第二話「寝ぼけた浦島に昔話を」
@旧名古屋地区.地下研究所入江研究室
そうだ。思い出してきたぞ。
俺はあの日、あの後麗奈と二人で寝た。
文字通り寝た記憶まではある。
しかし…そこから先の記憶が無い。
暫く考えてみたが、いくら頭を捻った所で、その記憶の断片すら全く掴むことはできないようだった。
…どうやら今はダメっぽいな。
またいずれ思い出せるかもしれないし、俺はとりあえず現状に対処する事にした。
暗所に慣れてきた目で辺りを見渡してみる。
そもそもここは何処なんだろう。慣れ親しんだ地下施設の一部なんだろうか。
明かりを付けないとなんとも言えないが、俺はこの部屋を…よく知らない気がする。
とにかくこの部屋から出て、誰かに話を聞いてみるか。
麗奈や知り合いを探さなきゃならんし。
かなり広い部屋だったが、痩せ細った脚でよろめきながらもなんとか前進し、壁伝いで出口らしき扉にたどり着いた。
ここが研究室なら入るにも出るにも認証が必要だ。
認証板は…あった。
振り回せば折れそうな俺の腕、その先の骨と皮しかない手を認証板にかざした。顔認証はこの分だとダメそうだが、DNAは基本的に変わらないはず。
(顔認識エラー。DNA判定中…No.007来栖英理と99.9%以上一致。顔認証のデータを訂正。認証完了。)
良かった。認証できたということは、ここはどうやら地下の研究施設の一部らしいな。
ガチャッと音が鳴って、ロックが解除された。全体重をかけて重い金属製の扉を開く。
ギリギリと嫌な音が鳴った。
立て付けが悪くなっているのか…?
扉の先は、この部屋と同様に真っ暗だった。僅かに赤い非常灯の明かりが灯っているのみで、とてもじゃないが誰かが歩いているような感じじゃない。
…一体、この研究施設に何が起こったんだ?
何か事故が起こって…という訳でもなさそうだ。特に壁や床に破損している箇所は無さそうだし、先の部屋では謎のカプセルにちゃんと電力が通っていたようだったから。
それなのになんで廊下の電気を付けないのかは全く持って謎だが…。
俺は生まれてからずっとこの地下施設内で生活してきたが、こんな奇妙な雰囲気の施設は初めてだ。
見慣れない光景に僅かに恐怖心が芽生える。
いや…怖がってる場合じゃない。俺はもう父親なんだからな。
早いとこ麗奈と合流しないといけない。
非常灯を頼りに壁伝いで歩いていく。
研究施設はどの階層も同じ作りなので、迷うことはない。
とりあえず階層を跨ぐ内部エレベーターを目指す。
俺と麗奈の共同研究室は地下10階。最下層は食料品保存庫になっている11階だから、ここは多分10階より上なはずだ。
少し時間はかかったが、内部エレベーターのセキュリティに到達した。
不気味な事に、これまで全く人の気配がなかった。それどころか、一部扉が空いたまま放置されている部屋すらあった。
パッと見た感じ荒らされている様子は無かったが…。
色々と気にはなるが、まずは俺たちの研究室に行くことが先決だ。
麗奈が何処にいるのか、まずはそれを突き止めないと。
焦る気持ちを押し殺し、認証板に手をかざした。
いつも通りの機械音声が流れ、エレベーターに乗り込む。
表記されている階層は…11階…?おかしいな。ここは食料品が置いてあるはずの場所じゃないか。
どうなってんだ。
謎が深まるばかりだが、とにかく10階のボタンを押す。
カゴン!と大きな音を立てて登り始めた。…こんな音しなかったはずだけどな。
なんの気無しに手の平を見て、ゾッとした。
…なんだよ、埃だらけじゃないか。
掃除のロボットは何やってんだ…?…いや、そもそもそういう問題じゃないのかも。
俺の中で、さっきの部屋で見た謎のカプセルと中で眠る人、538年という表示がフラッシュバックした。
まさか…まさかな…。
10階に着いた。
出来る限りのスピードで俺たちの研究室に向かった。
認証板の上に手をかざす。よくみると認証板の上にも埃が積もっているようだった。
(No.007来栖英理。認証完了。)
急いで中へ入った。
部屋の中は真っ暗で、誰もいないようだった。入り口付近の照明を付けて、大きな声で彼女の名を呼んだ。
「麗奈ァ!何処にいるんだ!いるなら返事してくれ!」
突然大きな声を出したからなのか、それとも埃か何かを吸い込んだからなのか、ゴホッゴホッと咳こんでしまう。
「ハァ…ハァ…麗奈ァ!!」
ここまで歩くだけで相当無理をしていたのか、かなり呼吸が苦しい。
何度か必死に呼んではみたものの、どうやら返事が返ってくる事は無さそうだった。
一体…何処に行ってしまったんだ…。
嫌な想像を頭から払拭しようとしても、その予想は一定の説得性を持っており、中々振り払う事は難しかった。
あの日麗奈と晩ご飯を囲んだ椅子に座り、ただ、己の無力感を嘆く。
「麗奈…何処に行ったんだよ…」
その時突然、待ち望んでいた声が帰ってきた。
「やぁ、英理。挨拶は久しぶり、が適切かな。」
