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ホモ・サピエンスは邯鄲の夢を見る 〜コールドスリープから目覚めたら人類絶滅??人類最後の生き残りは医学と内政で成り上がる〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
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第十六話「オリワの悪魔」

 @ミカワ国首都.キルワ城


 カニス村から百キロ以上離れた場所。広く穏やかなウヨウ川の側に聳え立つ、苔むした石垣の上に築かれた巨大な屋敷があった。

 三階構造になっているその屋敷の最上階からの展望は、屋敷の北に広がる広大な平地と、その上に栄えた町を一望出来る見事なものであった。


 見る者が変われば素晴らしいと感激するであろうその景色を、虚な目で見渡す人物が一人。

 名をキルワ・ノアと言う。

 この辺り一帯の支配者であり、富・権力、全てを恣にしている男。

 そんな彼の事を、支配下にある城下、村の人々は皆、畏敬の念を込めて帝と呼ぶ。


「はぁ」


 キルワは一人、乾いたため息を吐いた。

 近頃近隣諸国できな臭い噂が絶えず、小さな争い事が各地で毎日のように起きているという。

 小さな騒動は不満の種が各地で燻っている証拠であり、そういった細々とした燻りは徹底的に潰しておかなければ、長く国を治めることなど出来やしない。

 いざ何かが起きたとして、キルワが治めるここ、ミカワの国にもその火花が飛んできやしないか、と憂いているのである。


「報告します」


 感情の起伏に乏しい、無機質とも取れる落ち着いた声。

 彼の背後に音もなく現れ、恭しく跪くのは黒き翼と鋭い眼光を持つ細身の男であった。


 キルワは武人の将としてはそこまで武勇に秀でてはいないが、猫人族という種族柄、音や気配には人一倍敏感である自信はある。

 とは言えそれも、この烏人族の男、ランズがいかに常識の範囲外にいるかという事を理解する助け程度の意味合いしか持たない訳だが。


 この男は、その気さえあればいつでも自分を殺せる。とは言えキルワが帝となってここ5年、一度たりともこの男は殺意をあらわにしたことはない。

 それどころかおおよそ感情というものが欠如しているかのような錯覚さえ覚えるのだ。

 心臓に悪いことを除けば人形のように扱いやすく、優秀であるが故に、ランズはキルワの右腕としての立場を不動のものとしていた。


「今日はなんだ。もしや…またイズの国で反乱か?」

「いえ、本日はそのような情報は入っておりません。」

「では、なんだ。」

「近頃オリワで猛威を奮っている、例の獣の件です。」


 こうべを垂れたままのランズから発せられた報告は、キルワの予想の斜め下を行った。


 例の獣。隣の国、イズでの治安が急激に悪化した数ヶ月前から話題になっている獣の事だ。

 曰く、どこからともなくふっと人里に現れ、満月の日の前後三日間、女子供や家畜をひたすらに食い殺す凶悪な化け物だ。

 噂によれば熊よりも一回り大きく、生半可な武器では傷一つ付かない頑丈な体を持つという。


 通常の獣は狩の効率的に足から狙うのに対して、この獣は獲物の頭部、あるいは腹部を噛みちぎるのが特徴的で、被害者はいずれも見るも無残な姿で発見されている。

 また必ずしも食べるという目的で殺しているわけではなく、快楽によるものか、はたまた野生の本能か、殺すだけ殺して食べることはしない場合も多い。


 このような報告を受け、当初は恐怖に怯えた寒村の民が針小棒大に報告しているのだろうと侮っていたキルワも、流石に無視できない規模の被害が出始めているのを認知していた。

 たかが獣と侮っていたが、被害者の数は今や二桁を超えて三桁になりそうであり、被害の中心であるオリワの地域では悪魔マルトルードが目覚めたのだとまことしやかに噂されているようである。

 そして追い討ちのような今回の被害は…


「昨日の被害で、新たに13人の死亡を確認しました。今回被害を受けたのはエフォ、ヤロクの二村。これで被害者総数100人を超えました。」

「…そうか。」

「帝、如何なさいますか」

「…どうもこうもない。たかが獣。この俺が介入する程のものでもない。」


 いつも通り話を打ち切って、この話は終わりだとばかりに室内に戻ろうとするのを、烏人族の男、ランズは顔色ひとつ変えず、微動だにしないまま眺めた。


 キルワは、この男のこの黒い瞳が好きではない。達観したような。それでいて己の心を見透かしているような。

 月の出ていない夜よりもずっと深い闇を眼に飼っている。

 気味が悪い男だ。帝はそう思った。


「…なんだ、その顔は。言いたいことがあるなら言ってみろ。」

「恐れながら…たかが獣害。されど、ここまでの被害を出しながら何もしないでは国内外問わず評判が落ちるのは必至かと具申します。」

「…それどころではなかろう。今はイズの事がある。獣など、地方豪族に任せれば良いのだ。」


 間違ってないない。獣害如きでいちいち兵を派遣していては国の守りがおぼつかない。

 しかし、ランズは続けて言った。


「この件はその規模もさることながら、単一個体にも関わらず神出鬼没、被害地域の拡大傾向があるが故に、国外からも注目されています。民草の不安も高まっている今こそ、帝が直々に兵を出して討伐し、解決させるべき案件かと考えますが。」

「…むむ。」


 この国では帝の意見は絶対だ。その権力は強固であり、キルワが烏は白いと言えば白いのである。

 異論を唱えるなどという愚かな行為を行うのはよほどの愚か者か傾奇者。

 そしてこの男もまた、数少ない傾奇者の一人であるようだった。


 しかし、帝はこの男が愚か者ではない事を知っていた。それ故に、帝はランズに尋ねる。


「…この俺が、そのマルトルードの悪魔を討伐すれば、どうなる。」

「周辺国から感謝されます。帝の名誉は勿論、支持者も確実に増えるでしょう。国政が不安定な今こそ、いつも以上に求心力が必要です。その点で、このチャンスを逃す手はないはずです。」

「…ふむ。」


 ランズは生意気だが、この男の言う事に間違いはない。

 プライドの高いキルワだが、利益と損失を天秤にかける事に関しては長けていた。


 帝キルワ・ノアは、その場で自慢の精鋭騎兵部隊4000人を討伐隊として派遣することを決定。

 獣の出現報告の多いオリワ地方、エーリのいるカニスの村付近へと、国の威信をかけて数多の騎馬兵が向かうことになったのだった。


ちょっとわかりにくそうな部分を補足します。

主人公エーリが居るのはカニスの村。近くにヤタ村含め沢山の村落があり、それらオリワ地域を地方豪族が領主として治めています。

そのような地方豪族の領地がいくつも集まって、それらを纏めているのが今回出てきた帝=キルワです。

キルワが治める国はミカワの国と呼ばれ、隣国としてイズの国があります。


今風解釈だと…

帝=キルワ=都道府県知事

地方豪族=市長

村のリーダー=メイやスープル=区長

みたいな感じですかね。


区長なんていうと凄そうに聞こえるかもですけど、この世界は人口が大したことないので、実際は多くて数百人まとめる程度の村人です。

帝と地方豪族、地方豪族と村長には確固たる権力の差があります。

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