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.3 破られた禁忌

 ヴィアとステラは村を出て、竜の顎を越えた先にある“赤土の村”を目指すことにした。

 別段、そちらに魔狼のうわさがあるという情報はない。

 おもな取引先である教導会や魔技興もすでに進出している地であるゆえ、情報屋としての商材も見つけづらいだろう。


 ヴィアの旅好きな気まぐれと、族長の話とキツネの頭蓋が示した一抹の不安が足を向けさせたのだ。


「わたし、予感がするのよね。悪いことが起こるんじゃないかって」

「……魔導には通じてないんじゃなかったのか?」


 ステラは眉を上げ、少し口元を緩めた。

 それから先をゆくリュックを追うのをやめ、横顔を眺め始めた。


「野生の勘ってやつよ」

「勘も何も、主義主張の対立する二つの機関が同じ土地で活動してるんだ」

「そのうち戦争でも起こるんじゃないかしら。あなたはどっちにつく?」


 情報屋であるヴィアは、商材を有効活用できる者へ提供するのが仕事だ。

 仮に教導会と魔技興が表立った抗争を始めたとしたら、戦火に油を注ぐ業の深い仕事になるだろう。

 両者とも国家がバックアップをしているゆえ、ありえないことであるが……。

 ヴィアの手袋が黒光りする箱を撫でた。


魔像機(それ)を作った、魔技興側?」

「レンズは魔技興ではなく、教導会の魔導士に加工を依頼した」

「じゃ、教導会? そのレンズがわたしたちの荷物の中で一番高価なのよね」

「価格の問題じゃない」

「そうね。その発魔結晶のかたまりを見つけた洞窟の探険、あれは良かった」


 ステラが思い出話に花を咲かせ始めた。

 ヴィアはまたいつものトーテムポールに戻り、雪のまばらになった山道を観察しながら進む。


「同じ北部なのに不思議。誰かが線を引いたみたい」


 峠に差し掛かった。そこを境に雪が消え、赤い粘土質の地面が姿を現していた。

 これまでは森の木々も痩せてまばらになっている。

 なだらかに続く乾いた雑草の斜面をしばらく進むと、崖と呼べるような急斜面に行き当たった。


「あれが竜の顎ね」


 指さす先には、鋭く突き出した赤い岩の崖がある。

 ランドマークが影を落とす地点には、四辺形に掘り下げられた広い土地と、そこで発掘作業をする茶色のローブ姿がいくつもあった。

 そこから少し離れた道の先には放棄された灌漑(かんがい)農地らしきものと、寂しげな風景に釣り合わない真新しい白壁の家屋が並んでいる。



 ――四十五度を越える急斜面に加え、単純な植生と塩分に乏しい赤土か。塩を手土産にすれば喜ばれたか?