「なっ!?麗奈!?今何処にいるんだ!無事なのか!?」
俺は喜びのあまり立ち上がってキョロキョロと辺りを見渡した。
研究資料の上に無造作に置かれている一つの機械から、彼女の立体映像が投射されているのが目に入る。
何か連絡を取り合える機械なんじゃないかと思った俺は、立体映像に向かって様々な質問をとめどなく投げかけた。
しかし、立体映像は俺の言葉に反応する事はなく、彼女はいつも通り研究者モードの淡々とした口調で、一方的に喋るだけだった。
「キミのことだから、今頃必死にボクのホログラムに向かって質問を投げかけてるんだろうけど、このホログラムはただの映像記録だ。本物のボクはその場にいない。」
「そんな…」
俺のショックなどお構い無しで、麗奈の映像はどんどん話を続けた。
「さて、キミも色々と聞きたいことが山積みだろう。さぞ混乱してるだろうと思う。そんな未来のキミのために、この記録を残す。
…この記録はボクの人間としての醜悪さと非合理さを赤裸々に語るものでもある。キミの前でそれを告白するのは少々辛いものがあるが、どうか最後まで聞いて欲しい。」
☆
ボクがトミタ財団からあの話を持ちかけられたのは、この記録を取る3ヶ月ほど前だ。
先に言っておきたいのは、初めは協力するつもりなんて毛頭無かったって事だ。
なんの話だ、と思っているね?
勿体ぶるつもりは無いが、これからの話は心して聞いてくれ。
平たく言うと、人類が地球の支配者に再び返り咲く為の計画。
細かな理論は長くなるので省くが、人類が種として逆転勝利する為の大規模なプロジェクトだ。
キミは興味ないと笑うかもしれない。ボクも初めはそうだった。
だが聞いてくれ。
これがボクが加担した。悪魔の計画だ。
概要を説明しよう。
計画は二本柱だ。
一つ、ヒトが高濃度魔素環境に適応出来る進化の道を探る。
二つ、ヒトが地球の支配者になる為、地球の環境を整える。
よくわからないだろうから、更に細かく説明しよう。
一つ目についてだが、そもそも魔素が毒とならない動物というのはこの地球上に沢山いる。
従って、その原理を解明できさえすればいずれ人間も魔素を克服し、問題は解決出来ると考えられている。
一番の問題は時間だ。
人類にはとにかく時間が無い。
出生率低下や短命化、医療器具や薬剤の不足によって人口は加速度的に減少し、教育環境も杜撰なお陰で優秀な研究者の絶対数も絶望的に少ない。
何もしなければ間違いなく種として絶滅する。しかもそれは、そう遠く無い未来の話。
そこでトミタ財団が密かに研究していたのがシナプシス・ドリーム・システム、通称SDSだ。
キミがさっきまで入っていた妙なカプセル。あれのことだよ。
コールドスリープというのを知っているよね?冷凍保存しておくと死なずに長持ちするというアレだ。
タイムマシンと並んで不可能と思われていた技術だけど、実はそれを擬似的に実現する事にはすでに成功していたんだ。
このSDSは人間を仮死状態まで冷凍し、なおかつ死なないよう維持するだけじゃない。
同じくカプセルで繋がれた人間の複数の脳を単一のニューラルネットワークのように連結させ、SDS内の複数の人間の脳内に単一の仮想空間を構成するんだ。
情弱のキミにもわかりやすく説明すると、フルダイブ型のゲームに潜りながら、通常では考えられないほど長期間生命活動を維持できるという感じだ。
キミ以外にカプセルの中で眠っている人が居なかった?その人は寝ているように見えて、現在進行形で仮想空間の中で生きているんだよ。
彼らは仮想空間の中で、今もヒトが魔素に適応出来る方法を探っている。
寿命もリソースも尽きる事がない、正に理想的なシュミレーション研究空間。
実は、キミもついさっきまでその仮想空間を体験していたんだよ。
覚えてないだろうけどね。
ここまでは前座、問題なのは二つ目だ。
さっきボクは地球の環境を整える、と言ったね。
その為に…ボクは人間と動物のキメラを作った。
もちろん従来あったような、ヒトの耳が体から生えたマウス、なんて生優しいキメラじゃない。
あれは…端的にいうと亜人だ。
基本的に人間に近い思考と行動を持ち、獣としての本能を理性で抑える事ができる程知能が高い。
おまけに動物としての魔素環境の適応能力も持ち合わせている文字通りの超人だ。
財団の力だけでは、キメラにありがちな先天異常や生殖能力欠如個体の出現などの問題が解決出来なかったらしい。
ボクは財団に協力し、それら問題をクリアした新たな生物種としての亜人を作った。
彼らはまもなく外の世界に開放され、自由に生活を始める予定だ。
高濃度魔素環境で外の生態系は災害前の従来のそれとは違うものになってるだろうけど。
彼らは頭がいい。その上身体能力もヒトとは比にならないほど高い。
人間が地球を征服したように、彼らがいずれこの地球の支配者となるのは時間の問題だろう。
なんでそれが環境を整える事になるのか、と思ったかい?
