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ホモ・サピエンスは邯鄲の夢を見る 〜コールドスリープから目覚めたら人類絶滅??人類最後の生き残りは医学と内政で成り上がる〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
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第五話「弘法は筆がなくとも諦めない」

 この家に来てから一週間が過ぎた。


 身体の痛みは当時よりかなりマシになって、激しい運動じゃなければ歩いても大丈夫なくらいになったと思う。

 あまり寝てばかりで疲れたので、部屋の中を歩き回る。


 勝手に家の中を探検したら申し訳ないからな。

 俺はあくまで患者だし、あまり無粋な真似はできない。


「あ、エーリさん。もう歩いても大丈夫なんですか?」


 ウイが部屋に入ってくる。

 もう体を拭いてもらう必要も食べさせてもらう必要もないが、ウイはこうやって度々俺の様子を見に来てくれる。優しい子だ。


「ああ。おかげさまで、普通に歩く分にはもう問題なさそうだよ。」

「良かったです。」


 にっこりと自然な笑顔で微笑むウイ。

 …この優しさに、いつまでも甘えているわけにはいかない。


「…何か恩返しがしたいと思ってる。」

「え?」

「ウイには随分世話になったよ。本当に、心から感謝してる。でも…生憎金になりそうなものを持ってないんだ。だから何かして欲しい事があったら遠慮なく言ってくれ。」


 ウイは俺の顔をまじまじと眺め、次第に不安げな表情に変化していく。


「…エーリさん、もしかして出て行っちゃうんですか?」

「…ああ。流石に申し訳ないからな。」

「…約束したのに」


 彼女は何かボソボソと呟いて、静かに俯いた。なんだか悲しんでくれてるような気がする。


 …なんだろう。誰も知らない世界に身一つで出て来て、こんなに心配してくれる人が居るなんて不思議な気持ちだ。

 嬉しくもあり、悲しくもある。

 ウイは俯いていた顔を上げた。


「…エーリさん、記憶が混濁してるって言ってましたよね?」

「ん?ああ。そうだな。」

「…行くあてはあるんですか?」


 痛いところつくなぁ。

 俺は苦笑いしながら答えた。


「無いな」


 ウイの顔がパッと明るくなる。後ろの大きな羽がパサパサと小刻みに揺れている。


「じ、じゃあ、記憶がしっかりするまでここにいたら良いです!」


 正直嬉しい。なんで俺を引き止めるのかは知らないが、ここに居ていいんだって言われるのが凄く嬉しい。

 でも、そもそも記憶が混濁してるなんて嘘だし…俺はこの子に甘えてしまっても良いんだろうか…。


「…」

「…だめ…ですか?」


 暴力的な上目遣い。豊満な双丘が襟から覗き、反射的に生唾を飲み込む。

 危うく頷きかけて、理性を取り戻した。

 脳裏にチラついたのはむくれた麗奈の顔。


 待て、麗奈。すまんかったと思ってる。

 でもな、男ってのはこう…下半身にも二つ脳がある生き物なんだ。


「…ありがたい申し出だけど…俺も耐えられないんだ。ただの居候なんて…」

「なるほど、そういう事でしたら…!」


 こっちに来てください、とグイグイ手を引っ張られる。

 す、凄い力だな。

 何かを思いついたような感じだが…


「お、おい、ウイ?どこに行くんだ。」

「お母さんの所です。」


 え、お母さん?ウイの?なんで?