「崖を下りたら、急に暖かくなったわね……って、くっさ!」

 乾いた荒野を眺めるヴィアの横で、ステラが鼻を押さえて唸った。

 その直後、ふたりの前で赤い土埃が上がった。


「……魔動車ね。荷台に積んでたのは堆肥ね」


 六つの車輪が支える巨大な鉄の箱が、屋根に伸びたパイプから濁った蒸気を吐きながら村のほうへと走って行く。


「魔動車が来る前に叫んで無かったか?」


「今のも確かに臭かったけど、故郷でもよく嗅いだ香りよ。その前に吹いた風に、別の刺激臭があった」

「どこから臭ったか分かるか?」

「発掘現場よ」


 竜の骨の発掘現場。

 そこには教導会から派遣された魔導士たちが十数人おり、揃いのローブでツルハシやシャベルを振るっていた。

 少し離れたところに設置されたテーブルでは、出土品と思われるものを丁寧に分類したり、ハケで掃いたりしている姿も見られる。

 だが、多くは大汗を掻いて、雪山ほどではないにしろ冷える空気の中にも関わらず、半裸になっている者もあった。


 ステラが「意外と肉体派ね」と笑ったが、作業員のひとりが「全員、治療術師ってだけだ。上のお偉いさんがたが魔技興と不仲なせいで俺たちはくたくただよ」と愚痴を垂れる。

 まくられたローブの腕は酷使による破壊と魔術による再生を繰り返し、国軍の兵士のように筋肥大を起こしていた。


 発掘作業ならば、土木作業に有効な魔導技術を搭載した魔技興開発のからくりが存在するはずである。

 しかし、この現場に充てられたのは昔ながらの道具と、古代遺構から出土した触媒から魔力を精製する壺型のアーティファクトのみ。

 「神聖な発掘作業ゆえ、魔技興の世話になるのは断じて禁ずる」と魔導士は誰かの口真似をした。


「じゃ、あれは?」


 問い掛けの先には「パイプやベルトの組み合わされた鉄のかたまり」が、地面の中から次々と土を地上へ放り出している。


「あれはー……。俺たちの“指”が魔技興の連中から型落ち品を買ってくれたんだよ」

 ばつの悪そうな魔導士。

「あんたら、男のほうは情報屋のヴィア・ヴィルだろ? この情報を上に売ったりなんてしないでくれよな」


「有名人?」

 ステラが笑い掛ける。


「顔写真が出回ってるだけだ」

 ヴィアはそれだけ答えると、掘削機を見つめた。


 魔力のタンクが眩しく光り、上へと伸びた合金のパイプからは黒い煙が排出されている。

 その横には現場指揮者である“(ゆび)”を示す赤のローブ姿が、退屈そうに掘られた穴の中を覗き込んでいた。



 風が吹いた。



 煙を巻き取り、向こうの急斜面へと当る。

 その箇所は、人の通り道でもないのに赤土が露出していた。


「さっきのは“瘴気(しょうき)”の臭いね」

 ステラは顔を背け、まぶたを伏せた。


 瘴気。他物質と混ざり合った不安定で不純な魔力。

 瘴気は生き物に悪影響を与え、貯め込むと魔性の生物、魔物へと変じせしめることもある。

 おもに、劣化した古代アーティファクトや、魔動力式の機械が排出する廃魔力がそれである。


 これに対して、自然の中で摂理に従って流動する純粋な魔力のかたまりが“精霊”と呼ばれている。

 生物や自然物に宿る魔力は通常、この精霊の切れ端である。


「化石以外が出ないと良いけどね」


 ふたりは発掘現場を立ち去り、村を目指した。

 歩きながらステラがひとつの疑問を投げた。


「ドラゴンの骨なんて掘り出してどうするの?」


 竜は絶滅した生物だ。教導会が発足した遥か昔の時代に生き、翼で空を駆け、口から炎を吐き、財宝を巣に蓄えたという。


