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.26 物事の順序

 禁忌の少年シェルド・シリアは、自身を冷静だと考えていた。

 恋人との祝いをすっぽかしたのは、幼き頃の仇を追うための盲目によるものではなく、嘘で誤魔化しをおこなったり、彼女の心痛を見たりするのに耐えられなかったからだ。

 何より、本当に祝いたいのなら、この問題は先に片付けてしまわねばならない。


 今度のヤマは確実に、自身の出生の謎に繋がると確信している。

 それは新聞記者としての経験や、情報屋の弟子としての推測ではなく、慕う姉の持つものに似た、勘だった。


 目指すのは暖かな南部だ。夜こそは人目のない地域の空へ翼を広げていたが、急くことよりも慎重さに重きを置いているつもりだった。


 つもりだったのだが……。


「俺のバカバカバカバカ!」


 思い返すと腹が立つ。

 少年は今日もまた、自身の墜落までのエピソードを順を追って思い出す。

 ここ数日はそればかりだった。



 シェルドは旅立つ数か月前から、教導会の幹部のひとりである老女カリタス・ミニングと、親密な付き合いをするようになっていた。

 彼女の現在の職務は教導会内部の諜報である。

 紛れ込んだ異端者や違反者を探すために極秘の潜入調査をしたり、本部からの指導員を装って各部署へ足を延ばすそのさまは、どことなく義父の監査の職務に似ていた。


 シェルド自身、養父と老女の重ね合わせを認めていたし、老女とその任が繋いだ恋人との仲にも感謝をしていたし、養父母や生みの親は居ても、祖父母の記憶はなかったために、じつの祖母のように思うのに時間は掛からなかったのだ。


 ゆえに、記者としてオフのタイミングであっても、「“(たなごころ)”である彼女に対する不敬な視線」には敏感であった。


 首都には、国政の中枢があり、新聞社やそれを抱える魔技興の本部があり、教導会の本部もまた置かれていた。

 長くそこに暮らしていると、頻繁に見かけるローブ姿というものは、嫌でも覚える。

 その内の一人が、“カリタスばあちゃん”を、煙たがるような目で見つめていたのだ。


 尾行と盗聴。

 成果は関係者にも秘匿されている異端調査の女ですら知らないという、研究所の存在。


『あのばあさんも哀れだよな。あんな年寄りにもなって、現場派遣だよ。勘違い野郎のクラティオとやり合ったらしいじゃんか』


『ははは、聞いた聞いた。何も知らずに、張り切ってるよなあ。異端調査部はカモフラージュだ。俺たちをバックアップしてるのは“(かいな)”で、“腕”も“(かしら)”の考えのもとにやってるってのにな』


『ルールを守っているてい、ってやつだな。この昼間っからの一服も、禁忌っちゃ禁忌だもんな』

『研究所は南の海だってのに、酒の一杯も無かったもんな。ま、今日は仕事をしてるてい、でいこうぜ』


 酒の勢いとは、げに恐ろしい。

 この話を耳に盗んだとき、シェルドの胸をいくつもの感情が駆け巡った。

 身内への不躾な憐憫に腹を立て、秘密の尻尾を掴んだことへの興奮を覚え、それから、再会を果たした男女におごった黒麦酒がどういう夜をもたらしたのかという妄想を捗らせた。


 もうひとつ、不安な何かが渦巻いていたが……彼はそれを相手にしなかった。


 ともかく、連中の会話から、教導会の組織ぐるみでの禁忌の研究所が、南部の見捨てられた果ての海岸にあるということが分かったので、老女への恩返しと、記者魂を前面に押し出し、彼は南部へと旅立つことに決めたのだった。