 部屋に着いて直ぐ、その疑問は解消された。



 ☆



「お母さん。お医者さんを…」


 ウイと一緒に奥の部屋へ向かったのだが…

 何やら様子がおかしい。不穏な声が聞こえてくる。


「ちょっと…やめて下さい…」

「怖がる事はありませんよ。全ては貴方のためなのですから。」


 薄暗い部屋の奥、祭壇の様に豪華なベッドの上に横になっているのはウイのお母さんらしい。


 それに…もう一人…

 簾の様なものがかかっていてよく見えないが…誰かいることはシルエットでわかる。

 ソイツは…ウイのお母さんの所へとじわじわと近寄っているようだった。


「お、お母さん…?」


 ウイが困惑し、声をかけると、簾の向こうから先程の男の声が返ってくる。


「おや、ウイさんですか?丁度いい。貴女も此方へ。」

「う、ウイ。きちゃだめよ。部屋に戻ってなさい。」


 焦った様な声。

 …どういう状況なのか分かりかねてるんだが。


 介入した方がいいかな。

 声色からして、あまり良くない状況っぽいし。


 …俺の勘違いじゃないとしたら…強姦未遂かもしれない。


「ウイ。ちょっとここで待ってて。」

「え、エーリさん…」


 母親が男になんかされるところなんて見たくないだろうし、ウイにはその場で待っててもらう。

 俺はゆっくりと近づいて、簾の先へと入っていった。


 背を向けた小太りの男と…その先にいる女性がウイの母親か。

 ウイと似た山伏風の着物が男の手によってか着崩れている。


「ふふふ…ウイさん?貴方もこの寝具に横になって下さい。」

「…」


 頭頂のハゲ、そして神官風の服装。

 見るからに胡散臭そう…というか、この村に合ってない。


 手をワキワキさせてるあたり、なんていうか下心が丸裸っていうか…ここまで露骨ならば、俺の早とちりなんて事は流石にないだろう。

 今だってほら、ウイの母親に襲い掛かろうとしてるし。


 俺は済んでのところでソイツの伸ばした腕を掴んだ。


「おっ…と。お楽しみの所、悪いんですが。」

「チッ…なんなんです、あなたは。」


 舌打ち。そして男は俺に使まれた腕を強引にひっぺがした。

 昔は格好よかったんだろうと思われる推定40代。今ではその欲望が顔に現れたのか、醜く歪んでしまっている。


 憎々しげに俺を睨みつけているが…俺はあくまでも飄々とした態度で臨む。


「…その前に、貴方が今何をしていたのかについて聞かせて貰いたい所ですが。」

「…何って、治療ですよ。」


 治療…?これが…?

 医師として、あんまり適当な事を治療と言われると放ってはおけないんだが。


「この方は非常に重い病を患っています。それを治す為には、最早コレしかないのです。邪魔しないでもらいたい。」

「…病ですか。その原因は?」

「簡単な事です。神がお怒りになられて居るのです。この方は唯一神を信じず、邪教に心酔している。それ故にこのような病にかかってしまったのです。」


 …案の定というかなんというか。

 似非科学や代替療法、民間療法に扮した悪質なやつ。

 ロクでもないスピリチュアル理論でゴリ押しパターンか。


 それに、経験上、この手の宗教は理論を展開したところで話は平行線になるだけだ。

 俺は敢えてそのまま話を進めた。


「そうですか。それで、その治療。ご本人は納得してるんですか?」


 チラとウイのお母さんの方を見ると、苦々しい顔でふるふると首を横に振った。


「…ご本人は嫌がってるみたいですが。」

「可哀想な事です。邪教の洗脳はここまで進んでいるのですね…。何が正しいのかすらわからなくなってしまったのでしょう。」

「…洗脳…ね。」

「わかったら早く私の前から消えてください。」


 羽根虫を追い払うかのような仕草でしっしっ、と手を振る似非宗教家。


 だが、ここで引いたら強姦再開なのは目に見えてる。

 ならば…


「生憎。僕も今からこの人に用があるのですよ。ですから…」


 さあどうぞ、とばかりにこの場にあぐらをかいて座り込む。


「どうぞ、お構いなく。貴方の治療とやらが終わるまで、僕はここに居ますので」


 男はぐぬぬ、と苦虫を噛み潰したような顔をした。


 そりゃそうだよなぁ。まさか知らない男の前で平然と真っ裸になって強姦する訳にはいかないだろう。

 奴はとうとう、その場で思いついたらしい苦し紛れの言い訳を口にする。


「…人前ではできない神秘的な治療なんですよ」

「え?そうなんですか?…ん?あれぇ?おかしいなぁ。」


 語るに落ちるとはこの事。

 自分で掘った墓穴に落ちて…そっから二度と這い上がってこないで貰いたい。


「あなたさっき、ウイをここへ呼び寄せてませんでしたか?」

「…クッ……そッ!!」


 胡散臭い男は青筋を立てて拳を握りしめた。

 が、一応は宗教家としての矜持が残っていたのか、その手は俺に振われる事はなく…


「…今日は用事があるので…また来ます。」


 そう言い捨ててそそくさと帰っていった。



 ☆



「あ、ありがとうございました。あの…貴方は…」


 ウイと似たような、しかし一段とおっとりした感じの声だ。

 見た目はウイが大人になったらこんな感じなんだろうな…という感じ。

 品の良さそうな、落ち着いた大人の女性だ。


「いや、僕の事はいいんです。それよりその格好では寒いでしょう。僕は一旦、ウイと喋って来ますね。」

「あら…こんなはしたない装いで失礼しました。」


 簾に囲まれた空間から出て、ウイの隣に行った。

 奥からシュルシュルと着物を治しているような音が聞こえる。


「え、エーリさんっ!!さっき宣教師のゼアロさんが顔を真っ赤にして出て行きましたけど…」

「あぁ、あれね。宣教師だったのか。いや、それよりも…お母さんの事なんだけど」


 …さっきの似非宗教家、もとい宣教師の言葉。

 やっぱりウイのお母さんが病気だったりするのか?


