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.20 蘇りと理屈

「古代術式の痕跡、異端派の仕業か」



 ――痕跡を残すもんかね? 後片付けくらい、ちゃんとしなって。



「異端審問、“指”級を含む三名に仮定有罪判決」



 ――“指”なんて、魔導的には雑魚じゃんか。それが蘇生の禁術を?



「蘇生術? 一晩中、墓の下から叫び声が」



 ――いや、出してあげなよ。



 少年の指がスクラップノートをめくる。


「異端審問で有罪になった人間の手の甲には、とぐろを巻いたヘビのような、ヤギの角のような烙印が押される。……これは俺も見たことがあるね」


 彼は自身の手の甲をもう一方のこぶしでスタンプし、赤い目を細め、白い歯を大きく見せた。



 魔導技術興業が新聞社所属、シェルド・シリアの次の標的は、ごくありきたりの、記事にしても誰もが読み捨てるような話題だ。

 先日は、兄と仰ぐ情報屋にも首を傾げられた。



 ――そんで、見抜かれた。やっぱすごいね、ヴィア(にい)は。

 


 シェルドは己の出自の真実を追い掛けている。

 取材の多くは飯のタネであり、育ての親と機関への恩返しだ。

 その片手間に、人体実験や禁忌にまつわる情報を集めて回っている。ほかの記者がまとめた新聞記事も、情報源のひとつだ。

 

「うちは最近、教導会と揉めたがらないからな」


 新しく出る記事ではどれもこれも、末端の会員ばかりが登場し、いつも疑惑どまりだった。

 現場指揮の“指”クラスが審問に掛けられることもあるようだが、教導会が発表しても、記者や読者の反応は薄かった。


 蘇生だとか、人体実験だとか。

 過去には幾度も実際に試されており、その成否は世界のことわりを揺るがしうるもので、ある意味ではロマンのある話。



 ――生き返るなんて、理にかなってないけどね。だから、読者受けもするんだけど。



 だが、どんな大事件でも読者に飽きられてしまえば、当たらぬ天気の予測ほどの価値もないだろう。

 先輩記者たちも「他に書くことがないときの“埋め草”さ」と口を揃えていた。


 しかし、関連事件を調べ続けてきたシェルドには、捨て置くことができない。

 先の地下遺構の事件の情報の操作を依頼されたことから、雑草は名のある草花へと変わった。


 魔技興の内部に、教導会に忖度(そんたく)をしている者が居る。

 癒着か賄賂か、あるいは、国家のほうから圧があるのだろう。養父がぼやいていたこともあった。


 先の湖の件は三機関の利害の問題だったが、教導会が単独で起こした不祥事は別だ。

 本来ならば、自社が喜んで書き立てるべき内容で、向こうとしては発表すらはばかれるもの。

 それでも、些末な疑惑が浮き沈みしているのは、教導会自体が「異端や禁忌に厳しくしているてい」を装うカモフラージュとみた。


 つまりは、秘密裏に本部が禁忌をおこなっている場所がどこかにある。

 