 教導会は完全な骨格を欲していた。

 骨格と残留魔力から元の肉体を推測し、粘土で肉付けして当時の姿を再現する。

 たったそれだけのことだが、身分証に竜の紋章を使い続ける彼らにとっては、竜像の再生は千年来の悲願だという。

 彼らの蔵書には、当時の竜は狩りの対象で、戦士や魔導士が集団で挑み、その身体を分け、余すところなく持ち帰ったとある。

 ゆえに、地上に遺ったのは断片的で魔力も放出しきった役立たずであった。


「本当に模型だけのためにあれだけのことを?」

 ステラは黒い煙を頂いた発掘現場を振り返る。

 それから「がお!」と吠えながらヴィアの腕へかじりついた。


「生物の蘇生魔術は禁忌の上に、失われて久しい」

「一度、たましいの散った骨を集めて復活させたとして、それは“生き返った”といえるのかしら?」



 ――連中も同じことを言うかもしれないな。



 教導会にしろ、魔技興にしろ、それらしい弁解をつけて自らや国家の作った法を歪めるのが得意であった。

 「教導会がいにしえに自ら禁じたはずの術法を研究している」などという話は何百年も前からの定番だし、「魔技興が生体実験をしている」なんてうわさもここ数年はよく聞く。



 ――どちらかがやった。それは間違いない。



 生体実験におけるうわさは、根も葉もないものではない。事実である。


 ふたりが花冠の遊びに興じていたころに、南東部のとある部族が全滅した。

 村ごと灰塵に帰した地に遺されたのは、「とっくに絶滅したはずの亜人らしきもの」の骨。

 それも一種類だけでなく、複数種類が確認された。


 教導会が調査に乗り出し、魔技興の新聞社は小村を襲った悲劇と遺骨の謎を記事にした。


 調査の結果、骨はいにしえに生きた亜人の生き残りではなく、「現存する生物の複合体」だということが判明した。

 人間と……何か別の生物たちの。

 死因は全て、魔力由来の炎による焼死だという。


 そんなことが可能なのは、どちらかの組織において他はない。

 だが、禁忌を証明したのは教導会で、事件をおおやけに広めたのは魔技興だ。

 互いに互いが下手人であると非難し合い、世論では破竹の勢いで成長していた魔技興に疑いが傾いていた。

 結局、証拠らしいものは出ず、国家が公式に「不問」の裁量を下して決着していた。


「族長から聞いてたよりも幸せそうね」


 “赤土の村”。土地こそは農耕に不向きであったが、建て直されたと思われる家屋が目立つ。

 村民も汗水垂らして働く者よりも、世間話や、魔動車の積み荷に御執心のようである。


「また車。薄くても瘴気は鼻に悪いわね」


 魔動車たちはどこからか食料や木材などを運んで来ていた。

 巨大な鉄の箱を乗せた魔動車からは、氷漬けになった家畜の肉や魚介類が運び出されている。

 他にも全く同一の形状に作られた木箱に詰め込まれた、衣装や家具などの完成品がある。

 加えて、何かの入った樽だ。それらもまた全く同じ形に作り上げられていた。

 作業を行っているのは翼の紋章の付いた腕章――こちらは魔技興の紋章――を身に着けた男たちだ。


「わたしたちの故郷も豊かだったけど、野菜と羊の毛ばかりだったわ。さすがは虹色蛾の布束ね」


 品物を眺めるステラをよそに、ヴィアは村民を観察していた。

 確かに羽振りの良い者が多い。

 毛皮を素のままに利用した衣装ではなく、他素材と切り貼りして形を整えたものを着ていたり、西の国境がある山岳部で採れる“森色の宝石”を使った装飾品を身につけていたりする。


