第二十四話「分家騒動は突然に(2)」
入ってきた四人は一言で言うと異質だった。
先頭を歩くのは如何にも上質な素材の服を着た背の高い犬人族の男。
絹のように上質な白い浴衣のような服装だが、ファーのようなものが付いていたり、所々金属のようなものがあしらわれていたり、袖がやたらと大きく作られていたりと、中々に個性的な格好だ。
かなり胸元がはだけた状態で着ているが…その隙間から覗かせる筋肉にはかなりの自信ありと見える。
腰の帯はベルトのような役割を果たしており、歩く度に大小二本の刀がカチャカチャとその存在感を主張する。
その半歩後ろを歩くのは三人の小柄な女性。
古代の装束である水干のような格好も目につくが、それ以上に、その身体に対して大きな漆黒の翼が異彩を放っている。
…ウイやメイさんと同じ、烏人族か。
しかも三人皆顔が同じと来たもんだ。
双子はまあまあいるけど…三つ子ってのは中々お目にかかれんぞ。
肩で風を切るように歩いているからなのか、或いはその堂々たる風格がそうさせているのか…皆が自然と左右に分かれて道を開け、男は真っ直ぐ俺の前までやって来た。
彼は俺の顔を見て、そして一言「ほう」と呟く。
「貴様は…誰だ」
「はじめまして。僕は代理で村長をしている、エーリと言います」
「そんな事を聞いているのではない」
言い終わるか否かの所で、突然側頭部に激痛が走り、視界がぐらぐらと揺れた。
気がつくと視界に映ったのは天井のみ。
俺は…倒れたのか。
…目の前の男に、三半規管を揺さぶられたのはわかる。
だが…全く攻撃が見えなかった。
…最近理不尽に攻撃される事多いよなぁ。
未だぐらぐらと揺れる視界に映った男は、見下した視線で俺に言った。
「何故。貴様のような得体の知れない男が狗鳴組を率いているのだと聞いている。」
…ああ、またそれか。
つい先日セツナを説き伏せるのに苦労したばかりだというのに。
今日はわざわざ分家の偉い人が来て説教とはな。
大の字でぶっ倒れ、自力で起き上がることすら出来ない俺を、慌てて近寄って来たウイが起こしてくれた。
「フン。軟弱者めが」
男は既に俺への興味を失ったのか、組の中をざっと見回す。
そしてため息とともに一言漏らした。
「どうやら本家には、腰抜けしか居ないらしい。」
俺が突然攻撃された事でざわついていた皆だが、この言葉で我慢ならなくなったらしい。
皆が口々に男に抗議の声を上げた。
男はそれに怯む事なく、声を荒げる事なく、静かに一言発した。
「あの豚に…お嬢が奪われたと聞いたぞ。」
言霊というのだろうか。
この男の声はとりわけ聞き取りやすい澄んだ声というわけでもないのに、他の者の声よりよく響く。
皆、息を飲んで黙り込んだ。
「よくもまぁ、のうのうとこのような場に留まっておいて、この俺に敵意を向けられるものだな。
…我先にと命を投げ捨て、お嬢を助けるのがお前らの…狗鳴組の使命ではないのか…?