 空は良く晴れていた。北部と違って上着も要らない。レンズの手入れやフィルムのストックも完璧だ。

 ひとつ抜けていたとしたら、恋人への配慮のために慌てていて、食糧の支度を怠ったことだ。


 しかし、心配御無用。

 シェルド・シリアは未成年なるが、遺構や生態の調査に長ける旅人カップルの愛弟子である。

 野営や野食に関する知識も、しっかりと叩きこまれている。

 食事など、現地調達してしまえば問題無い。魔導にも通じているゆえ、指を鳴らせばどこでもキッチンに早変わりだ。


 まず、野食に関して一番気をつけねばならぬのは毒である。

 結論から言って、魚と鳥獣がよい。栄養が豊富であり、毒の心配が無く、何より食いでがある。

 瘴気汚染に関しても、自慢の自社製魔像機を覗き込めば見分けがつくし、そもそもこんな山奥に廃魔力なんてありはしないだろう。


 問題は、何を食べれば舌や腹が喜ぶかということだ。

 とりあえず、自身に混じる鳥のたましいが「やめろ」というので、鳥の肉は勘弁してやる。


 次に魚。夏場の川には、旨そうなのがうようよいる。

 彼には猛禽の爪があるゆえに、ミサゴよろしく、ぱっと獲物を捕らえて……とはいかず、恐らく、(あしゆび)が猛禽、翼がカラス、頭が人間だからちぐはぐで、かえっていけなかったのだろう。

 その上、彼は絡んだ釣り糸をほどくのが苦手だったし、仕方がない。

 嗜好が人間でなく鳥だったら、餌用の虫で腹を満たせたかもしれぬが、これも仕方がない。


 最後は獣だ。

 シェルドは兄貴分に教わった、ウサギが取りがちな逃走ルートや、シカの痕跡を思い出し、自然を利用した罠によって、自身が優秀な生徒であることを確認した。

 だが彼は、優秀であると同時に、心優しい少年でもある。

 捕らえられた獣たちの黒くて潤んだ瞳で見つめられると……「空腹も悪くないな」と思うのだった。


 しかし、やっぱり肉が食べたいので、どうにかならぬかとブツブツ言いながら歩いていたら、岩山のような物体に手が触れた。



 ――岩山……にしては、なんだかふかふかしてるな?



 豊かな深山には、廃魔力が無くとも、清浄な魔力溜まりもあり、幻獣も生まれうる。

 というわけで、肉食の権利は精霊を宿したありがたい巨大熊に譲り、鳥人間は植物に頼ることにした。



 植物界は一見、平和に見えながらも、常在戦場であり、枝や根による領地争いや、毒性によるトラップ、他の生物の好む物質や栄養の提供による種の散布などの戦略が張り巡らされている。

 食べられるもの、食べられないもの、毒のある部位や特定の調理法によって無効化できる毒を見分ける力が必要であり、確かな鑑定眼をもって同定せねば、たとい生物の頂点に立つヒトであろうとも、半日で墓の下なのだ。

 特に、キノコがいけない。旨いものは非常に旨いが、外した場合のリスクが最悪であり、毒ヘビとベッドインするほうがマシまである。

 似通ったものが多いうえに、同種でも地域差による毒性の違いなどもあるらしく、旅での利用は禁忌と教えられた。


 危険なのは普通の植物だけではない。


 植物の世界にも魔物は居る。見るがいい、あそこにある巨大な壺のような物体を。

 あれは、元はよくあるつる植物で、ほかの生物との競争を避けるために、忌避されがちな瘴気持ちの生物ばかりを選んで消化し続けた結果、魔物化したものであり、小鹿くらいならば容易く糧としてしまえるほどの大きさに成長を遂げているのだ。


