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ホモ・サピエンスは邯鄲の夢を見る 〜コールドスリープから目覚めたら人類絶滅??人類最後の生き残りは医学と内政で成り上がる〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
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第六話「ヒポクラテスはヘルシンキで誓う」

 ウイのお母さんの病気の原因を魔素中毒だと仮定して、その為の薬を用意する。


 とは言え治療を行うに当たって、流石に500年前の薬を投与するわけにもいかない。

 詳しい作り方などの情報収集目的で、麗奈が準備してくれた薬のセットの中に入っていた説明書と、麗奈の使っていた腕時計式コンピュータの中から該当資料を引っ張り出して、その全てに目を通した。


 中でも衝撃的だった重要な記事は、これだ。


(薬剤を用いた魔素への対処可能性の模索)


「入江麗奈率いる研究チームが、人類の魔素耐性を一時的に向上させる薬剤、メタモライザの開発に成功した。

 この薬剤を用いれば、内服一錠で最長で6ヶ月もの期間にわたって魔素耐性を向上させる事が実験により明らかになった。

 かつての薬剤と比較すれば圧倒的な持続効果でその分期待も高まったが、我々はこれをそのまま運用するのは不可能と判断。

 その理由としては、メタモライザに付随する決定的な弱点が挙げられる。以下を参照。


 ①材料として外界の哺乳類、鳥類の心臓を必要とする点

 機械による大量生産は現状不可能。

 何故心臓が必要なのか、心筋組織中に含まれる特定のタンパク質が鍵を握っているのか。

 その理由については全く判明しておらず、別の製作方法を発見するにはまた大きなブレイクスルーが必要となるだろうと入江研究リーダーは語った。


 ②メタモライザの副作用が致命的である点

 メタモライザは当初非常に画期的な薬剤と思われたが、致命的な副作用が存在した。

 それは、一時的に内服者の身体を変異させてしまう事である。

 以下に我々が極秘で行った実験体の症例を示す。


 ・症例No.006373

 地上住みの五十一歳男性。既往歴無し。魔素中毒症状を訴える。

 メタモライザ300mg一錠内服後、2分で頭部から獣のような耳介が出現。5分後には尾骨部から尾が出現。

 気性や意識レベルに変化無し。本人も驚いている様子。

 食の好みや運動能力に大きな変化。レントゲン写真上で内臓の構造にも僅かな変化。

 耳と尾、加えて血液と体毛を採集してその遺伝子を解析させた所、内服者のDNAとは似て非なるキメラ遺伝子が検出された。

 魔素耐性は亜人と同程度まで向上。魔素中毒症状も改善。

 3ヶ月弱で身体が以前の状態に戻り始め、4ヶ月経った頃にはレントゲン写真含め完全に元に戻った。


 その後のDNA鑑定では数カ所の遺伝子変異が修復されずに残っている事が判明した。

 ゲノム全体からすればごく微々たる変異であるので、ほぼスプライジングされて問題は無いと考えられるが、連続で使い続ける事により遺伝子変異が蓄積され、ガン細胞の活性化や何かしらの代謝異常疾患などの副作用が現れる可能性有り。