…しかも…聞けば近頃、鼠と仲良しこよししているそうじゃないか。」
何も言い返せないのか、皆下を向いて俯いた。
感情論…いや、根性論だな。
…何も命を捨てるのを強要する必要は無いだろうと思う。
適当に特攻させたって無駄死にに終わるに決まってる。ちゃんと目的達成の為に組織的に動けば、それだけ仲間の被害も減るし、それこそ最善最速の達成の近道でもある。
加えてマクベスは強大だ。この地域のマジョリティーである鼠人族と連携するのは必須。
変なプライドと仲間の命、どっちを取るべきか…考えたらわかるだろうに。
男が「セツナ」と呟くと、名を呼ばれたセツナが彼の足元に歩み寄り、跪いた。
セツナが跪くのはスープルだけ。そう思っていた組の男達の中に激震が走る。
男は彼に目もくれず、あくまでも高圧的に言った。
「…お前が居ながら…なんだこのザマは」
「ウンカイ様…申し訳ありません。」
あくまでも臣下の姿勢を崩さないセツナ。セツナはスーに対しても割と砕けた口調だったので、それ以上の敬意をこの男に向けていると言うことになる。
それが如何に皆にとって衝撃的な事か、俺にすら伝わった。
セツナが本当の意味で仕えていた主は…スープルではなく、この男、ウンカイだという事だ。
男は静かに語りかける。
「この俺が納得するような弁明をしろ。」
「…」
「何を黙っている。言わねばならん事は、色々あるはずだぞ?
腑抜けた本家共の事、鼠共と手を組んだ事、このふざけた男に組を任せている事…。
さあ、どうした。早くしろ。」
「…申し訳ありません。」
「巫山戯るなァ!!!」
あくまで謝罪のみのセツナに対し男は突然声を荒げ、彼の腹を足で蹴り上げた。
「貴様まで…貴様までもが本家の色に毒されたか!!
俺は…俺達は…こんなどうしようもないクズの集まりに代紋を譲ったのか!?オイ、なんとか言え!!」
「グフッ…も、申し訳…ありません…」
人を蹴る鈍い音だけが、この場を支配する。
いつもなら誰かが止めに入る筈だが…セツナがどの立場にいるのかわからなくなって、皆どうしたらいいのか分からなくなっているのだろう。
やがて男は後ろに控えていた三人の女性に止められ、蹴るのを止めた。
はぁはぁと荒い息を吐きながら、彼は呟く。
「こんな不甲斐ない本家の奴らに、お嬢を好きにさせた俺が間違っていた。」
精神的に憔悴しきったような顔で、男は続けた。
「これからはこの俺、狗鳴組分家頭首のウンカイが、本家の指揮をとる。」
ウンカイの宣言に意を唱える者は誰もいない。
これが妥当な継承なのだろう。
本家の指揮を取る筈のスーが居なくなった以上、ナンバーツーが出張ってくるのは当然だ。
ナンバーツーを差し置いて、こんなどこの馬の骨ともわからん余所者の俺が指揮するなんて事は普通に考えてあり得ない。
…ここで俺の役目は終わりってことか。
そう思ったが。
ウンカイが次に言い放った言葉は、耳を疑うレベルのものだった。
「今晩。奴の城に奇襲をかけ、お嬢を奪還する。」
今晩、というあまりに突然の事に皆が驚き、ざわざわと場が沸き立つ。
武器もない。セツナも負傷している。人も足りない。
こんな状況で、どうやって奇襲を成功させるというんだ。
そもそも奴の城の守りの数は?そこまで行く経路は?城の間取りは?
不確定要素が多すぎて、全く持って無謀な賭けとしか思えない。
では…仮に成功した後はどうだ。
戦えない者は村に残っている。その奇襲の反撃をくらうのは彼らじゃないのか?
食料問題もある。今、どの村にも今年の冬を越せるだけの食料が無い。
マクベスの城の蔵を開けずして、彼らには飢えて死ねとそういうのか?