 魔物というだけあり、その死の蜜壺への誘いの力は強力で、少年は甘過ぎる匂いに思わず鼻を覆った。

 それから、体温を感知した(つた)が忍び寄り、腕が鼻の防御に回ったところを狙って、少年の若い身体を搦めとり、こう……締め付けたり、中途半端な棘で苛んだりした。

 次は丸呑みにされて、消化されてしまうのだろう。


 しかし、不幸中の幸い。ありがたいクマが彼を狙って追って来ており、それが魔性の植物を都合良くぶっ飛ばしてくれたおかげで、なんとか逃げ延びた。



 シェルドは危険な地上は避けて、小鳥よろしく木の実を狙って、樹上で食料調達をおこなうことにした。

 豊かな森には、都会の食料品店で見かけるような果実も意外と多く、始めからこうしておけば良かったとため息が誘われた。

 しかも、ちょうど熟れた時期であり、特に、先程の化け食虫植物の頭上は手付かずで、すぐに腹いっぱいとなった。



 ようやく落ち着いた。

 これにて、シェルド少年の野食レポートは完了だ。いやあ、学んだ。せっかくだし、本でも出してみるか。

 げっぷに混じった、ちょっと妙な果実の臭気に気分を良くし、なんだか熱くなってきたのでシャツを脱ぎ、風に当たろうと翼を広げて空をゆくことにした。


「あはは。なんだかふらふらするぞ」


 まだ陽が高く、目撃の危険があったが、すでに国家が「各部族による自主的な統治」という名目で打ち棄てた地域に入っていたために、「まー、いっか」となった。


 ところで、さっきあれだけ腐りかけの果実を食べたせいか、急に塩辛いものをやりたくなった。

 あるいは香ばしいものがいいかも知れない。焼きキノコなんてどうだろうか。などとの考えが頭をもたげ始めた。


 しかし、キノコは危険だと兄貴分に教わっている。

 あの、さっき木の根で見つけた、炎のような風貌のキノコは触れるだけでかぶれるし、口に入れると一生ものの不具を抱えるというし、その前に見かけた、赤くて白い斑点のある可愛らしキノコは、味は旨いが手足が痺れるという。


「よし、痺れるほうにしよう」

 賢い鳥人が熟慮のすえに答えを導き出したときだった。



 遠方に、巨大な黒翼を持った生物が飛行していたのを発見した。



 彼は目をこすった。遠目でも、自身と同じか、それ以上の翼長に見える。

 これから向かうのは禁忌の行われる地。あれはもしや、同族だろうか? それとも幻獣か?


