」
雪を降らせていた雲も、じょじょに小さくなっていき、やがて消えていきました。
お読みくださいましてありがとうございます(^^♪
ご意見、ご感想などお待ちしております(*^_^*)