 ――血で書いた魔法陣の上に蝋燭を立て、生き返らせたい死体を置く。そんで、祭壇には生贄だ。



 子供じみた発想に声を立てて笑う。

 だが今回は、その“子供”から気になる情報をキャッチしていた。


 氷河の隠し洞窟の噂。

 氷河は土の陸地ではない。巨大で分厚い、青氷のかたまりだ。


 冬季は海が凍り付いて成長をし、広い平地は地吹雪を巻き起こし、全てを一色に塗りつぶす。

 春になれば氷は薄く透き通り、土地や道として利用できる範囲が狭まる。


 ……もしも、氷河のどこかに陸の島があり、冬は雪に隠され、春になると通じる道が溶けて消えるとしたら。


 オーロラの町の子供の戯言かと思われたが、それに付随した話が、情報の鮮度を高めていた。


「おっきなクマの手を持ったローブの人が、氷の海のほうに歩いて行ったんだよ」

「へえ、どんな手だったの?」

「えっとね、ふにゃふにゃだった!」


 ふにゃふにゃの、骨の無い手。三本腕のモルス・ウルシの先天異常の腕が浮かんだ。

 教導会はヴィアが情報提供をしたのち、間を置かずにウェムラ・ピークの調査に向かっている。

 吹雪に巻き込まれる可能性、退治情報が虚偽だった場合を考えれば、春を待ってからのほうがずっと安全だ。

 それでもすぐに発ったのは兄貴分への信用と、雪落としの村の村民やアサマ族の遺族を想ってのことだと考えていたが、この子供から聞いた話で変わった。



 ――サンプルがオオカミに食い荒らされる前に、ってことだね。



 何も無いはずの氷河へ、教導会の者が幻獣の腕を持って向かう理由。


 詳しい場所は子供を懐柔……もとい首都の飴で買収して聞き出した。

 ヴィア・ヴィル曰く、現地の子供と仲良くなるのは、取材や情報収集において最良の手段。

 シェルドもこれを自身の取材術に取り入れており、飴玉は彼の指す第一手だ。



 ――何かあるのは間違いない。どの地図にも何も記されていないから、隠されているのも明白だね。



 蘇生術のほうに興味は無かったが、生死を問わず、人体を使った実験は禁じられている。

 動物であろうとも、生体を使えば違法だ。

 同じ犯すなら、ほかの禁じられた行いも一緒にやってしまったほうが得というもの。

 自身の追う禁忌の一端が見え隠れしているではないか。



 ――さて、俺の村をいじくって、みんなを殺した奴は誰かね?