 定期的に飲み続けているが、五年経過後も健康被害は無し。引き続き観察を続ける。


 ・症例No006912

 地上住みの七十歳男性。五年前大腸癌。完治住み。原因不明の衰弱。寝たきり。

 メタモライザ300mg一錠内服後、身体の変化に伴って劇的に症状は改善。

 筋肉量も成人男性のスポーツ選手並みまで上昇。


 その一日後、実験の為に再度メタモライザ300mgを投与。

 気性が極端に激しくなり、些細なことで研究員二名に殴りかかり負傷させたので、麻酔銃で睡眠させた。

 その時の身体変化のデータは以下に添付。


 実験から一年後、メタモライザ300mgを10錠一気に内服した状態で自宅での死亡が確認された。


 ・症例No.009951

 地上住みの二十三歳女性。身体が怠いと訴える。月経に伴う鉄欠乏性貧血が疑われたが、投薬。

 メタモライザ300mg一錠内服、通常通りの亜人変化を見せた。10分後、更に同様の投薬を決行。

 筋力は更に向上、興奮し、精神に僅かに影響が見られる。

 合計5錠の投薬後、観察対象とした。

 気性が荒くなり、性欲と暴力性が増した。


 ベジタリアンとの事だったが肉食傾向が強まり、特に生肉を欲するなどの大きな食の変化が現れる。

 耳と尻尾のみならず犬歯の発達や言語滞留などを認め、知能にも僅かだが明らかな低下を見せた。


 飼い犬と性行為に及び、その後同犬のペニスを噛みちぎって咀嚼。出血死させた。

 性的嗜好にも多大なる影響あり。


 一年後、通常の身体に戻ったが、メタモライザを強く渇望し、現在は施設に収容。

 一定の容量を超えた服用は中毒作用がありそうだ。


 ・症例No.012766

 地上住みの十八歳男性。健康診断で心電図異常を指摘される。投薬。

 メタモライザ300mg3錠の内服を1ヶ月おきに行った所、身体の部位によって発現する表現型が異なった。

 最終的には四肢は狼、胴部は象、頭部は烏の表現型を示し、内服薬を服用するたびに大きく身体が変化するという特異な現象を確認した。

 遺伝子配列の変異も従来の被験体と比較して大きく、修復も緩慢である。

 頭部が変化すると知能レベルも大きく低下するようで、その後人間の状態に戻る事は一度も無かった。


 一年後、衰弱して死亡。


 ・症例No.015865

 地上住みの三十七歳男性。独身無職。足が痛いと訴える。投薬。

 メタモライザ600mgを5錠一気に投薬。


 痛みにのたうちまわり、意味の無い唸り声をあげながら舌を噛み切って死亡した。


 ・症例No.025409

 地上住みの六歳女性。施設暮らし。風邪症状を訴える。投薬。

 メタモライザ600mg10錠を一気に投薬。

 舌を噛み切らないよう枷をはめて決行。

 最終的にはほぼ人間としての面影が無い、子犬の状態まで変化。

 言語が理解不能になり、研究員の指示を無視する行為が目立った為、檻付きの施設に収容。


 五年経過しても人間に戻る様子は無かった。

 日に日に気性が荒くなるので殺処分。

 後の解剖では大脳皮質と大脳基底核に著名な萎縮を認め、重度の知的障害が…


 ………


 ……


 …


 」



 …なんて…なんて胸糞悪い実験してやがる。

 こんな非人道的な人体実験が、許されるわけがない。

 こんな…こんな事してまで生き残ってなんになるってんだ。

 医療は…例え失敗したとしても、良かれと思った事じゃなきゃ絶対にやっちゃいけない。

 そうじゃなきゃ、こんなのただの人殺しじゃないか。


 まだ六歳の子まで…さぞ辛かっただろうに。


 俺は何にも知らなかった。

 地上の人のことは俺が診てるなんて自惚れてた。

 なんもわかってないくせに、皆んながどんな恐ろしい目に合ってたか。


 何のための人体実験だ。

 人を助ける為に人をおもちゃにしていいはずが無い。

 そんなの本末転倒もいい所だ。


 医の倫理を…ヘルシンキ宣言を忘れたのか。

 間違ってる。こんなの絶対間違ってる。


 俺は居ても立ってもいられなくなって、袋の中に入っていたメタモライザを床に思いっきり投げつけた。


「こんなもんがあるから!!皆おかしくなっちまったんだ!!」

「え、エーリさん!?」


 俺が投げつけたタイミングで、丁度エーリが部屋に入ってきた。


「ご、ごめん。」

「い、いえ…それにしても…どうしたんですか、エーリさん。」


 ウイは俺のそばに寄って来て、背中をさすってくれた。

 …人間はこんな醜い事してんのに、亜人はこんな優しいんだよな。


 なぁ、麗奈。人間なんて…このまま滅んじまえばいいんじゃないかな。


「なんでもないよ…ただただ、悲しくなってさ。」

「エーリさん…」