彼らはね…ヒトという種に絶対服従なんだよ。
仮想空間を通して新たな研究が進み、ヒトが魔素に適応出来た暁には、既に亜人が地球を支配しているだろう。
ヒトはただ一言、その席を寄越せと命じるだけでいい。
亜人という大量の労働力にも期待できる。言葉を選ばす言うと、奴隷だね。
つまりこれはそういう計画なのさ。
…キミはあの日、神は居るか、と尋ねたよね。
神は居ない。
だけど、悪魔は居るよ。
人間だ。
科学の発展は神の御技と見紛う程になり、人間は謙虚さを忘れ、傲慢になった。
生命倫理を冒涜するこんな悪魔の計画に、殆どの研究者が諸手を挙げて拍手喝采した。
…結果的には、ボクもそのうちの一人ということだ。
…次に、どうしてボクがキミに何も言わなかったのかを説明しよう。
英理。キミは研究者である前に、医者だ。
キミは兼ねてから科学と倫理の折り合いについて悩んでいたよね。
倫理観が強いキミが、この計画に賛同する事は無いだろう。それ故にボクからは何も言わなかった。
それは財団も承知していて、有能でかつ反対分子と思われるキミが知りすぎると、消される恐れもあった。
彼らはこの計画に本気みたいだったからね。
だからボクは…キミが寝ている間に、SDSに運ぶよう指示したわけだ。
キミは奴らにとっても無意味に殺すにはあまりに惜しい人材だったし…大人しく寝ている君を殺す程、彼らは鬼じゃないからね。
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、ボクが加担した訳についても説明しておくよ。
ボクはね、ついこの前までは別に人類がどうなろうが知った事じゃ無いと思ってたんだよ。
ボクはホラ、あんまり他人に興味が無いから。
冷たいよね?たまに自分が嫌になるよ。
でもね…2ヶ月ちょっと前かな…。
少し体調が優れないとは思ってたんだけどね、妊娠が発覚したんだ。
色々あって直ぐに伝えられなくて申し訳ない。
…母親というのは面白いものでね、ボクみたいな芋女でも、一丁前にお腹の子の将来とか考えてしまうもんなんだよ。
終わりゆく人類の難題の重みに耐えかねて、辛い思いをしないよう。
この子の将来、より良い世界で、幸せに暮らしてほしい。
そんなボクのエゴが、悪魔の計画に加担しろと囁いたんだ。
どこまでも自分勝手だと思う。別にそんな事お腹の子に頼まれたわけじゃ無いのにね…。
今でも何が正しかったのか、わからないんだ。
出来ればキミと議論したかった。一緒の選択をできたら良かった。間違ってるなら、そう言って欲しかった。
なんて…キミに選択の余地すら与えなかったボクが言っていい事じゃないよね。
忘れて欲しい。
…これまでの話は、キミにとっては全て過去の話だ。
これからはもっと建設的な話をするよ。
自分が出てきたカプセルの液晶パネルに表示されていた数字を見たかな。
それが、キミが何年間SDSの中で眠っていたかを表している。
キミが今から何年後にこの記録を見ているのか見当もつかないが、機械の故障でも無い限り、ボクもお腹の子ももうこの世には居ない可能性が高い。
…そう簡単に起きられないんだよ、あれは。
それでもし数百年経っていたとすると、きっともう亜人たちが地上で暮している筈だ。
思えばキミは前から、地下は狭い狭いと文句ばかり言っていたよね。
もうボクも子供も居ないから、地上で好きなように生きて欲しい。
…キミはカッコいいから、ボクなんかより断然可愛い子と付き合っちゃうかも知れない。
それはそれでちょっと妬けるけど、ボクはお腹の子の未来の次に、キミの幸せを祈っているからね。
どうか悪い女に捕まらないよう気をつけて。それが今一番心配だよ。
…もうかなり長いこと一人で喋っているね。そろそろこのデバイスの容量的に限界かな。
これからボクは外の世界に出て、亜人たちと交流してみようと思ってる。