 そう思って近づいてみたら、なんのことはない。

 南部オオコンドルであった。魔物化していない空の生物では最大級の体長を持ち、その割に臆病で、腐りかけた死肉ばかりを狙うノロマだ。


 シェルドはなんだか、その鳥の目付きが気に入らなかったので接近し、「俺のほうがでっかいぞ!」と翼を広げて張り合った。

 コンドルのほうが倍くらいの大きさがあったので、負けた記念に魔像機の画角に自分と巨鳥を納めて、シャッターを切ることにした。



 その瞬間、どこぞの部族のものと思われる矢が彼の翼を射抜いた。



 そうして彼は、錐揉みになりながら大地へ落下し、目が覚めると、どこかの狭い小屋の中で縛られて転がされていたのだ。


 翼はいつの間にか引っ込んでいたが、肩甲骨の下が痛むあたり、怪我はしたままらしい。

 しばらく待っていると、顔面をペイントだか刺青で埋めて、ふざけたお面を被ったようになった男が入って来て、さっぱり理解不能な言語で何かを言った。


 こちらも、必死に事情と言い訳を並べ立てた。

 まだ死ぬわけにはいかない。恩返しと、過去の清算と、恋人とのグッドライフが待っているのだ。


 ……すると、カラフルな顔の男は腕を組み、目を閉じ、深くうなずいた。

 分かって貰えたかと、矢継ぎ早に解放の懇願をすると、男は少年の肩を叩き、もう一度深くうなずいた。


 それから、どこかへ去って行ってしまった。なんなんだ。



 少年は生かされている。今のところは。

 村の女が入れ代わり立ち代わりにやって来て、飯を食わせてくれたり、身体を拭いてくれたり、用足しの手伝いをしてくれた。

 その上、塗料で全身に落書き……もとい何やら儀式的なペイントを施された。鳥の羽の筆でやられたのでたまらない。

 屈辱的であったが、ちょっとばかり興奮もした。

 そんな日々が数日続いた。


 いったい、これはなんなのだろうか。自分はどうなるのだろうか。


 頭の中で問いを転がせば、兄貴分のアドバイスが響いた。


『南部の未開の地には、過去最大の獲物が獲れた際に、その恵みに敬意を表して、祭りを催して一族総出で食する文化を持つ部族が居るんだ』


 その祭りの日程はシャーマンが神に伺いを立て、それまで獲物は神の如く丁重に扱われるという。

 そういえば、自身を世話していた女性は揃いも揃って、着飾っていたし、辺境部族において美的な価値の高いとされる“ふくよかな女性”が多かった気がする。


 今朝はなにやら小屋の外が騒がしく、太鼓の音や火を焚く音がひっきりなしに聞こえてくるのは、その祭りが始まるからだろう。



 ――え? 俺、食われんの?



「バカバカバカバカ! 俺は人間だよ! 食ったら食人族だよ! 食人族は国軍が排除するんだぞ!」


 喚くと、小屋の入り口に最初に顔を見せた族長らしい男が現れた。

 今日の彼は半裸で、例の奇妙なペイントは全身にも及んでいた。


「よく見てみろよバカ! 撃ち落としたときは確かに翼が生えてたかもしれないけど、今は無いだろ!? どー見ても人間だろ、バカ!」


 男は腕を組んで(にえ)の言葉を清聴し、とてもとても深くうなずいた。

 それから、あとから現れた女児の頭を撫で、こちらを指差しながら、ふたり揃って腹をさすった。なんなんだ。


 ほどなくして少年は、柱に結び付けられてしまった。


 村の広場に作られた祭壇。

 柱の両脇を屈強な槍を持った男が堅め、篝火が燃え盛り、太った女がぐつぐつと煮えた大きな鍋を豪快に掻き混ぜ、戦士らしい男が歌いながらナタを研ぎ、村の子供たちは器を持ってヨダレを垂らしながら並び、星空のような瞳でこちらを見ている。


 いつだったか、同じように捕らえられて、油を引っ掛けられたことがあった。

 あの時の部族の連中は戦争中だったらしく、怒りに駆られて今回とは正反対のムードだった。

 まさに火が放たれんとしたときに、人狼が現れて命拾いをしたのを思い出す。



 ――ステラ姉さん!



 ――ヴィア兄!



 心で叫ぶも、奇跡は起こらず。



 ――カリタスばあちゃん!



 あのしたたかな老女は今はどこに居るだろうか。



 ――パパ!



『“ものごとにはなんにでも、理由や理屈がある”』



 養父の金言。それは雄弁に、自身の間違いと油断が死の結果を招いたことを語っていた。



 頼れる者、尊敬できる者の名は一通り叫んだ。心でも、喉でも割れんばかりに叫んだ。



 メインディッシュが暴れれば暴れるほど、村の者たちは喜んだ。



 腹が立った。価値観の違い、ものの考え方、「常識という規格」が統一されていないゆえの事故だ。



 ――俺は悪くない。



 怒りは世界に、あざけりは自身に。



 ――見てみろよ。祭りってのは、誰もが浮かれるものだろう?

 あのオヤジはすでに酔っ払っちゃってるし、つまみ食いをしている子供もいる。

 どの民族だろうと、本質はみんな同じなんだ。

 だったら同じヒトである俺が、どうして食われなきゃならない?

 わはは、見てみろよ。向こうの隅っこじゃ、俺より若いペアがお楽しみを始めていやがる。



 ふと、カナリアのような声が頭に響いた。



『えっと、ごめんなさい。私、年下のかたはちょっと……』



 寄りにも寄って、エレ・リーパに最初にお断りされた時のことが思い浮かんだ。

 シェルド・シリアは彼女に何度もアタックを仕掛けていた。


 じつを言うと、彼女だけでなく、ほかの女子にも声を掛けていたし、オオカミ女もあわよくばと思っていたし、エレに関しても、美声と長髪に惹かれただけで、立場や性格などはどうでも良かった。


