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ホモ・サピエンスは邯鄲の夢を見る 〜コールドスリープから目覚めたら人類絶滅??人類最後の生き残りは医学と内政で成り上がる〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
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第二十五話「鬼退治に巻き込む覚悟」


「ロロ。私はそろそろ行かなきゃいけない。」


 御主人様は今日も優しく撫でてくれる。


「名残惜しいんだけどね。やらなきゃいけない事があるんだ。」


 窓の外では赤くなった葉が宙を舞い、少し肌寒い風が頬を洗う。

 私は御主人様の脚であり、何をするにもどこへいくにも一緒だ。

 今日は何処へ行くのだろうか。


 “俺”は御主人様に仕える喜びと共に大地を踏みしめ、身体を低く下げた。

 その日、御主人様は静かに首を左右に振った。


「ロロ、君は来ちゃいけない。」


 来てはいけない。そんな事を言われたのは初めての事だった。

 禁制と呼ばれた部屋にも、謁見の間にも、入浴場にも、寝室にも。

 何処だろうとお構いなくついて行った。


 今日だって…


「やり残した事を…やり残してはならない事を、そろそろやっておこうと思うんだ。」


 彼女は力なく笑った。いつも通り優しく背中を撫でてくれる。

 しかしその手には、明確な拒絶の意思が含んでいる事を、理解した。


 その手は以前と比べ痩せ細り、シワが増えた。

 しかし御主人様は御主人様だ。それ故に俺にとってはどうでもいい事だが。


「彼を迎えに行くには…私は…歳を取りすぎたようね。」


 御主人様は自らの手の甲を見て、困ったように笑った。


「ロロ。それじゃあ、行って来るよ。」


 またね、そう言って御主人様は俺の前から姿を消した。

 いつもよりずっと、肌寒い日だった。


 ある秋の日の記憶である。





 ☆





 何てこった。

 目が覚めた俺は、ウイから何があったのか聞いて愕然とした。


 俺はあの握手の瞬間手刀で気絶させられて、その後間もなく外に放り出されたというのだ。

 要は嵌められた…と。


 なんでなんだ。


 どう考えても上手くいく手応えだった。

 セツナも理解を示してくれていたし、狗鳴組の男達とも関係は良好で、俺についてくれていたはず。

 あの気難しそうなウンカイとも少しは分かり合えた気がしていたのに…


「…全部、俺の勘違いだったと言うわけか。」


 そりゃそうか。俺には狗鳴組の事なんて何にもわからん。

 なんでこんな事になってるのか…

 いや、その辺の機敏がわからないからこそ、知らぬ間に彼方の地雷を踏んでしまったんだろう。


 …これからってとこだったのに。まずいなぁ。


「エーリさんはこれっぽっちも悪くないです!」


 ウイはぷりぷりと怒っているみたいだ。

 彼女はカニス村から追い出された後、俺を担いでここヤタ村の上社まで運んで来てくれたらしい。

 手のひらを返された事に…というよりは俺がカニス村から拒絶され、追い出された事に対して怒っているようだった。


「あの男、だいたい偉そうなんです!エーリさんの親切心を弄んで!誰のおかげでカニス村の食料問題をなんとか出来てたと思ってるんでしょう!飼い犬に手を噛まれるとは正にこの事ですっ!!!」

「お、おう」


 飼い犬て、ウイさん、流石に言い過ぎなんじゃ…


 怒り心頭のウイさんはメイさんが宥めてくれるようなので、俺は朝飯の干し芋を齧りながら報告書に目を通した。

 メイさんはやっぱり優秀なリーダーで、俺がぶっ倒れてる間に飢餓に苦しむエフォとヤロクの為に食料を用意してくれていた。向こうは食糧難で一刻を争う状況だったからありがたい。


