第四話「亜人にとっての変身すべき毒虫は」
ーピーョピーョ…ピーヨピーヨー
日が登り始めると植物が光合成をはじめ、新鮮な空気を求めて一斉に小鳥が鳴き始める。
秋の早朝。布団を被っていない首から上が寒く、布団に深く潜る。
まだ起きるには早い。もうちょい寝てても良いよな。
そんな俺の抵抗も虚しく、トントンと足音がして、誰かが部屋に入って来た。
「エーリさん、朝ですよー」
この声は、烏人のウイだ。俺を助けて看病してくれている恩人。
しかし…随分早いな。
「…ウイ。…おはよう。」
「おはようございます。」
布団から僅かに顔を出すと、ウイが水の入った桶とタオルを持っていた。
「さっぱりしてからご飯にしましょうか。」
「ああ、ありがとう。」
相手に看病させるのにいつまでも布団にしがみついているわけにもいかない。昨日よりは少しだけ痛みが引いて来たようなので、自分で起き上がろうとした。
が、どうにも力が入らず、上体も起こせないまま倒れてしまう。
「よいしょっ…いったたたた…」
「あっ、まだ無理しちゃダメですよ!骨も折れてるんですから、当分は動かさない方が良いです。」
「って言ったってなぁ…流石にいつまでも看病して貰うのは申し訳ないだろ…」
「いいんですよ!私が好きでやってるんですから。」
…好きで看病って。よっぽどいい子なんだなぁ。
衣服を脱いで、包帯を外してもらった。
昨日も思ったが…そんな赤くなりながら下半身をチラチラ見ないでくれ。
まさか…そういう意味で好きってわけじゃ…いや、流石に無いよな…?
昨日と同様、傷口に軟膏を塗ってもらう。明るいところで見ると、木の枝やなんかの刺創や挫創、皮下出血が凄いな。
でも幸い獣に食い破られたりはしてないからぱっと見た感じ外傷自体に問題は無さそうに見える。
まぁ、肋骨が何本か折れてるっぽいから常にかなりの痛みがあるし、見た目以上に大変な怪我ではあるけど。肺とかに損傷が無いのは幸いだな。
多分1ヶ月くらい安静にしてれば治るんじゃ無いだろうか。
そんな事を考えていると、ウイがもじもじしながら話しかけて来た。
「エーリさん…その…。つかぬ事をお聞きしますが…」
「ん?どうした?」
「耳と尻尾は…どうされたんです??」
耳と…尻尾ぉ…???
あ、そうか。地上は亜人の世界。俺みたいなのはもう居ないのか…。
「ん…いやちょっとな…怪我で無くしたんだったかな…ハハ…」
「そ、そんなひどい怪我を!?あのっ、嫌なこと聞いちゃって、ごめんなさい。」
「いや、良いんだよ。昔の事だ。」
気を遣われているのか、無言で看病してもらう。
なんだか変な空気が流れてるな。まぁ良いか。
それにしても…痛みがひどい。外用薬だけじゃなくて…痛み止めが欲しいなぁ。
「…その…ウイ?贅沢を言うようで悪いんだけど。」
「はい?」
「呼吸する度に胸が痛くて辛いんだ。内服の痛み止めをくれないかな。出来ればオピオイド鎮痛薬みたいな強めのだとありがたいんだけど…」
俺がそういうと、ウイはあたふたと焦りはじめた。
「お…オピ…?ええと…く、詳しい事は分からないのでお母さんに聞いてきますね!」
そう言って逃げるように走って部屋から出て行ってしまった。
うーん。流石に日本語が伝わっても、専門用語までは伝わらないか。
この様子だと薬師見習いと言ってもあんまり薬に詳しくなさそうだし、あまり危険な薬を処方してもらうのは遠慮したほうがいいか…?
