第二十三話「分家騒動は突然に(1)」
季節は夏。
昼間いくら蒸し暑かろうと夜の山は肌寒い。
満点の星空の下。少女は御主人様と二人、焚き火を囲んでいた。
首を焼かれた時のショックの為か、少女は喋ることが出来なかった。
それ故に二人の間に言葉はない。
私は御主人様の役に立っているだろうか。少女はふと、自問する。
思い返して見れば、御主人様が頼りにしているのは、”私”ではなく”彼”なのだ。
私自身にはなんの力もなく、何の役にも立っていない。
御主人様がそれを気にした様子は無いが…少女も”彼のように”どうにかして彼女の役に立ちたいと思った。
グヴゥゥゥ…
初めは森の獣の唸り声を警戒し、周囲を見渡した少女だったが、その音が御主人様のお腹から発せられたモノだということに気付くのにそう時間はかからなかった。
目を丸くした少女に対し、御主人様は珍しく頬を赤らめて、「まいったな」と頭の後ろを掻く。
そういえば、御主人様は大抵の事には精通しているが、どういうわけか料理に関してはからっきしだ。
ならば、と少女は張り切った。
私が御主人様の為にご飯を作ろう、と。
夜の森、彼の力を借りて狩って来た獣の肉を、試しに焚き火で焼いてみた。
黒くこんがり焼けて煤もついて、とても美味しそうだ。
少々焼きすぎたせいで一部真っ黒で固そうだが、ご飯は歯応えが命。問題はないだろう。
御主人様は私の頭を撫でて、泣きながら美味しいと言ってくれた。
また作ろう。少女の尻尾は千切れんばかりに左右に揺れていた。
なお、御主人様はその後直ぐに丸くなって就寝し、昼まで起きて来なかった。
ある夏の夜の記憶である。
☆
カニス村とヤタ村が手を組んで、反乱の企てをしている。
その情報はマクベスの耳にも届いていた。
マクベスはそれを聞いて焦るでも無く、怒るでも無く…
腹の脂肪を揺らしつつ、高らかに笑った。
「クフフ…フハハハハ!!悲しいかな!!土を耕すしか能のない家畜共は、力の差すらも理解出来ないようだな!!」
「…嘘…そんな…」
刺激的な格好を強要され、マクベスの側で立っているのはかつてのカニス村村長、スープル。
彼女はマクベスの側に居るからこそ、理解していた。
この男の財力は本物で、兵の数も装備もまるで格が違うと言うことに。
しかしそれ以上に…この男には絶対に喧嘩を売ってはいけない理由がある。
“あの最恐の存在”がこの男に付いている以上、子供の喧嘩に大人が本気にはならないように、このマクベスという男にとって村の反乱などどうという事は無いのだ。
そしてそれは油断であっても慢心では無い。
二村が手を組んだ所で…否。例えどれ程の村が、国が集まった所で、この力の差を覆す事は出来ない。
木の枝ではどう足掻いても刀には勝てないのだ。
マクベスは側に立っているスープルを強引に抱き寄せ、その脚を指でなぞりつつ言った。
「なぁ、狗鳴の娘よ。反乱を先導しているのは、あの生意気なエーリとかいう男だそうだ。」
「…ッ!?エーリ…どうして…」
「クフフ…知っておるぞ?其方、あの男の事が好きだったのであろう?」
「…」
反応してはならない。そう頭ではわかっていながらも、スープルの身体は余りある嫌悪感から自ずと反応し、その指から逃れようと身体をよじってしまう。
スープルはマクベスに拉致されてからもう一週間ほどこの城で生活しているが、どういうわけかこのような嫌がらせのみで、実際に犯された事は未だに無い。
女官が犯される所を目の前で毎度見せられ、いつ自分の番が来るのかと日々怯えて暮らしていた。
「フフ。何故犯されないのかと不思議に思っておるのか。」
「…」
「言ったであろう。其方には我が子を孕んでもらうと。それ故に、其方の日を待っておるのだ。」
「…ッ」
生理的嫌悪感に思わず顔が歪む。
「あなたには…既に沢山の子がいるでしょ」
「何を言うか。あんな汚らわしい血の混ざったものなど、吾輩の子では無い。吾輩の子は…其方のような高貴な血との間にのみ、生まれるのだ。」
「…ふざけないで!!人をまるで…子供を産む道具のようにッ!!」
「…おおぉ…その顔だ!!生意気な其方が恐怖に怯えながら気丈に振舞うその姿ッ!!それだけで三人…いや五人は抱けるぞ!!」
恍惚とした表情で悶える豚に、ゴミを見るような視線を向けるスープル。
しかしそれすらも、マクベスにとってはご褒美なのであった。
「…あなたのような男が…高貴なものですか…」
人を高貴足らしめるのは、その身に流れる血故では無い。
強者に屈せず、弱きを助ける。そんな誇り高き生き様を、高貴と呼ぶのだ。
スープルは昔よく聞かされた祖父の言葉を反芻した。