 赤い瞳が燃える。その手には青い単眼を宿した黒い箱。



「と、張り切って来たものの……」



 すでに氷は解け始めていた。子供が教えた海の向こうでは、確かにまだ氷棚が大陸の形を保っている。

 しかし、こちらと対岸を切り離すかのような氷解に隔てられてしまっていた。

 海流の事情にしては、都合の良い溶けかたにも思えたが……。


 向こう岸に行く手段がない。

 氷のパンケーキはいくつも浮いているが、人を支えるほどの浮力は無いだろう。

 教導会の魔術師には水上歩行の魔術が使える者が多いと聞いたことがある。

 奇跡の技ぶって披露しているのを見たことがあるが、要は足の裏で魔導を扱い、凍らせているだけの話だ。

 もっとも、シェルドも魔導に通じていたが、発熱と発火は扱えても、氷結は不得手だ。

 かといって泳ぐ訳にもいかない。死ぬわ。



「“ものごとにはなんにでも、理由や理屈がある”」


 養父イツミ・ツニッチの教えを口にし、魔導を行い、全身に魔力をみなぎらせてみる。


 シェルドは鳥人である。人体実験で合成された人間を両親に持つ、半天然の鳥人。

 彼は肩甲骨の下から黒く巨大なワタリガラスの翼を生やすことができた。空だって飛べる。

 一見、その翼を羽ばたかせて飛行しているかのようだが、そのじつ翼は飾りで、意識の深層で魔術を使用して空を飛んでいるという。


 その仕組みを養父から聞かされており、「飛ぶにしても、翼を出さずに、さりげなくやれないか」と提案されたことがあった。


「うーん、やっぱダメだ」


 仕組みを理解しても、やれないものはやれない。

 少年は周囲に誰も居ないことを確認すると鞄を降ろし、コートとシャツを脱いで上半身を晒し、背に意識を集中した。


 黒い抜け羽根と共に生えてくる翼。

 これが出るとき、ちょっとだけ声が出そうになってしまう。っていうか出る。

 翼を見られるよりも、この声を聴かれるほうが嫌だと、少年は頬を染めた。


「……って、さっぶ!」


 吹雪では無いにしろ、粉雪の舞う天候。そうでなくとも、氷の世界。

 少年は震えながら翼を羽ばたかせ、荷物を抱きかかえて対岸へと渡った。



 ――理由と理屈、か。



 翼でなく魔導による飛行なのに、なぜ翼を出さなければ飛翔できないのだろうか。

 因果と結果がこんがらがっている。

 彼は養父の言いつけ通りに翼を出さずに空が飛べたら、といつも思う。



『シェルド。おまえは飛べるんだよ』



 ――また、この声だ。



 翼や飛行に関わることを考えると、いつも頭の中で声が響いた。声は男のこともあれば、女のこともあった。

 頭を振って声を追い払い、取り急ぎ翼を引っ込ませて(また声が出た)、震えながらまだ温かい服を着た。


 ふと、姉貴分の温かな抱擁を思い出す。



 ――ステラ姉さん、元気にしてるかな。ヴィア兄が羨ましいよ。夜はずっとくっ付いてるんだろうな。



 そう言えば、彼女はオーロラを見たがっていた。

 確か、昨晩に出たはずだ。恋人たちは、さぞ素敵な夜を過ごしたことだろう。

 シェルドは少しだけ嫉妬をした。ステラ・アグリに淡い恋心とも呼べる特別な感情を持っているのだ。

 だが、それを大きく上回って、ふたりの恩人の幸せを願っていた。



 ――といっても、前途多難そうだけどね。



 旅のときも散々気をつかって、夜は席を外したり、宿の部屋を別に取ったりもしたが、盗み見を働く甲斐のある出来事は起こらなかった。

 一度、覗いているのをオオカミの鼻で探り当てられ叱られたが、素直に興味を向けると、ヴィアの身に人狼化が及ぶのを恐れていると明け透けに話してくれた。



 ――ステラ姉さんは“穢れ”って言っていた。俺の血と同じ。



 翼はあと付けの存在のはずだった。

 それなのに広げねば飛べぬのは、自身が生き残ったことを“因果”に、村の者が全員死んだという“結果”を証明しているように思えた。


 彼女の穢れも“結果”であり“因果”である。そういう理屈だ。



 ――でも、あのふたりって、なんだかんだ分っかんないんだよね。



 シェルドが旅に同行していたのは南寄りの地域だった。

 暑がりのステラは、冬や北国でも、ショートパンツにロングブーツに半袖シャツという格好で通している。

 だが、夏場や南方の地に居るときは、逆に上着を着こむのである。

 血を吸う虫が怖いと言っていた。人狼の感染を言っているのだろう。それは分かる。

 ではなぜ、あのむせるような汗まみれの格好でつれあいに抱き着いていたのか?