彼らが新しい世界で上手くやっていく為の手助けと啓発をしたいんだ。
これが彼らを作り出したボクの、せめてもの罪滅ぼしだと思うから。
出来ればキミも、あの子らが困っていたら助けてくれると嬉しいな。
キミも地上へ向かうなら、ボクらの共同保管庫に入れておいた薬をあるだけ全部持っていくといい。
忘れっぽいキミの為に、説明書付きで準備しておくから。
静注もあるから、注射器も忘れずにね。
あれで少し…いやかなり魔素の毒性を抑えられるはずだよ。
ボクの使っていた腕時計型のコンピュータもある。あれに色々と、ボクの知り得るあらゆる大切な情報を入れておいた。
キミなら有効利用してくれると信じている。
それと、地上へはドームの外に出る非常用エレベーターで向かうのをお勧めするよ。
…ボクの予想通りなら、多分他の地上行きエレベーターは動かないだろうから。
それじゃあね。
大好きだよ。英理。
キミの作ってくれた味噌汁の味、ボクは死ぬまで忘れないから。
☆
「…」
あまりに衝撃的な内容で失意に呑まれ、言葉を失う。
SDSに書かれていた数字は500いくらだった。
じゃあなんだ。麗奈も子供も、五百年前に既に死んでるって?
俺はなんだ。
呑気にカプセルの中で昼寝して、アイツが悩んでるのを知りもしないで…
アイツの手だけ汚させて…
「くそっ…!くそっ…!」
折れそうな腕を振り上げて、何度も太ももに打ち付ける。
何が父親だよ。アイツが俺に相談しなかったのは俺のせいだ。いつまで経っても夢見る子供のままで…倫理とかなんとか言って正論振りかざしてた結果がこれじゃないか。
俺がやらなきゃいけない仕事だった。アイツと一緒に、いやアイツの代わりにやらなきゃいけない仕事だった。
「お前が!お前だけが罪悪感を感じる必要なんてなかったのにッ!!」
今更だ。全部。
こんな怒りになんの意味がある。
もうアイツらは居ない。
とうの昔に居なくなってしまった。
何に怒ってんだ。俺自身か。全部、もう遅いのに。
行き場のない怒りが沈下してくると、感じたことのない虚無感で心が満たされた。
「…俺、生きてる意味あんのかな。」
麗奈は…名前も無い俺の子供は…もうこの世に居ないのに。
それどころか、俺の知り合いすら誰も居ない。
この世界で、俺はたった一人だ。
「死ぬか」
自然とそう思った。
罪滅ぼしとかじゃない。生きる意味がもう何にもないからだ。
アイツは強いよなぁ。誰にも頼らず一人でしっかり戦って。
俺はダメみたいだ。何を思って生きたらいいのかわからなくなってしまった。
どうやって死のうか。
俺は自分のデスク内に保管してある薬剤をいくつか取り出した。
BZD系の薬剤だ。これだけ大量摂取すればオーバードーズで死ぬだろう。
そうでなくても五百年前の薬剤だ。普通に変性してる可能性は高い。
それらを飲み込もうとした時、麗奈の呆れたような声が走馬灯のように流れていった。
「ボク、キミの幸せを祈ってるって言ったよね」
「俺の幸せってなんだよ。そんなもん五百年前に消えちまったよ。」
「ボクはキミの為にあんなに悩んだのに、キミは自分で死んじゃうんだ。」
「ごめん。でももう空っぽで、何にもないんだ。」
「どうせ死ぬなら、まずは地上に出てみなよ。ボクが死んでも、ボクの思いは消えてないから。」
「思い?…どう言うことだ?」
麗奈の幻想は泡沫のようにパッと消えてしまった。
…地上、か。
確かに、今死ななくても地上に出れば高濃度魔素に曝露されてそう遠くない未来に死ぬ事になる。
なら、麗奈が辿った軌跡を追ってから死んでも遅くはないのかも知れないな。
俺は保管庫の中身を全て適当な鞄に入れ、適当な服といつもの白衣を着込んでからトボトボと共同研究室を後にしたのだった。
だれかの感想が一番モチベ上がるんですよねぇ… |ω・`)チラッ