 なんでかわからないけど、涙が溢れて止まらなかった。

 人の醜さに絶望したとかじゃない。


 なんでだろ…

 俺は拳を強く、強く握った。

 その手の中で、麗奈が一生懸命俺の為に書いてくれた説明書がクシャクシャになった。


 そうか。


 麗奈が人類の為に、良かれと思って作った薬が、こんな酷い事に使われてるのが悔しいのか。


 溢れる涙を、ウイが服の袖で拭ってくれた。


「何があったか私にはわかりませんけど…私はエーリさんの味方ですから。」


 優しい言葉が、逆に痛い。

 あの人たちが実験台にされたのは、俺のせいでもある。

 特に理由は無いけど…傲慢かもしれないけど…何故かそんな気持ちで一杯だった。


「…ウイ。なんでそこまで。」

「…私もう、エーリさんの事、家族みたいなものだと思ってるんで。」

「そんな、だって俺、まだ一週間…」

「一週間もあれば、だいたいわかります。」


 今だってそう。ウイはそう優しく言った。


「エーリさんは、自分の事より、人の為に泣く人です。」


 そんなに自分を責めないで。ウイはそう言って控えめに微笑んだ。


 …なんの根拠も無い。

 だが、罪悪感と虚無感でいっぱいだった俺の心は、ウイの一言で確かに軽くなった気がした。





 ☆





 抗魔素薬、通称メタモライザは思ったより随分と危険な薬だという事がわかった。

 麗奈の説明書には、使用頻度と量さえ間違えなければ治療に使えると書いてあったが…


 確かに…薬ってのはだいたい毒と隣り合わせだ。

 少量ならば薬だし、多量なら毒になる。

 結局これも、使い方次第ってことか。


 とりあえず、俺はウイに手伝って貰って、近くの森に必要な材料を取りに行く事にした。

 まずは調合してみて、うまく行くか俺が実験台になろう。

 俺が大丈夫なら、ウイのお母さんにも使って頂こう。

 勿論量と使用頻度には十分気をつけて。


 それにしても、情けない所を見せちゃったな…。

 俺はウイに対して内心少し気まずくなりながらも、何事もなかったかのように振る舞うよう努めた。




 外に出ると、長閑な田舎の村の風景が飛び込んできた。

 なんの作物の畑か知らないが、かなり広大な畑が一面に広がっている。ちらほらと藁で作られた屋根を持つ木製の小屋が建っていて、少年少女達がそこら辺を走り回っている。

 少し低めの太陽が降り注いで、身体が少し熱を帯びる。

 これが、赤外線がカットされていない日光。


 …これが、ドームも何も無い、まっさらな地上か。


「…エーリさん?どうしました?惚けたりして。」

「ん?ああ、なんだかこの村、いい感じだなと思って。日本の原風景?っていうのかな。」

「ニホン…?ここはヤタ村って言って、何処にでもある田舎の村ですけど…。ふふ。やっぱり自分の故郷を褒められると嬉しいです。」


 二人で長閑な村の中を歩いていく。

 見知らぬ人が歩いているのが珍しいのか、道ゆく人の視線が刺さる、刺さる。


「あー!!ウイねーちゃんがガリガリの男とでーとしてら!!」

「ホントだ!!男とでーと!!男とでーと!!」


 覚えたての言葉が使いたいのか、十歳くらいの男の子二人組みが俺達の周りを走り回る。

 そうか、側から見たらデートに見えるのか…。

 麗奈、すまん。俺にその気はないんだ…。


「こらーっ!大人をからかうんじゃありませーん!!」


 隣を歩いてたウイは顔を真っ赤にして怒っている。

 おお、歳の割にお淑やかな感じかと思ってたけど、意外と親しみ深い一面もあるんだなぁ。


「こらーっ!!あなた達ーっ!!…あっ。」


 俺が微笑ましい目で三人の追いかけっこを見ていると、何故かウイがこっちを向いて固まってしまった。

 急にどうしたんだろ。


「あっ、えっと、これはその…違くて…」

「ん?何が違うんだ?」


 俺が聞き返すと、顔だけじゃ無く耳まで赤くなってしまった。

 子供達がウイの脚を蹴って逃げていく。しかし何故か、ウイはそれ以上子供達を追う事はしなかった。


「…うぅ。こんなはずじゃ…」

「ん?何か言ったか?」

「な、何も!さ、早く行きましょう!」


 隣を歩いていたのに、ズンズンと先に行ってしまった。

 後ろ羽がバッサバッサと羽ばたいている。


 なんだがよくわからんが、女の人がなんでもないと言ったら、それ以上追求しちゃいけない。

 機嫌を損ねることになるからな…。


 ………

 ……

 …



 いや、驚いた。

 前は夜で真っ暗だったから気がつかなかったが…

 ドームの中にも勿論木は普通に生えていたんだが、ドームの外の木々はなんていうか…デカい。

 俺たち人間がドームや地下に引きこもっている200…いや700年くらいの間に随分と変わったらしいな。