あれ一応麻薬みたいなもんだし…。
結局、彼女のお母さんに聞いた結果何かの薬を出してもらえたらしい。色々効能を聞いてると消炎鎮痛薬っぽいから、これで痛みも少しはマシになるだろう。
その後、ウイが何やらおかゆっぽいものを持って来てくれた。
お米…じゃ無いな。なんだろうこれ。
「これは…?」
「蕎麦粥です。うちの村のソバは美味しいんですよ。」
なんと、おかゆって言ったらお米っていう先入観があったが、ソバの実でも出来るんだな。
ウイが手を重ね合わせ、祈りのポーズを取った。
なんだかわからんが、俺も同じようなポーズを取ってみる。
「与えられた天地の恵みを感謝します。」
なんだ今の。
いただきますの上位互換みたいなもんか?
まあいいや。俺も見習ってそれっぽい仕草だけしておいた。
手に力が入らないだろうからとスプーンで口元まで運んでくれるウイ。もう二十代も半ばだというのにこんな事をしてもらうのは恥ずかしいが…まぁ役得だと思っておこう。
うん。確かに言われれば蕎麦湯っぽい味わいだ。風味がいい感じ。
「何から何までありがとう。すまないな。」
「いえ、私に出来る事なんてこれくらいですから。」
こんなどこの馬の骨とも知らない奴に対して、誰にでも出来る事じゃ無いと思うが…
呼吸に難があるため、ご飯を食べるのも少しずつだし以外と時間がかかる。一生懸命咀嚼していると、ウイが話しかけて来た。
「そういえば、エーリさんはどうして森で怪我してたんですか?」
あれ、まだ言ってなかったか。事情も語らず治療して貰っていたとは…
隠すようなことでもないので、俺は正直に答えた。
「実は…突然変な化け物に襲われてな。」
「変な化け物…?」
「ああ。狼と熊の中間みたいな感じでバカでかい。それに、真っ黒だったな。」
「…そんな生き物がこの辺りに…なんだか怖いです。」
ウイはかなり怖がっているようだった。
この反応からして、あれはどうやらあまり一般的な奴じゃないらしいな。
たまたま変なのに遭遇するとか、俺ホント運悪かったんだなぁ。
いや、むしろ悪運が強いとも言えるか。
あれ?とウイは首を傾げて言った。
「森でって言いましたけど、エーリさんはどこから来たんですか?この辺りの人じゃないですよね?」
どうしよう…この辺りの地下施設から来たんだよ、なんて言えないしなぁ。大体言っても通じなさそうだし。
…とりあえず適当に誤魔化しておく事にした。
「うーん。俺にもよくわからん。…なんでだろ、怪我で記憶が混濁してるのかもな。」
「え!?エーリさん、昔のこと忘れちゃったんですか?」
さっきから本気で心配してくれてるみたいだから心が痛む。
でもな…五百年間寝てたんだよね、とか言っても伝わらないだろうし、仕方ないよな。
「そう言われると、何してたかとか、あんまり覚えてないな。そう、確か医者だった気がする。うん。間違いない。」
「お、お医者さん!?…そっか…だからさっきも…!…なら…きっと…」
なんかぶつぶつ言ってるみたいだけど…そんな驚く事かな。
少し興奮気味で、食い入るように質問するウイ。
「もしかしてエーリさん…す、すごい人だったんですか?」
「いや、凄くない凄くない!!…プレッシャーになるから…な?勘弁してくれ。」
医者ってのはまぁ凄い奴もいるが…俺は別に凄くはない。
医療は魔法とは違うから、直せないものは直せない。学べば学ぶほど、医療の限界を思い知らされてウンザリする。
だから過度な期待はキツい。
そんなこんなでご飯を食べたらまた睡眠だ。
今は寝るのが仕事…とはいえ流石にこうも寝てばかりだと辛いが…あまりこの子に甘えっぱなしはまずい。早いとこ回復して、何か恩返しをしないとな。
☆
「うわぁ!!?」
夜中に目が覚める。
バクバクと耳元で拍動する心臓の音がやたらうるさい。
深呼吸をして、落ち着くまで窓から覗く月を眺めた。
…言葉には出来ないが、酷い悪夢を見ていた気がする。
布団が汗でぐっしょりと濡れて気持ちが悪い。
でも、この吹き出すような油汗はそれだけじゃない。