 返事をしないトーテムポールに向かって、延々と話し掛け続けるのも謎だ。

 ステラは声が大きいうえに唾もよく飛んでいる。何度もツッコミを入れそうになった。

 他には、ヴィアがわざわざ印をつけて管理しているカップを、ずっと共に旅しているはずの彼女が使い間違えたりもあった。


 いつかヴィアが人狼化してしまうのではないかと、月の昇る夜になるたびに肝を冷やしたものだ。

 もっとも、自身の翼と同じく、変身は制御できるうえに、生まれの村では周知の事実で寛容されていることなのだから、無用の心配な気もしたが。


 分からないといえば、ヴィアの旅の道筋の付けかたもそうだ。

 気まぐれで道を外れて遺跡を探し始めることもあれば、依頼が絡んだ探索でも女の体調ひとつで撤退することも多かった。

 食っていけるほどの仕事をこなすフリーの情報屋のくせに、情報を無視することも多々だ。

 これは、兄貴分としてシェルドに教え込んだことにも反していた。


 町では金貨を無計画に使っているように見えたし、ステラのおねだりにヴィアが応える基準も分からない。

 一度は、ステラがとても行きたがっていた店を素通りして、食事処を勝手に決めて怒らせたことがあった。

 ヴィアは寡黙だ。必要なこと以外は……必要でもステラに対してはあまり口を利かない。

 だが、いざ食事が始まると彼女の機嫌が直って、同席していたシェルドは別の意味でお腹がいっぱいになった。


 いびつなコミュニケーション。理由や理屈が見えてこない。

 だが、ふたりはいつでも上手くやってのけた。



 ――“だから”面白いし、ふたりのことが好きなんだけどね。



 じつを言うと、出逢った当初は、義父の教えと正反対な気まぐれな行動にうんざりしていた。

 恩人だからと我慢をしていたのだ。

 だが、仕事に関する助言こそは理にかなっていたし、次第にふたりのそのやりとりを眺めるのも悪くないと思い始めた。


 この番狂わせで、“結果”を引き寄せるカップル。次に会ったときはどんな話が聞けるだろうか。


 ついぞふたりが結ばれて、兄貴分が毛むくじゃらになったときは、自分も素直に誕生の祝いを受けてやろうと考えた。



「……お、雪の塊?」



 考えごとをしながら氷上の雪原を歩いていると、白い小山のようなものが見つかった。

 どことなく飾り付ける前のケーキのようだ。

 ひょっとしたらここは島で、あれは洞穴の入り口かもしれない。



「よしよし、俺も豪熊退治より面白い話を持って帰るよ」



 手袋を外し、両手をこすりながら発熱の魔術を発動する。

 このアイスケーキの中に岩窟なんかが隠れているかもしれない。


 雪を溶かそうと表面を撫でると、なにやら「ふわり」とした感触があった。



 ――毛皮っぽい?



『氷河にはときおり、極北の地から流氷に乗って白い豪熊がやってくることがある。大抵はそのままどこかへ流れていくか、泳いで北の地に帰るものだが……』


 頭の中で兄貴分が何か言っている。

 シェルドは青ざめた。雪の山が動き出し、眩し気に目を瞑り牙を剥いた顔を現した。



「バカバカバカバカ!」



 喚きながら氷上を猛然とダッシュするシェルド。

 振り返れば、うるさそうにしたシロクマが、ゆっくりとあとを追い始めていた。

 氷河の先に向かって走っており、まだ終わりは見えないが、この向こうは地図が白紙だ。

 どうやってクマを巻こうか、どこか逃げ込める場所はないか。


 ああ、このままだと食われて死んでしまう。

 まだ死にたくない。養父母に恩返しをしたいし、義兄義姉の結末も見届けたい。

 もちろん、出自の謎を探りだし、村の仇をとり、晴れて因果から解放されたのちには俺も美人の恋人を……。



「え?」



 シェルドは眼下の氷の色が変わったことに気付いた。薄くなって透明……ではなく。まるで、誘い込むような深いブルーに。


「クレバス!?」


 もう遅い。いまさらになって全身に魔力を導いても、背中に意識を集中しても、身体は落ちていく。



 ……もはやこれまでというとき、経験豊富な兄貴分のアドバイスが頭をよぎった。



『雪に隠れたクレバスを見落としたり、薄氷を踏んで落水しないように、腰に竹竿を結わえ付けると良い。高名な探検家の使った手だ』


 いや、遅い。



 尻を二、三度ぶつけ、狭い隙間に足を挟まれるも、身体は広めの隙間を縫って落ちてしまい、足が折れるかと思ったが、幸運なことに体重に任せてすんなりと抜けた。



 ――抜けた?



 まだ落ちていた。春に消える氷床のクレバスなど、それほど深いものじゃないはずだ。


 だが、頭から落ちていた。真っ暗な世界を。


 ははあ。どうやら、死んでしまったらしい。

 そういえば、死者蘇生の法とは、どのような理屈で成立するのだろう?

 “たましい”とやらが存在するのだろうか? それが肉体に戻れば生き返れる?

 だったら、自分の生き返らせたい人たちはもう、蘇ることはないのだろう。この先に行けば、会えるかもしれないが。


 もしも、スクープした蘇生術が役に立つものだとしたら、今も生きる、自分の大好きな人たちに不幸が降り掛かったときに利用させてもらおう。

 家族たちを改造したうえに焼き殺したのだ。そのくらいの支払いは当然だ。

 まあ、まずは今しがた死んだ自分がその秘術の世話にならなくては……。



 ――違う!



『ものごとにはなんにでも、理由や理屈がある』



 シェルドはカバンを外し歯で咥え、コートを脱ぎ去る。

 シャツの背中が破け、暗闇の中で翼が目いっぱいに広がり、落下が緩やかになる。


「|おへはまらいひへるっへの《おれはまだいきてるっての》!」


 歯を食いしばったまま笑う。

 それから、記者の瞳が下方を見つめて輝いた。



 地獄の底に、なにやら薄明かりが見える。



***

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