 ちなみに、絶食が続いた人に食料を与える時はリ・フィーディング症候群に気をつけなければならない。

 絶食状態の人が突然たくさん食べてしまうと、電解質異常を発端として心不全などを起こし、突然死するなどのリスクがあるからだ。

 その辺りもエフォ・ヤロクの人たちにはよーく言い聞かせておかないとな。

 食料に毒を盛られたとか言われちゃヤタ村の信用がガタ落ちだ。


 さて、これでやっとヤタ、カニス、エフォ、ヤロクの四村の連判状が揃ったわけだが…

 まさかカニス村の連番状がここにきて実質無効になるとはな…

 これからどうするべきだろうか。


 本来なら今日からでもホクト、セイラ、トトウ、ナンリの方に連絡をとりたかったのだが。


「私達と手を切った事で彼方は色々と交流がなくなって、物も人も全部こっちの方に流れて来ています。」

「エーリさんの力で成し得た同盟ですから当然です!彼方は自分達の力だと思ってたのかもしれませんけどっ!」


 メイさんの報告に噛み付くようにウイが言葉を吐き捨てる。

 余程悔しかったんだな。

 ウイも狗鳴組の中で段々と馴染んで来てた所だったし。彼方から絶交されたとあっちゃ仕方ないのかもしれん。

 俺はまだ実感が湧いていないのか、怒りも沸いてこないけど。


「エーリさんがいなくなったのをいい事に彼方はマクベスの城に攻め込む計画を立ててるみたいですよ。あれ程エーリさんが辞めろと言ったのに、全く、馬鹿な犬ですね!」


 ウイの言葉に驚いて慌てて報告書を読むと、犬人族達は同盟を切った後、森と山を越えた向こうにあるイズの国の分家から、屈強な犬人族の戦士を沢山呼び寄せているとの事だ。

 それも寄せ集めではない。かなり戦闘経験のある戦士らしい。

 聞くところによると、狗鳴組としてはカニス村のが本家らしいが、規模はイズの分家の方が圧倒的に上なんだとか。


 個別に山超えてくるとか逞しいにも程があるだろ。

 武器もある、ちゃんとした質の高い兵がこんなにも早く集められるから、俺たちとの同盟なんて必要無いと考えたのか…?


 いや、いくらなんでも他勢に無勢だってことくらい、少し考えたらわかる事だけどな。

 うーん、なんか引っかかるなぁ。


 とりあえず俺としてはやっぱりスーを助け出したいって気持ちで動いてるので、仮にカニス村と別行動になったとしてもマクベスとの戦争を避けるつもりはない。

 外向きの建前的には、マクベスの行った無理な食料及び金属徴収で破綻寸前の村々を圧政から解放する、ってスタンスだし。


 …まあ、俺のやることは変わらない。

 仲間を集め、戦争に備えるだけだ。

 カニス村の人達は精鋭だからめちゃくちゃ当てにしてたんだけど…。

 仕方ないか。


「どうします?エーリさん。」

「状況はわかりました。カニス村の精鋭部隊との連携は此方としても必要なので、後日また改めて仲直りの話を持っていきましょう。

 とりあえず今は時間もないので、カニス村との同盟は維持されてる程で、ホクト、セイラ、トトウ、ナンリの四村との同盟を急ごうと思います。」




 ………

 ……

 …




「よう、エーリ…ってオイ、ひっでぇ顔だな」


 俺が資料を見ているとひょっこりと現れたのはヴァンさん。

 カニス村から締め出されたと言う話を聞いて、上社に駆けつけてくれたみたいだ。

 顔…というのはウンカイに散々殴られてあざだらけなことだろう。


「ヴァンさん!お久しぶりです。」

「おうよ。聞いたぜ?あっちじゃ大変だったみてえだな。突然同盟ぶった斬られたんだって?」

「そうなんですよ。でも、こっちにはヴァンさんがいますからね、百人力です。」

「よせよ。照れちまう。」


 ヴァンさんの悪ガキがそのまま大人になったような無邪気な笑顔は、見てるだけでなんだか心が軽くなった。

 ヴァンさんがところで…と話題を変える。


「あのなエーリ。この前頼まれてた武器や鎧の事なんだが」

「ああ、あれ。どうでしたか?見つかりました?」


 ヴァンさんは周りをキョロキョロ見回して、少し声のトーンを少し落とす。


「見つけるには見つけたんだがな…一緒にヤバイもんも見つけちまってよ。」

「ヤバイもん…?なんです?それ。」


 彼は「驚くなよ?」と前置きし、一拍してから言った。


「…例の化け物の寝床だよ。」


 あの獣の…寝床だと?


「それは…大丈夫だったんですか?」

「ああ。あれは満月の時以外は基本寝てるみたいでな。武器の回収は出来なかったが…幸い誰一人襲われる事も無かった。」

「そうですか…それは良かった。」

「アイツ…獣の癖に、馬鹿でかい木の家みたいなのを寝ぐらにしてやがったよ。そうだな…うちの上社くらいにはデカいんじゃねえかな。」

「上社…それはまた…」

「なんにせよ、あんなのが近くで寝てるってわかっちゃ恐ろしくて武器も回収出来ねぇ。なんとかしねぇと。」


 なんとかしねぇと…か。


 むしろ、これは…チャンスなのでは?

