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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女神と傍観者

 その女神は、村人から敬わられ、畏れられていた。


 女神は神社で暮らしていた。

 村人の願いで時々、神社の裏の洞穴に入り、雨乞いや晴乞いをしていた。


 女神は、社務所に住む神主一家以外の村人とは、ほとんど交流がなかった。

 生まれたときからずっと、そのように暮らしていたので、世間知らずで我儘に育った。


 ある年、日照りが続き、飢饉が起きた。

 その頃、女神は、虫の居所のせいかずっと機嫌が悪く、雨乞いもせず過ごしていた。


 神主や村人は必死に女神を拝み、供物を捧げ、雨乞いを頼んだが、女神の機嫌は直らなかった。

 村で餓死者が出始めた。


「ねえ神主さん、今日は供物がこれしかないの?」

「女神様、もうずっと雨が降らず、作物も枯れ果てました。村人は皆、あとは死ぬのを待つばかりです」


「ふうん、そうなの。それでこの供物は何かしら、見たことがない食べ物だけれど」

「それは、村はずれに住み着いた旅人からの供物で、たまごです」


「たまご? 石みたいに固いけれど、どうやって食べるのかしら」

「ゆでるか焼くかですが、薪がありません。鳥の卵のようですが」


「鳥の卵?」

「はい。親鳥が卵を温めれば、ヒヨコが出てきます」


「それはとても面白そうだわ。それで、何の鳥のヒヨコなのかしら? 雄か雌、どちらかしら?」

「分からないですね。本人に聞いてみてはいかがでしょう」


 女神は、生まれて初めて、神社の外に出た。

 神主が言っていた村はずれに着くと、みすぼらしい男が道端の木陰に寝ていた。


「あなたが旅人? この卵のことを教えなさい」

「こんにちは、可愛らしい女神さん。私は傍観者ですよ」


「傍観者? 分からないわ。それより卵のことを教えなさい」

「やれやれ仕方ないですね。それは無精卵ですよ」


「むせいらん、とは何なの?」

「温めても雛にならない卵のことですよ」


「そんなのはつまらないわ、ヒヨコを出して頂戴」

「困った女神さまだ」


 男は、紙にペンで何かを書き、女神に渡して「どちらか好きなほうを選んで丸をお付けなさい」と言った。

 紙には、次のように書かれていた。


(1)女神さまが女で、鳥の雛が雄

(2)女神さまが男で、鳥の雛が雌


「よく分からないわ」

「決められないなら、神主さんに相談しなさい。私はもうすぐ餓死しますが、少し眠ります」


 女神は、何て失礼な男だと、内心、立腹し、文句を言おうと思った。

 ところが男は、ぐうぐういびきをかいて寝てしまい、それきり目を覚まさなかった。


 女神は、他人を叩いたり、蹴ったりしたことがなかったので、男を起こす方法が分からず、仕方なく神社に戻った。

 飢えて死にかけている神主に、男が書いた紙を見せた。


「あの失礼な男が書いた紙なのだけれど、どちらを選べばよいのかしら」

「そうですね、ヒヨコが雌鶏になれば卵を産みますから(2)がよいでしょう。卵は商人に売って、米と交換もよいです」


「分かったわ」

「しかしまあ、女神様はもちろん女ですが、何だってわざわざ、男なんて書いてあるのやら」


 女神は、神主のいうとおり、(2)に丸を書こうと思った。

 でも、自分が男、という文章がちょっと怖いと思ったので、こっそり(1)に丸を書いた。


 すると卵から、ヒヨコではなく、雄鶏が出てきて、コケコッコーとやかましく鳴いた。

 女神は、始めて見る雄鶏にとても驚き、恐怖した。


「わあ、神主さん、この鳥を何とかして頂戴、怖いわ」


 神主は、分かりましたと言って起き上がり、雄鶏を捉え、社務所で料理し、村人皆で食べた。

 一方、女神は、脅かされ、供物も食べられず、お腹が空いてきた。


 女神は、ますます男のことを腹立たしく思った。

 それで女神は、男に仕返しをしようと、神社裏の洞穴にやって来た。


「寝ているあの男に雨を降らせて、びっくりさせてやるのだわ」


 ところが、女神が雨乞いの祭壇で祈り始めると、さっきまで寝ていた男が、突然、村中をすごい速さで駆け摺り出した。


「雨から逃げているのだわ、何て小癪な男なのかしら。えい、これでもか」


 女神は、逃げる男の周りに雨を降らせ続けていたが、男が村中をまんべんなく一周した頃、急に男が消えた。

 仕方なく、女神は雨を降らせるのをやめ、神社に戻った。


 豊穣の雨が再び村を潤し、直ちに作物を実らせた。

 再び女神に供物が捧げられ、村人から感謝されるようになった。


 お腹が一杯になり、機嫌が直った女神は、今度こそヒヨコをもらおうと、村はずれにやって来た。


 男は死んでいた。

 女神は、はじめて泣いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神話や民話的な話の運び方だなと思いました。台詞や展開の一つ一つが意味深で、何だか想像が膨らみます。
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