「…!!今、良い事を思いついたぞ。」
興奮の余りブリッジの体勢だったマクベスが、嫌らしい表情でスープルを見た。
ろくでもない内容に違いない。スープルはただ、耳と心を閉ざす準備をする。
しかし…
「そのエーリとかいうゴミを…殺さずに捕らえるのだ。」
エーリという言葉につい反応してしまう自分を恨んだ。
そして…
「…其方の純潔は…あの男の目の前で、犯してやるとしよう。」
最早スープルには目の前の男が人に見えない所まで来ていた。
誇り高き犬人族、その中でも有数の戦闘民族として名高い狗鳴組の頭であるこの自分に汚い手で触れるだけに飽き足らず…
見苦しい姿を、あろう事か一番見られたく無い人の前で見せなければならないと言うのか。
一体どこまで…誇りを汚せば気が済むのか。
「クフフ。其方まだ生娘であろう?吾輩のは痛いぞ?嫌がる其方の姿を、あの男に見せつけてやろうぞ。」
スープルは、かつてない程の屈辱に震えた。いっそその前に死んでしまおうか本気で考える程に。
マクベスはスープルの身体が震えている理由が、犯される恐怖によるものだと考えたらしい。
下卑たニヤケ面でスープルの反応を見ている。
反応するな。心を殺せ。
いつもなら出来ていた筈なのに。
エーリと村の皆に危険が迫っていると知ってしまった今となっては、あまりに困難な事なのだった。
「おい。聞いていたか?”大陸の悪夢”」
「…」
マクベスの声に応じてどこからともなく現れたのは、漆黒のローブを纏い、全身真っ白な包帯で包まれたまるで存在感の無い男。
しかしスープルは知っている。この男がいる限り、何人が束になった所でマクベスに勝利する事は不可能だという事を。
この男を敵に回すとどんな恐ろしい事になってしまうのかを。
仮にセツナが万全の状態で挑もうと、この男に勝利する事はあり得ない。
「…どうして…こんなことになってしまったの…」
「何を今更。弱き者は蹂躙される。この世の常では無いか。」
マクベスが高らかに笑う中、スープルは力なくその場に崩れるのだった。
☆
戦をすると腹が決まってからは、やる事が山積みだった。
どうせ俺達がやる気だって事は遅かれ早かれあっちにも伝わるんだ。
下手したら既に伝わっているという事も考えておかなければ。
何をするにも急いで取り掛からなくては、逆に今彼方から攻められたらひとたまりもない。
まず第一に手をつけたのは、兵の編成だ。
まずは四人一組でチームを作る。
それを四つ集めて分隊、分隊を四つ集めて小隊、小隊を四つ集めて中隊というように、簡単な分類を作っておく。
これで、分隊は16人、小隊は64人、中隊は256人となり、それぞれ分隊長、小隊長、中隊長という形で統制を取ってもらう。
…こうでもしないと俺の指示が届かないだろうし。
これをやってて顕在化したのが…圧倒的な戦闘員不足だ。
現在戦う意志があるのはヤタとカニスの二村のみ。
人数で言えば、戦えない人を合わせても200人行かないくらいだ。成人男性とすればたったの80人程しか居ない。
要はヤタとカニス合わせても小隊一つ程しかいないというわけ。
マクベスの私兵が何人居るのかわからないが…現在の人数では不十分なのは間違いない。
とは言え俺の統率力ではあまり人数が増えすぎても統制し切れないかもしれない。
少数精鋭部隊がなんかが加わってくれたら良いんだが…そんなものその辺の村人に要求するのは間違ってるか。
とりあえず、交流のある近くの村、エフォとヤロクには先日手紙を送った。
二村は獣害事件の被害者を多く出しており、食料難と獣害の恐怖に加え、例の刀狩で満身創痍だ。
何もしなければ飢えて死ぬだけとあれば、積極的に俺達の陣に加わってくれるだろう。
今日これから、その二村に直接足を運んで返事を聞くと同時に挨拶に行こうと思う。
俺が行く必要は無いのだが…俺には戦に巻き込む責任がある。直接出向いて、せめてもの誠意を見せておかないとな。
…無いとは思うが…既にマクベスに付いているという可能性も捨てきれないし。
他の村にも助力の手紙送りたい所だが、その二村以外は獣害の被害も軽く、戦に踏み出す理由が薄い。
尚更手紙を渡すより俺が直接出向いてお願いするべきだろう。
差し当たって俺が目星を付けているのは…少し離れてはいるが交流がある、ホクト、セイラ、トトウ、ナンリの四村だ。
その四村には、俺達に勝機があると見せる必要がある。従って、ヤタとカニスに加え、エフォとヤロクの連判状を揃えてから行こうと思う。
何にせよ、今日のエフォ・ヤロクの返答を聞かないと何も始まらん。