 ちらほら見慣れない植物も生えてるし。


 多分だけど、大気の組成なんかも多少変わってるんだと思う。

 ま、俺はそういうのが専門じゃ無いから詳しくはわかんないけどな。


 森は意外と近いところにあった。ウイの家から、俺のもたもた歩きでも二時間くらい。

 多分健康な状態なら一時間かからないくらいだと思う。


 色々と調べてみたい気もするけど…早速材料を集めるとするか。

 俺は説明書から抜粋したメモを確認し、探索をはじめた。

 俺がキョロキョロと周囲を見渡していると、ウイが首を傾げて問いかけてきた。


「エーリさん、何か探してるんですか?」

「ああ。ちょっとな。ウイはクマゲラって植物、知ってる?」

「知ってますよ。薬草として有名ですから。」


 ありがたい事に、色々と聞いてみるとウイは俺よりずっと植物について詳しそうだ。薬師のお母さんを見て勝手に学んだらしい。

 門前の小僧習わぬ経を読む、なんて昔の言葉があるが…まさにそれだな。


「じゃあ、悪いんだけど…ここのリストの植物、一緒に探してくれないか?」

「クマゲラの他にもマヌイ草、カミツレに…こんなに沢山の植物、一体どうするんですか?」

「薬を作ろうかと思ってな。効くかどうかはやってみないとわからないが…可能性があるならやってみたい。」


 薬と聞いて、ウイの目の色が変わった。当たり前だけど、お母さんのことやっぱり心配なんだな。




 二人して探し回って、数時間かかってやっと、殆どの薬草の必要量が集まった。

 …とは言っても、あんまり動けない俺の代わりにほとんどウイが見つけてくれたんだけどな。

 二人して疲れ切って、今は森の出口の木陰で休んでいる所だ。


「ふう。流石に疲れたな。」

「あと残っているのは、なんでしたっけ。」


 メモを取り出し、確認する。


「ええと…あとは…マサカリ草と…動物の心臓…ですか。」

「ああ。動物の心臓は流石にそう簡単にはいかないだろうから、また別の日にでも。」

「あ、いえ。そっちはなんとでもなります。問題はマサカリ草の方ですね。」


 動物の心臓はどうとでもなると言われてギョッとした俺を尻目に、ウイは形の良い眉を僅かに歪めていった。


「マサカリ草は日の当たる所には絶対に生えないんです。この辺りじゃ無理ですね。」

「そか。じゃあもう少し暗い所に行けば良いんだな?」

「そう簡単な話でも無いのです。」


 ウイは少し間を置いて続けた。


「マサカリ草はこの森のかなり深い所に生えているんですけど…そのあたりはよく人が入っていったっきり戻ってこないんです。」

「え??」


 な、なんだその怖すぎる話。RPGかよ。足震えてきたんだが。


「遭難…してるとか…?」

「どうなんでしょう。遭難するような人は元々そんな森の奥まで入りませんし…森を知り尽くした人でも帰らぬ人となった事があるって昔おばあちゃんが言ってました。」


 それに…とウイは続ける。


「この森には、恐ろしい悪魔の言い伝えもあるんです。」

「あ、悪魔だって?」

「森の奥まで行って帰ってこなかった人は、悪魔マルトルードに連れ去られたんだって話になるんです。だから村のみんなも、怖がって奥までは入りません。」


 悪魔マルトルード…???

 ヤバすぎなんだが。俺、ホラーは無理なんだよなぁ。

 科学的じゃない事も、割と信じちゃうタイプだから。


「…」

「…」


 沈黙が場を支配する。

 既に日は傾きかけて、橙色の夕陽が木々の隙間から降り注いで俺達の顔を照らす。


 カアカアと烏の鳴く声が空から聞こえて来る。


「な、なぁ。マサカリ草ってのは、本当にそこにしか生えてないのか?」

「はい。間違いないです。」

「…だ、だんだん暗くなってきたな。夜の森は危ないし、また明日にしないか?」

「……………はい。」


 ウイが唇を噛んだのが、逆光でもなんとなくわかった。


 …やっぱり、お母さんの病気を一日でも早くなんとかしたいってことなんだろうなぁ。


 …いやでも、なんか怖い噂もあるし。これでヤバい事になったら本末転倒なんじゃ。


 やっぱり帰ろう。そう言いかけた俺の口は、森の奥をじっと見つめる彼女の横顔をみてもなお、言葉を紡ぐ事はできなかった。


「…夜目は効く方か?」

「え?」

「…夜に見えなかったらナントカ草、探せないだろ」


 パッとウイの顔に満面の花が咲いた。


「は、はいっ!!行けますっ!!」

「よし。ちゃっちゃと見つけて、さっさと帰ろう。行くぞ。」


 俺たちは、夜の森へと足を踏み入れた

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