明らかに、体調が良くないのだ。
横になっていても身体が怠く、口の中が少し酸っぱい。なんなら吐き気すらある。
「もう、始まったのか…」
心当たりはある。
この症状、きっと深刻な魔素中毒だろう。
昔の文献を読んでいると、当時魔素災害が起きた時、多くの人がこの急性の魔素中毒で死んだとある。
俺だって、何の対策もせず外に出てきたんだからこうなるのは当然想定内だ。
流石にたった二、三日でここまで露骨に体調が悪化するとは思ってなかったが…。
対策…か。
俺は枕元に置いてある袋から、麗奈の残した抗魔素薬を取り出した。
これを飲めば、多分症状は収まる筈だ。
とは言え俺は最初から死ぬつもりで地上に出てきた。
ならば自然のままに任せる方がいいんじゃないか…
この地上は、人間の居ない亜人達の世界だ。
ならば俺も下手に延命せず、消えるべきなんじゃないか。
俺は静かに薬をケースにしまい、袋を枕元の元の場所へ戻そうとした。
その時、何やら奇妙な音が何処かから聞こえてきた。
すぴぃ…すぴぃ…
今まで気が付かなかったが、いつのまにか俺の隣にも布団が敷いてある。
外が寒いからなのか布団を頭からかぶっており、中から気持ちよさそうな寝息が漏れてきているのだ。
「麗…いや、ちがうか」
癖で咄嗟に麗奈の名前を呼びそうになったが、未練だ。アイツはもうこの世にはいない。
「ウイ…」
つい先日名前を知った。烏人の女の子。
とてもいい子だ。俺が怪我人だから、心配してこうやって近くで眠ってくれているんだろう。
俺という存在を知ってくれているのは、この世界にウイ一人だけだ。
こうやって俺の事を看病し、直向きに治そうとしてくれている。
そこに薬師と病人以上の理由があるなどとは思ってないが、それでもこんな必死に看病してくれるこの子の目の前で、俺が自ら死のうとするのはどうなんだ。
看病も虚しく衰弱していく俺の姿を見たとして、薬師を目指すこの子の気持ちは一体どうなるんだ。
…せめてこの子の前では、その好意を無駄にするような事はしちゃいけない気がする。
それがせめて、消えていく医者としての俺の義務だろう。
それとも…これはただ、まだ死にたくないっていう俺のエゴなんだろうか。
…どっちでも構わない。どのみち、この子の前で死ぬ事は出来ないから。
「…麗奈。俺はもう少し、生きてみるよ。」
俺は薬を取り出して、一粒噛み砕いた。
近くに置いてある水さしで流し込み、再び横になる。
するとどうだろう。俺の意識は水に沈む石のように、真っ直ぐに落ちていくのだった。
☆
「え、えええ…エーリさん…!?」
「…ん?」
朝、鳥の声…ではなくウイの慌てた声で目が覚める。
なんだなんだ、どうしたってんだ。
寝ぼけ眼を擦って隣を見てみると既に彼女の布団は無く、タオルとお盆を持ったままの彼女が部屋の入り口であんぐりと口を開けていた。
「エーリさん…その背中の…烏人だったんですか?」
「…何の話だ?」
「だ、だってその翼…」
ウイが俺の方を指さして、良くわからない事を宣う。
翼?
一体何言ってんだ。
俺は後ろを振り返ろうとして、その視界の端に写ったあるモノにギョッとした。
真っ黒い光沢のある何かが、俺の意思と連動してバッサバッサと動いたのだ。
俺は思わずウイの後ろで同じようにバサバサ言ってる黒い翼を凝視した。
…そう、丁度それは、まるであの烏人の翼のようで。
「エーリさん、烏人だったから、耳も尻尾もなかったんですね!」
「…烏人。俺が?」
「どこからどうみても、私と同じ、烏人じゃないですか!」
背中に確かな存在感を感じる。
まるで手がもう一対増えたかのように感覚がしっかり通ったそれは、ウイの言う通り紛れもなく俺の翼だった。
「エーリさん、なにも隠す事ないじゃないですか。私達烏人同士なんだし、きっともっともっと仲良くなれます!」
「お、おう?」
ウイが嬉々とした表情で何か言っているが、生憎頭の中は俺が烏人になってしまった事を受け入れるので精一杯で、全く理解が追いついていなかった。
一体何が起こっている…???