「ウイ、それじゃ行こうか。」
「はい!」
少々遠くても、ウイの翼があればひとっ飛びだ。
ものの一時間程度で着くだろう。
☆
「…エーリさん…?」
「ああ…」
エフォ・ヤロクの二村から帰ってきた俺達は、思いっきり衝撃を受けていた。
二村共、ロクに食べるものが無いのか、村人みんなガリガリに痩せていたのだ。
痩せているだけならまだ良い。
元気無く横になって寝ている者…寝ているのか死んでいるのか…周りにハエが飛んでいる者で道が溢れ…
子供は目の色を変えて木の皮を剥き、草の根をしゃぶり、女性は物乞いのように己が子を貰ってくれと縋り付いて来た。
自分では子供を食わせてやれないから…あんな必死に頼んできたのだろう。
本当はそんな事したくないだろうに…。
俺が以前診察した事のある人も何人かいた。
マクベスに全てを奪われたと言って、泣いていた。
奴から食料を取り戻せなければ、村人全員が餓死するのは間違いないと。
その為に力を貸してくれと頼まれた。
あの様子だと…きっと餓死者も相当出ているに違いない。
下手したら…その餓死者は…
いや、これ以上考えるのはよそう。
「…酷い有様でしたね。」
「ああ。二村共一応戦に加わるとは言ってくれたが…それ以前にやるべき事がありそうだ。」
とにかくあの二村の村人には食料を与えなければならない。
ヤタ村、カニス村の食料事情はあの二村と比較すれば格段にいい。
とは言えそれも、飢えはするだろうが、餓死は無い程度のものなのだが…やむを得ない。
これも、なけなしの食料を税として全て奪っていったマクベスのせいだ。
自転車営業だが…戦に負ければどのみち終わりだ。戦に勝って、取り返すしか生き延びる道はない。
「もう冬目前だ。今から農業だなんだと呑気な事をやっている余裕は彼らには無い。
…苦しいが…俺達の備蓄を切り崩して彼らに与えようと思う。」
「…エーリさんらしいです。」
「じゃあ、組の皆を呼んでくれ。流石にこれは、皆にも了解を取らないとな。」
「はい。」
組の皆にも事情を説明した。
一部難色を示す人も居たが、概ねみんな了解してくれたようだ。
…難色を示した人は、鼠人に食べ物が取られるのが気に食わないらしい。
犬人族と鼠人族が仲悪いの、いい加減克服してほしいもんだけどなぁ。
これからもっと鼠人族の仲間が増える。
というか、ここカニス村以外の村は殆どが鼠人族なんだから、克服してもらわないと困る。
「ウイ、ヤタ村の蔵からも食料出してもらえるよう、メイさんに伝えてきてくれるか?」
「任せてください」
よし。じゃあ早速食料を積んで、エフォとヤロクに送るか。
そう思って皆に指示を出そうとした時だった。
「エーリさん!!た、大変です!!」
広間にけたたましい様子で入ってきたのは伝令係。
背筋がゾワっとして、鳥肌が立った。
…なんだ?
嫌な予感がするが。
まさかマクベスか…いや、それは流石に早すぎる。
…落ち着け。皆の前だ。
俺が慌てふためいたら、皆にも動揺が広がってしまう。
心では動揺しながらも、外面だけは余裕のある感じで答えた。
「落ち着いて報告して下さい。どうしました?」
なんかこんなの、前にもあったよなぁ。
前は隣に、スーがいたっけか。
ウイに言って水を持ってきてもらい、落ち着くのを待つ。
落ち着いた伝令からの報告は、思いもよらないものだった。
「…イズの分家が、村に乗り込んで来ました!!」
「…分家…??」
なんだそりゃ。
分家って…そんなのあるなんて、俺聞いてないぞ?
俺は目の前に座っているセツナに説明をしてもらおうと、彼の顔を見た。
「…なん…だと…?まさか…ウンカイ様が…」
彼ともあろう者が、目を大きく見開いて、激しく動揺しているように見えた。
他の者達もザワザワと落ち着きがなくなっているが…
見た感じ、恐れているというよりは困惑している、に近い感じだな。
何にせよ、新参の俺にはさっぱりだ。何がどうなったってんだか。
「セツナ、分家というのはなんですか?」
「俺達狗鳴組は…昔とある理由から二つに分かれた。こっちが本家、そしてもう一方が分家だ。」
「…仲悪いんですか?」
「そうではない…そうではないが…考え方が少し違うのだ。」
考え方か…そういうのが一番仲悪くなる原因なんだよなぁ。
ともかく、なんでわざわざ今この村にそいつらがやってきたのか、真意を聞いてみないとなんとも言えん。
見た感じみんなもよく分かってなさそうだし。
「人数は?」
「確認出来るのは、四人です。」
「わかりました。その人達をここに案内してください。」
「はい!」
取り敢えず…直接会って話してみるか。