 仕事の都合上、図書館にはよく足を運んだ。だから、彼女をカフェに誘う回数が他よりも多かっただけ。

 読書が趣味なんて陰気な奴と、断られるたびに頭の中で毒づいたものだ。


 エレが禁術への加担をして死に瀕し、老女に治療を願ったのも、エレ自体に起因したものでなく、あくまでシェルドの自己都合に過ぎない。

 彼女は生き延びはしたが、顔は醜い痕跡が残り、手のひらはひび割れ、無数の稲妻の通り道になった身体はただれている。

 最初の切っ掛けとなった綺麗な金糸も切らねばならず、大半が失われていた。


 それでも、救命と若き過ちの隠匿の引き換えとして買って出た“監視”の任で最初にやったことは、いつかと同じ軟派な誘いだった。

 見た目重視で恋愛対象を品定めしていた自分として、意外な行動だった。


 エレはその時も同じように断った。

 「生かしてくれたことには感謝しています。でも、こんな顔じゃ、外に出れない。咎人は日陰に居るのが相応しかったんです」と言い、書物へ目を戻した。


 シェルドも読んだことのある、おとぎ話の本だった。

 話は面白いが、教導会と国家が識字率の上昇を狙って作った、でたらめの内容だ。


 彼は童話を嗤い、もう一度誘った。

 彼女は言った。「本さえあれば、どこへでも行けるんです。書庫は、私の翼なんです」と。


 彼は反論した。



 ――翼なんかなくったって、どこにでも行けるさ。



 それから、徐々に仲を深め、今やうっかり他の女性に声を掛けられないほどの立場となった。



 ――まだ、死ねない。



 気が付けば、趾の爪が白熱し、縄の拘束を断ち切っていた。

 しかも翼を出さずして、身体が宙に浮いている。


 魔力に包まれた視界は焼けるように赤かった。

 その中の部族民たちは、驚き、目を見張り、逃げ出したり、槍や弓を構えたりしていた。



 ――当たり前だ。今の俺はきっと、すごく怖いだろうから。



 全身を覆った赤い魔力が風を巻き起こし、自身を射止めんとする武器を吹き飛ばし、人々が逃げ出した。

 転ぶ者も多く、鍋が引っくり返り、誰かが篝火を倒したらしく、炎が瞬く間に広がった。


 恐怖と救命の悲鳴、煤の臭いと焼け爆ぜる音。


 空が応えたのか、偶然の一致か、それは分からない。

 少年が再び見た劫火の世界は、願いと魔導の力によって鎮められた。


 それは季節外れで、南部ではまず見られない、(あられ)まじりの豪雨だった。

 凍った雨が大地を叩き、死と炎を追い払ったのだ。



 雨がやみ、村に雪閉じのような沈黙が戻ったとき、ようやく少年は翼を広げた。



「みんなを助けてあげて。怪我人が出てるよ」

 彼の足元で腰を抜かしていた戦士に頼む。


「俺、行かなきゃいけないところがあるんだ。荷物を返してくれない?」


 言葉は通じないはずだった。

 だが、真っ先に逃げたはずの、偉そうで賑やかな刺青顔の族長が、彼の鞄とシャツ、それから魔像機を捧げた。


 鳥人がそれを受け取ると、族長は腕を組んで深くうなずいた。

 少年も頷きを返し、空の旅路へと戻った。



 嘘のような快晴。遠くの海とまじりあうような青が、どこまでもどこまでも続いている。


「良い景色だ。今度連れて来てやろっと」

 少年はひとりごちた。


 白波が打ち付ける岩礁と崖。

 崖のギリギリまで手を伸ばした森の中に覗くのは、真っ白な建物。

 新たな魔術と共に鳥の力も更に目覚めたか、彼の赤い瞳は、遠くのそれをはっきりと識別することができた。


 ……そう。ああいった、小綺麗な建屋をこしらえるのが得意な機関がある。

 だが、出入りするのはローブ姿。いや、白衣や黒スーツも見えるではないか。



 全て合点がいった。



 そうして、シェルド・シリアは青に染め上げた心を、再び血のような赤で塗りつぶすこととなったのだ。



***

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