何故か終始嬉しそうに喋り続けるウイを横目に、俺の頭はただひたすらに混乱していた。
唯一心当たりがあるとすれば…
俺の視線は自然と枕元にある袋に向いたのだった。
………
……
…
麗奈の作った抗魔素薬を飲んだ結果、だったの一晩で俺の身体は烏人のそれへと変化した。
同時に体の創傷や痛みもかなり軽減され、魔素中毒症状も嘘のように綺麗さっぱり消え去った。
というか麗奈。
…こんな大事な情報、どうして説明書にちゃんと書いといてくれないんだよ。
「エーリさん、身体を拭きますよ」
「おお、いつも悪いな。」
「いえいえ。お安い御用です。」
ウイがいつも通り身体を拭いてくれる。
昨日よりもずっと身体が楽になって、なんなら自分で起き上がる事すら出来る様になっていた。
あの薬の副反応だと思うが、驚くべき回復速度だ。この分だと怪我が治るまであと二週間かからないかもな。
背中を拭いてもらいながらそんなことを考えていたのだが、ウイの手が止まっている。
どうかしたんだろうか。
「…」
「…ウイ、どうしたんだ?俺の背中になんかついてるか?」
「あ、いえっ!なんでもないんです!」
俺の声で我に帰ったのか、慌てて手を動かすウイ。
…なんか付いてるから、こんな感じなんだろうなぁ。
ウイは彼女の翼をバサバサさせながら、背中の手を世話しなく動かした。
「あの、エーリさんの羽…綺麗だなと…思って…」
「…ん?そうなのか?自分じゃ良くわからんが。」
「…色が深くて艶もあって…とっても素敵です。」
「そ、そうか。うん、ありがとな。」
突然よくわからない褒め方をされたが…この背中に突如生えてきた翼に関しては元々無い器官だからか俺の身体って感じがまだしないし、烏人の感性も俺にはわからない。
ピンとこないってのか正直なところだが…
まぁ、褒めてくれるなら素直に受け取っておくか。
「エーリさん、傷なんですけど、だいぶ良くなってますね。一日でこんなに変わるものですか。」
「ウイの看病のおかげかもな。感謝してる。本当にありがとう。」
「そんな!私はただ、当然のことをしてるだけです。」
そうは言いつつも僅かに頬を染めながらはにかむウイを見てると、俺も昔は患者さんに感謝されてこんな感じだったかな、と少し懐かしい気持ちになった。
そうだ!とウイが突然手を叩く。
「エーリさん、もう少し良くなったら、リハビリがてら二人で外に出かけませんか」
「リハビリか。いいね。俺も早く歩けるようになりたいし」
何故か彼女の形良い眉が寄せられる。
「何言ってるんですか。歩くんじゃなくて、飛ぶんですよ。」
「え」
「私、とっても綺麗な所を知ってるんです。歩いて行くのはちょっと難しくて…。でも、私達なら飛んでいけますよね。」
飛んでいくって…マジかよ…
確かに背中からそれっぽいのが生えては来たけど、これ、ホントに使えんのかな。
失敗して墜落とか、勘弁願いたいんだが…
「誰も知らない穴場で…私のお気に入りの場所なんです。あの…どうですか…?」
ウイは頬を赤らめながら、僅かに俯いてそう言った。
…ここまで緊張されると、こっちも強張ってくるな。
なんか…告白されてるみたい。
「ああ、勿論。楽しみにしてる。」
「はいっ!約束ですよ!」
花開くような笑みで小指を突き出してくるウイ。
その純粋な仕草に、少しだけ心臓が跳ねる。
…ま、流石にこれを告白だって舞い上がる程俺も子供じゃないけどさ。