 隣に立っているウイが小声で説明してくれた。


「お母さんはこの上社の巫女で薬師なんですけど…ここ数年でみるみる衰弱してしまって…。今では立って歩く事すら難しくなってしまったんです。色々と手は尽くしたんですけど…原因すらわからなくて…。」


 原因不明の衰弱か…俺になんとかできるかどうかわからんが、とにかくやってみよう。

 俺は許可をとってから簾の中に入り、診察を始めた。


「お母さん、ではまずは色々とお話を聞かせて下さい。」


 ………

 ……

 …



「成る程…身体の疼痛無し、熱も無し。頸静脈の怒張も見られないし…栄養状態も良好。尿の色も量も正常。手足の痺れも無い。異常腱反射も無いと。目を瞑ったらふらつくとかいう事はありますか?」

「ありません…。…私も薬師の端くれです。健康には気を付けていたはずなのですけど…」

「2年ほど前から急激に体力と筋力が落ちて、今では直立歩行も困難ですか…」


 血液検査と尿検査、針筋電図が出来ないのが辛い所だな。というか、X線、CTもMRIもエコーも無いし…。


 これじゃ臨床症状から当たりをつけるのが精一杯だし、正確な診断なんて出来るはずもないよな。

 そもそも診断できたとして、治療薬も無いし…まして手術なんて出来るわけないし。


 …医者だなんだという癖に…俺、なんて無力なんだろ。


 どうやら考えてることが顔に出ていたらしい。ウイのお母さんは力なく苦笑いした。


「…難しいですよね。分かります。これまで何人かに見てもらいましたけれど、皆さんお手上げでしたから。」

「…確かに難しいですね。ここまで症状に乏しいと…。」


 一つ気になってるのは…筋力低下は確かに見られるけど、歩けない程じゃ無さそうなんだよな。

 神経系に問題があるのか…さもなくば…


 …原因不明の衰弱を見せる疾患として魔素中毒という線もある。

 まだ確証は持てないが。


「少し時間を下さい。しばらく様子を見てみようと思います。」

「…はい。よろしくお願いします。」


 お母さんの半ば諦めたような顔。

 こんな顔をさせてしまうとは…


 いや、なんとしても俺が原因を見つけないと。


 そのままウイのお母さんの部屋を出て、俺は寝室に戻った。




「え、エーリさん…!?」


 何故かウイが俺の布団の中に潜り込んでモゾモゾしていた。

 何やら慌てた様子だが…朝早かったから眠かったんだろうか。


 まあいいや、そんな事より。


「とりあえず診察してみたが…すまん。まだはっきりした事は言えない。」

「…やっぱり…そうですか。」

「悪いな…俺にもっと力があれば…」


 ウイは布団から這い出し、お母さんと同じような顔をして笑った。


「エーリさんのせいじゃ無いですよ。もしかしたら…主様がお母さんに早く来いと仰っているのかもしれませんね…ハハハ…」


 主がなんなのか知らないが…ウイが無理して笑う顔が痛々しくて見ていられない。


 あぁ…病気なんて魔法でなんでも治せたら良いのに…。


 …魔法…魔素…魔素中毒…。


 ついこの前俺もやられかけたアレ。

 アレは慢性魔素中毒だと衰弱以外特に何も症状が現れない事もあるんだよなぁ。


 …でもあれは、あくまで種族的に魔素耐性が低い、人間や類人猿の病気と言われてる。

 亜人は魔素耐性が高いと麗奈は言ってたはずなんだが…


 とは言え症状的にはあり得なくは無いんだよな。

 本人の魔素耐性、魔素暴露量、暴露期間なんかで現れる症状がまちまちだから断定しづらいのが難しいとこだけど。


 確か、麗奈が書いてくれた説明書に抗魔素薬の製法について記述があったよな。

 このまま手をこまねいているよりは…


「とりあえず…やれる事はやってみるよ。悪いけどもう少し、この家に置いて欲しい。」

「勿論です!」


 俺はわからないなりに、手を尽くしてみることにした。


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