…ウンカイの指揮は、とてもじゃ無いがまともなものとは思えない。
ふと、ヴァンさんの言葉が思い出される。
上に立つほど、守らなければならないものが増えると。
コイツはスーを奪還する事しか考えてない。でも、それだけじゃダメだ。
守らなきゃいけないものは…彼女が守ろうとしたものは、もっと沢山ある筈だ。
上に立つ以上、もっと広い視点で見なければならない筈だ。
…やはり…まだこの場を譲るわけにはいかないみたいだな。
俺はそう確信し、ウイに支えてもらいながら立ち上がった。
「今晩の奇襲は悪戯に敵を刺激するだけ。悪手中の悪手です。」
皆の視線が集まる。セツナも目を丸くして俺を見ていた。
この場で、この空気で、まさか意を唱える者が居るとは思わなかったのか、ウンカイは煩わしそうに俺を睨みつけた。
「…なんだ貴様。」
「さっき言いましたよ?代理で村長をしている、エーリです。」
挑発すると、ウンカイはツカツカと俺の前までやってきて、思いっきり俺の腹を殴った。
あまりの衝撃に壁まで吹き飛ばされ、背中を強く殴打する。
グフッ
マクベスよりも軽いが…刺すように痛む。
横隔膜が痙攣し、息が止まりそうになる。
だが…今は呑気に寝ているわけにはいかない。
「…貴様、この俺を、馬鹿にしているのか?」
「…代理で狗鳴組の指揮を任されている身として…失敗するとわかっている事を許容は出来ません」
「お前にッ!!許す許さないを語る資格は無いッ!!」
追加で数発拳を叩き込まれる。
苦しい。死ぬかもしれない恐怖心が湧き上がる。
退くな俺。
この男に指揮を任せたら、みんな死ぬ。それでいいのか。
「…そこを退け。」
「退きません…。お嬢が帰ってくるまで、僕がこの席を守ると、そう誓ったので。」
「…元々お前の席は無いと言っている。どうやら口ではわからんらしいな。」
徹底的に俺の心を折るつもりらしい。
鬼のように歪んだウンカイの顔が視界に入っては消え、入っては消える。
何度も何度も全身を殴られて、最早立ち上がる事が難しい。
呼吸が苦しい。
頭がぐらぐらする。
痛みで気が遠くなる。
やがて永遠のように感じた猛攻は止まった。
「…これでわかったろう。お前のような軟弱者に、その場に立つ資格はないと言うことが。」
どこかから声がする。息を荒げたウンカイの声だ。
ここで気を失ってはダメだ。
俺は死ぬ気で遠ざかる意識を引き寄せる。
「…死んでも、この場は譲らない。」
「…!?まだ立つと言うのか…。」
霞んだ視界に、ウンカイを捕らえる。
彼の呼吸は荒く、彼の拳からは鮮血がポタポタと垂れていた。
あれは…俺の血か。
どこかからもうやめて、と泣きそうな声がする。
しかし…奴は止まらない。俺がこの場に立つ限り、俺が息をする限り、奴は攻撃をやめない。
奴は、奴なりの正義に則って拳をふるっているのだから。
「…死ぬ覚悟は出来ているようだな。」
ウンカイは腰低く下げ、とうとう刀に手をかけた。チャキっと金属音が耳につく。
明確な、抜身の刀のような澄み切った殺意。
俺が身動きする間も無く、彼の体はブレてかき消え、その刀身が俺の首へと吸い込まれる。
これは…瞬歩と一閃。
死が目前に迫り来るのを感じた。
そして…
ガイン!