「ここの村の人たちも“耳長”ね。その割には精霊と縁の無さそうな土地だけど」


 “耳長”は“口を閉じ聞く者たち”とも呼ばれる、上に向かって尖った耳を持つ、魔導や狩猟に長けた人種である。

 北部では珍しくない人種で、先に訊ねた村もフードが隠していただけで、同じ血を引いているはずである。


 だが、情報屋の目に長く留めさせたのは、耳よりも、ところどころが擦り切れて毛皮も潰れた衣装の男だった。

 その男はクワを杖に、魔導に通じていれば邪視になりうるほどの表情で作業員を睨んでいた。


 ヴィアは彼と商売をすることにした。


「この村で農耕を営んでいらっしゃるのですか?」

「よそ者……。だが、魔技興のもんじゃねえな。その女のおしゃべりがここまで聞こえてたぜ」


 男が自身の長い耳を指し、睨視を向けた。


「情報屋です。話を聞かせてください。先払いで買い取ります」

 ヴィアはリュックのサイドポケットから酒のボトルを一本引っ張り出すと笑顔を見せた。


「シンブンってやつでみんなに聞かせてくれるのか? 奴らが俺の仕事を奪った。連中の工場が出来てから、唯一の川が使えなくなっちまったんだ」

 男は表情を緩めると、ボトルをひったくった。


「喉が渇いてるなら、わたしの水筒を貸そうか? お酒は余計に喉が渇くと思うけど」

「飲み水は足りてるぜ。あの樽には水が詰まってんだ。あれが全ての始まりだ」


 酒瓶を受け取った男が語る経緯はこうだ。


 “赤土の村”はかつて、貧しかった。

 この地は北部に貴重な平地でありながらも風と地下の魔力脈の流れの影響で乾燥し、水源に乏しかった。

 痩せた大地では、村民の糊口を凌ぎ切れず、粘土と燃料の掘り出しで生計を立てていた。

 掘っていたのは単に土を売るためだけでなく、水源を探す目的もあった。

 教導会から雇った魔導士や近隣部族のシャーマンに精霊を視てもらったりもしたが、効果は上がらず。

 既存の川だけでは作付けを増やすこともできず、植生の乏しい地では家畜も満足に養えない。

 加えて、遮るものの少ない強風が柔らかな地表を削り、クワや根を通りづらくし、僅かな耕地の維持すら苦労した。


 翼の腕章が水の入った樽の無償提供を開始したのは、族長が“口減らし”を呟いた矢先であった。


 それは国家との共同のバックアップであり、村民は樽ごと降る恵みの雨に感謝した。


 程無くして、魔技興が村の上流に一件の工場を建てた。虹色蛾の製糸工場である。

 虹色蛾の育成や、糸を拠るにも水が使われた。

 当然、農地へは水が回らなくなる。耕作者たちは抗議を行った。

 わざわざ首都にある政治部まで人をやった。

 しかし、工場の建設は魔技興と国家のあいだで決められていた約束で、国家は「樽一杯ごとの利益率」を盾に河川の利用を魔技興に優先させるように決定した。

 それでも衣食住は魔技興からの提供によって、遥かに豊かになった。

 工員として勤めればこれまで手にすることのできなかった宝石や、他人任せの家屋の立て直しすらも可能である。


「それは良いさ。だが、代々村を食わせてやってた俺たちは用無しか? 最低な気分だぜ」


「……っていう割には、おじさんのうち」

 ステラが彼の背後を指差す。


 家屋は崩れかけた土壁であったが、木製の荷車には肥えた野菜が山積みになっている。


「俺の畑で採れたニンジンよ。よそから持ってきたもんより、俺の育てたもんのほうが美味い!」

 男は胸を張った。


「わざわざ樽から水を撒いて? あの量だと大変じゃない?」

「お、おう。俺の汗の染み込んだ野菜たちよ」


「ふうん、ちょっと臭いそうね」

 オオカミの女は鼻を鳴らした。


「都のほうじゃ、精霊なんとかってのが流行ってんだろ。俺も断然それよ」

「精霊回帰主義ね。ま、頑張って」

「俺が頑張ってんのに、若い奴ときたら……」

「話、まだ続くの?」


「俺の“赤土ニンジン”もシンブンにして欲しいが、これ(・・)の代金としてはこれからの話のほうが本命だぜ?」

 男は琥珀色のボトルを振って欠けた歯列を見せた。

「見えるか? あの遠くの雪山だ。俺たちは肉を食いたくなったら、昔はあそこまで足を延ばして弓を引いていた」


 土の入り込んだ爪の指さす先には、ここに来るまでに通った森に負けず劣らずの雪山が見える。


「あの山には“タラン・ドラス”が棲んでるんだぜ」


馴鹿(じゅんろく)タラン・ドラス。多くの部族が“イノチが馴れる者”と呼ぶ幻獣……」


 ヴィアが呟く。誰しもが知る幻獣のひとつ。

 各地の精霊の溜まり場でときたま生まれるとされる、巨大で聖なるシカ類を指す。

 全ての鳥獣は、タラン・ドラスの角に宿る精霊にかしずくという言い伝えがあり、その伝承のある地では例外なく、この聖獣を奉り、大切に扱っていた。


「ってのに、うちの村の“テラン”って若い兄妹が、タラン・ドラスを獲ろうとしてるらしいんだ。禁忌も禁忌、部族間で戦争になるぞ……。な、面白い情報だったろ?」


 男はそう言うとボトルを煽り、ヴィア青年の肩を叩いて自身の寝床へと帰って行った。


***

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