第七話「大地を揺るがす力の象徴」
森の奥は確かに歩きにくいし鬱蒼としていて進むのも大変だが、腕時計のライト機能が思ったより活躍して、なんとか前には進めているようだった。
「エーリさん…その…腕についてるそれは…術式か何かですか?」
「ジュツシキ?なんだそれ。これはただのライトだよ。」
「タダノライト…なんだかわからないですけど、凄いです!!」
なんか変な勘違いとかされてそうだが、まあいい。
エーリにはしっかり草が生えてないか目を凝らしておいて貰いたいからな。
一刻も早く終わらせて帰りたい所だ。
「…もう随分来たような気がするが。どうだ?」
「…まだみたいです。この辺りで一旦、方向を確認してみましょうか。」
ウイが徐に取り出したのは細長い石。
…多分磁石なんだろう。
麗奈が頑張ったとはいっても、まだまだこの辺りの文明レベルは中途半端だ。
方位磁針とかそういうのは流石にないらしい。
ウイが取り出した小さな磁石は例の如く片側が赤く塗ってあって、糸で垂らせば北がわかるようになっていた。
しかし…
「なっ!?」
「お?」
グルグルと回るだけで、全く磁石が止まる気配が無い。
うーん。こりゃ、ダメっぽいな。
「お、おかしいです。こんなこと、今までなかったのに。ま、まさか悪魔の呪いじゃ…!?」
「んーちょっと待ってな。」
焦ってキョロキョロし始めるウイの頭をポンポンと叩いて、俺は腕時計式コンピュータを確認した。
位置情報無し、近くに地場がある為、方角の測定に誤差が生じる可能性がありますと出ていた。
一応の方角は示してくれてるから、まぁなんとかなるか。
最悪、地表の紛らわしい磁場の影響が出ない場所まで何とかして移動すればなんとでもなるだろう。
「ウイ、落ち着け。近くに磁鉄鉱でもあるんだろう。この辺は昔火山地帯だったのかもな。」
「ジテッコウ…??確かに山はありますが…火山だなんて聞いたことないです。」
「何にせよ、とりあえず方角は俺がわかるから後ろついてきてくれ。確か、北北西の方でいいんだよな?」
「は、はい!」
磁石が狂うから、この辺りで遭難する人が多いのかな。
まぁ何にせよ、悪魔じゃないなら別に怖いことはないな。
「エーリさん…さ、流石です…!!」
後ろから何やら視線を感じるが…この感覚は慣れないなぁ。
「あっ!ありましたよ!!」
「本当か!?」
クマなんかに襲われない為に色々と喋りながら進んでいたが、やっとマサカリ草の生息地にたどり着いたみたいだ。
もう既に息も絶え絶えで、限界に近かったからありがたい限りだ。
安心してその場で座り込む。
日中も日が当たらないせいか地面もグチョグチョで気持ち悪いが、そんなこと言ってる場合じゃないくらい疲れてる。
ゼーゼーと荒い息を吐いている俺を横目に、ウイは嬉々としてマサカリ草を手持ちの籠に入れていく。
「取りに行くの大変なんで、少しいっぱい持っていっちゃいましょうか。」
「そう…ふーだな。ついでに栽培出来たら…はー二度と取りに来なくていいから…ふー最高なんだが。」
そんなことを言いながらマサカリ草を採集していると、ガサガサと何かが草木をかき分けて来る音が聞こえてきた。
しかもその音、どんどん大きくなってる。
「…なぁ。この音、ウイじゃないよな?」
「私、今動いてません。」
その音は明らかに複数で、尚且つかなりの速度で此方へ走って来るようだった。
間違いなく、俺たちめがけて。
このジメジメとしたやな空気。
覚えてるぞ。地上に出てきて初めての夜。
あの馬鹿でかい熊みたいな奴に追われた時の感じとよく似てる。
ハッハッと獣が呼吸する息遣いまで聞こえてきやがった。
どうやらまた獣に追われてるっぽいな。
しかも、もうだいぶ近い。
俺は念のため、懐にしまっておいたあるものを取り出し、口に咥えた。
「…ウイ。下がって。」
「エーリさんは怪我人じゃないですか!早く逃げましょう!!」
「悪いけどもう走れん。走ったとして、俺の足じゃ絶対追いつかれる。」
「でも!」
そんなことを言っているうちに、やがて暗闇の中、俺のライトの光を反射して無数の目が赤く光った。
未だその身体は見えない。
しかし、いつ飛びかかろうか、そんなタイミングを虎視眈々とねらっている。
なんにせよ、後ろを向いたら最後だ。
ここは奴らのステージ。決して逃さず、絶対に食いつかれる。
そんな確信がある。
元々俺は死ぬつもりで地上に出てきた。
だから死んでも構わない。
でもこの子は…
親もいて、友達もいて。
それでいて皆に好かれているのはたった一週間でもわかっていた。
せめてウイだけでも…
しかしそう思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
「エーリさん早く!私に捕まって!空に逃げましょう!」
「こんな森の中じゃろくに飛べないってさっき言ってたろ。いいから行け!」
「嫌です!!エーリさんを置いてはいけません!!」
「ほっとけ!!俺なんて…俺なんて赤の他人だろ!」
「いいえっ!!もう家族ですっ!!!」
ウイは俺が逃げる気がないと理解したのかこれ以上の説得を諦めた。
そして…半泣きになりながら俺より半歩前に出る。
その宵闇のような漆黒の翼を大きく広げると、その風圧で木々が折れて吹き飛び、獣達が僅かに怯む。
しかしそれも一瞬の事。
群れで連携して自分より大きな獲物を狙うことを生業とする奴らにとっては、それは単にマトが大きくなったに過ぎなかった。
奇を衒って闇より現れたのは中型犬レベルの沢山の狼。それらの牙がウイの翼へと一斉に向かう。
グラアアアアアアアッ!!