 アイツが起きて来るまで…つまり次の満月まであと3日しかない。

 戦の準備をしている間、それがずっと心残りだったんだが…


 逆にあと3日は起きて来ないとも言える。

 うまく寝込みを襲えば…奴を仕留める事ができるかも知れん。

 思いがけず主戦力が削がれてしまった今だからこそ、打って出る事も考えなければ。


 同じことを考えていたのか、ヴァンさんはニカっと笑った。


「エーリ。作戦、頼んだぜ?」

「…考えておきます。」



 ☆



「それでは、出発しましょうか」


 俺の指示で人数にして10人程の鼠人族の男達が一斉に動き出した。


 俺が考えた獣の討伐作戦は、これといって特殊なものではない。

 場所がわかっていて奇襲が可能。しかし獣には生半可な刃は通らず、此方には攻める手立てに乏しい。


 それ故に、最も簡単な火攻めを行う事にした。

 なんでか知らんがその獣は巨大な屋敷の中に住んでるらしいので、出口を塞いで火で焼き尽くせば、流石に一酸化炭素中毒で死ぬだろう。

 脊椎動物なら例外なく酸欠で死ぬ。

 割とどんな動物にも効く身近な毒こそが、一酸化炭素なのだ。


 寝込みを襲って物理的に殺す作戦も一応考えたが…

 セツナですらやられる化け物に対して、ロクな武器も持たない鼠人族が何人束になっても勝ち目は薄そうだ。

 第一主戦力を獣にやられてちゃ戦も何もあったものじゃない。

 それよりは火攻めの方がより効果的だと思って、そっちに踏み切った次第だ。


 やられる時はやられるし、大丈夫な時は大丈夫。そんな博打みたいな作戦だけど。

 まぁいずれにせよ、その場にある武器を回収出来なければ戦も成り立たないので、やらないという手はない。

 いつやるか…というだけの話なのだ。

 ならば奇襲が出来るこのタイミングを逃す手はない。早いうちにやるのが吉な筈だ。


 武器の回収については…死体が放置されていたとするとかなり腐敗して悲惨な感じだと思うので精神衛生上多分無理。

 申し訳程度の革装備と訓練用木刀でお茶を濁す事にした。

 一応ヤタ村の主戦力は弓と槍で訓練しているが、弓はあの体毛に弾かれる上に槍は刺さらない。

 槍は森の中では取回しも難しいし、防御にすら使えないだろうという事で消去法の木刀だ。


 …それにしてもこう、木刀じゃやっぱ頼りないなぁ。

 手持ちの木刀を勢いよく振ってぶんぶんと音を鳴らす。

 まぁ、本物の刀だろうが奴には効かないから、ただの気休めなんだけどさ。


「上手くいくといいんだけど…。」


 ボソッと呟いた俺の言葉は空にいたウイの耳に届いたらしい。

 彼女は羽をバッサバッサと羽ばたかせながら上から降りてきた。


「エーリさん、心配せずとも、きっと上手くいきますよ。」


 にっこりと笑ったウイの手には大きな肉の塊。

 一応、失敗した時の保険として、毒を染み込ませた肉も用意したのだ。


 この毒は、大量のツチハンミョウという猛毒昆虫をすりつぶして乾燥させたものを抽出して作ったもので、少量なら薬として使えるが、高濃度なら致死性の毒となる。

 大昔、ニンジャと呼ばれる隠密が使っていたとされる古の毒。

 以前ウイと俺が狩りのために作り出した合作だ。


 大丈夫…出来る事は全部やってる。


 俺は手首に付けている麗奈の腕時計式コンピュータに触れ、自分に言い聞かせた。


 しかし、なんだかどうも心が落ち着かない。

 この感じ…いつかの医療行為と同じだ。


 皆を助けたくて、自分の出来ることは全てやる。

 でも、それが正しいかどうかの確証が無い。それが正しいとしても、上手くいく保証は無い。

 それでも、だからと言って何もやらないわけにはいかない。

 やらずに後悔するより、やって後悔する方がずっとマシだろうから。


 でも…重い。

 俺の手技一つで…人の命が簡単に消えていくのが…


「…俺の命令一つで…人の命が簡単に消えていく…」

「エーリさん…」


 おっと、つい不安が言葉に出てしまったみたいだ。

 不味いよな。俺の仕事はでんと構えている事だってのに。


「すまん。俺がこんなんじゃ…皆んなに示しが付かないよな…。」


 忘れてくれ、そう言って話を終わりにしようとした。

 するとウイが隣に寄ってきて、俺の右手を握る。


「もし失敗しても…」


 途中で言葉を切った彼女は、いえ、と言い直した。


「…重くて一人で持てない荷物なら、私も一緒に持ちますよ。」


 二人で持てば、きっとなんとかなります。

 そう言って寄り添った彼女の身体はとても暖かかった。


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