刀は俺の首に達することは無く…
目を開けるとそこには、満身創痍にもかかわらずウンカイの刀を軽々弾いた…
セツナの姿があった。
「…何のつもりだ。セツナ。」
「…この者には、命を救われた借りがあるので。」
セツナは刀を鞘に戻し、粛々と言った。
「この男…エーリには確かに資格は無い。しかしその覚悟は本物です。ウンカイ様にも、それは伝わった筈」
「何を言う。覚悟だけで我らの代紋を背負える筈がない。我らの組を率いる理由にはならない。」
「…見て下さい。周りを。」
怪訝な顔で、ウンカイは周りを見渡した。
彼の周りにはお付きの三人の女性のみ。
俺の周りには…組の男達全員が、ウンカイの刀から俺を守るように、立ちはだかっていた。
「ば、馬鹿な…何故皆俺ではなく…その男に付く…。コイツは…犬人族ですら無いのだぞ…?」
「ウンカイ様、大切なのは血では無いと、先先代は言いました。…不詳この私にも、先日その意味がわかりました。」
戸惑いを隠せないウンカイに、セツナは語りかけた。
「…エーリは刀すらろくに扱えない非力な男。青臭く、甘い、未熟な面もある。しかし彼は…我らを引き付け、自然と引っ張っていく不思議な魅力を持っている。
勝手に彼に人がついていく。そこに理由など…資格など不要なのです。」
「…それが…そんなものが…狗鳴組の頭の器だとでも言うのかッ…!」
「…ええ。…そうかもしれません。」
「…セツナ」
…なんだ、セツナ、そんな風に思ってくれてたのか。ちょっと嬉しい。
ともあれなんか知らんがいい雰囲気になってるな。
ここで一気に攻めるか。
「確かに、僕にこの組を率いる力はありません。でも、お嬢…スープルさんを助けたいって気持ちは本物です。そんな僕に、皆が力を貸してくれているのです。」
「…貸す…だと…?」
「そうです。ウンカイさん、お嬢を助ける為…貴方も僕に、力を貸してくれませんか。」
俺が歩くと、皆が道を開けてくれる。
俺はウンカイに、右手を差し出した。
「率いるでもなく、継ぐでも、従えるでもなく…皆が勝手に付いてくる…ね…」
ウンカイは血に濡れた右手を眺め、フッと自嘲気味に笑った。
「…俺の負けのようだ。こうも…器の差を見せつけられてはな。」
ウンカイはそのまま右手を差し出し、俺の手を硬く握り…
その瞬間、強い衝撃が後頭部に走る。
一体、何が…
「雑魚の癖に…デカい口だけは一丁前だな」
俺の意識はそこで途切れ、気を失った。
最後に見えたのはウンカイの、冷たくも憂いを帯びた瞳であった。
☆
瞬きする間に手刀を当てられ、エーリがその場で崩れ落ちた。
「ウンカイ様!?何を…」
セツナは即座に倒れたエーリに駆け寄り、吠えた。
セツナの目から見て、ウンカイはエーリを認めたように見えた。
それに加えて、ウンカイはこのような騙し打ちのようなやり口を好まない性格のはず。
それなのにどうしてこんな事になってしまったのか。
セツナだけではない。この場にいるほぼ全てのヒトが混乱していた。
ウンカイはセツナの質問には答えず、地に伏したエーリにあくまで冷たい目を向けて言った。
「そいつを…村の外へつまみ出せ。」
「ウンカイ様、どうしてですか。この者は…」
「五月蝿い!!!黙って俺の言う事を聞け!!!」
ウンカイは有無を言わさぬ形相で命令した。
「我々は勇敢で、強い!!こんな雑魚の力など我々には不要だ!!」
「いやしかし…」
「ではなんだ?コイツらの力を借りなくては我々には何もできないとでもいうのか?」
「そ、それは…」
「戦闘民族として名高い我ら犬人族が総力を上げて、成しえない事などあるはずがないッ!!こんな雑魚共との馴れ合いなど不要!いや、狗鳴組の誇りにかけて、あってはならんのだ!」
犬人族は上下関係に特に厳しい種族である。
故に、スープルがいない今、ウンカイの言葉に刃向かえる者など此処には居ない。
皆が混乱したままその言葉に従い、程なくしてエーリ、ウイ、そして農業の技術協力のために訪れていたヤタ村の鼠人全員がカニス村の入り口、いや出口に放り出された。
邪魔者は消え、ウンカイは代紋を背に指揮を取る。
「これよりイズの狗鳴組と連絡を取る。屈強な戦士を集め…人数が揃い次第、奴の城へ奇襲を仕掛けるぞ!」
此度のウンカイの命令により、これまでエーリが築いてきたヤタ村カニス村の同盟はたち切れた。
同盟を結ぶ約束を取り付けたエフォとヤロクとの連絡も一方的に断ち切り、カニス村は完全に孤立して行くのだった。