「いやあっ!!」
「危ないっ!!」
ウイは身をよじって尚俺を庇い、そして俺は引き寄せようと彼女に手を伸ばした。
足が重い。水の中に居るみたいに、まるで思うように動かない。しかし、頭だけはやけによく動いた。
これでは間に合わないと脳全体がアラームを鳴らす。
そうか。ならば迷っている暇はない。最期の手段だ。
俺は咥えていたメタモライザ300mg、3錠を奥歯で噛み砕き、飲み込んだ。
メタモライザの副作用は、その濃度が高いほど強く、早く現れる。
内容は肉体強化と…身体の変化だ。
さあ来い。
「キミは相変わらず無茶するねぇ。」
気のせいか、麗奈の呆れた声が聞こえた気がした。
無茶だろうが構わない。
お前の努力の結晶は、俺がちゃんと使いこなしてやるんだからな。
「…キミは何を望む?」
俺は力を。
コイツら蹴散らしてウイを守る力を。
こんな俺を家族と言ってくれたこの子を、守る為の力を。
「仕方ないな。この子真っ直ぐで、つい応援したくなるからね。」
ありがとな。麗奈。
「いいさ。ボクは寛大な嫁だからね。さ、歯を食いしばって!来るよ!」
何かが体の中で燃え尽きて消える。
そして書き換えられていく。
俺を俺たらしめていた根本から。
そして湧き上がるのは荒々しい力の奔流。
心が沸き立ち、理性を獣性が上回る。
足が動かないなら踏みしめろ。
手が届かないなら身体ごとだ。
俺の身体は巨大化し、太く、強く、厚くなっていく。
そして…
「オルアァァァアァァァ!!!」
俺は人の頭程もある拳を振り抜いた。
腕の一振りで、5、6匹居た狼が漫画のように木をへし折りながら、闇の中へ吹っ飛んでいく。
うまくかわした2、3匹が俺の身体に噛みつくが、ぶ厚い装甲が全くその牙を通さない。
虫刺され程度の痛み。
ちょこざいな。
足を踏みしめ大地を揺らし、怯んだ犬を片っ端から摘み上げて思いっきり投げ飛ばす。
「えっ!?え、エーリさん!?その姿は…きゃ!」
「下がってろ!」
俺相手では部が悪いと思ったのか、狼達のターゲットはウイに絞られる。
が、この姿、決して見た目ほど鈍くはない。
ウイに近づいた者から優先的に潰し、殴り、飛ばす。
力の加減が難しいせいで何匹か殴り殺してしまっているが、それもいい見せしめとなるだろう。
徹底的にその力の差を見せつけてやれば、彼らの戦意は失われる。
間もなく文字通り、尻尾を巻いて逃げ出すのだった。
宵闇と、静寂。
どうやらもう奴らは居ないらしい。
「…ふぅ」
リスキーな手段を取ったが…なんとかなったな。
俺は額の汗を拭い、ウイの方を振り返った。
元々彼女は俺より頭ひとつ分小さかったが、今では完全に巨人と小人だ。
俺の身長は…多分元々の2倍くらいになってるな。
「その姿は…像人族。大地を揺るがす、力の象徴。」
ウイはワナワナと震えているようだった。
怖がっているというわけではないみたいだが、いったいどうしたんだろうか。
「…エーリさんは、明らかに像人族では無かった筈で。でも、今は…それってもしかして…上社に伝わる言い伝えの…」
「あー。えっと、まぁあれだ。俺にも色々あるんだ。その…驚かせて悪いな。」
「はっ!あ、いえ!その…助けて頂いて…なんと御礼を申し上げたらいいのやら…」
「なんで急にそんな堅苦しいんだよ…」
「だ、だってエーリさん…はっ!?エーリという御名前…も、もしや…」
「ん?」
信じられない事に、ウイが突然汚い地面に頭をつけて土下座を始めた。
「こ、これまでのご無礼、お許しくださいませ…主様…」
「な、おい、ウイ、どうしちゃったんだよ…頭あげてくれよ。」
「はい…」
何故か泣きそうになってるウイの頭をポンポンしようとして、俺の手がデカくなり過ぎてるのに気付く。
力の加減が難しくて、これじゃ触れることも叶わんな。
この効果、どれくらいつづくんだっけ…
症例によれば、俺の服用した容量なら…一年くらいか?
ああするしかなかったとは言え、まいったな。
「なぁウイ。怖がらせて悪かったよ。だからそんなかしこまらないでくれ」
「はい、主様。これからはかしこまらないよう務めます。」
「…主様ってなんの事なんだよ。いつも通り、エーリにしてくれ。な?」
そんな非建設的な問答を繰り返しているうちに、俺の身体が縮み始めた。
一年くらいこのままかと思ったけど、案外早く効果が切れたらしい。なんでだろ。
いや、切れたわけではないらしい。相変わらず馬鹿でかい翼が背中に付いているからな。像人族から烏人族に変わったってだけか。
ウイにはめちゃくちゃ目を丸くして見られたが…まぁこんなキモい変身見たらこういう距離感にもなるか。
「ふぅ。さ、ウイ、行こう。早く家帰らないと、お母さんが心配するぞ。」
「ある…エーリさん、はい。」
なんとかならんのかなぁ、これ。
俺は帰り道もゼーゼーと荒い息を繰り返しながら、なんとか夜が深まるまでに上社に辿り着いたのだった。
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