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ホモ・サピエンスは邯鄲の夢を見る 〜コールドスリープから目覚めたら人類絶滅??人類最後の生き残りは医学と内政で成り上がる〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
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第十四話「まとめると言う事、任されると言う事」

 犬人達の事件はその後直ぐに村中に広がり、緊急集会が開かれることとなった。

 メイさんが概要を話すと、血の気の多い若者や男衆は皆一様に怒りをあらわにした。


「なんなんだアイツら!バカにしやがって!」

「そんなんで俺らがビビって逃げ出すと思ったら大間違いだ!」

「徹底的に抵抗するべきだ!目に物見せてやれ!」


 中には逆に攻め込んでやれ、などの過激な意見もあったが…

 中々に荒れた集会になっていて収集がつかない。


 …まぁ、皆んなの意見もわかる。むしろ感情的には当然の反応と言える。


 でも、さっきも言ったが、この状況でお互い潰しあうのは損でしか無い。

 少ない資源を取り合って人が死ねば結果的には解決するのかもしれないが…それでは本末転倒だ。


 俺達のメリットが何もない以上、理論的には無駄な争いを回避するのが一番だと思う。


 向こうはあくまで俺達を潰したいが為にあんなことをしているわけじゃない。

 ただ食べ物が無いから強硬手段に訴えてるだけなんだ。


 そう、要は食料問題さえなんとかなれば…


「…落ち着いて下さい。皆さんの意見は大体わかりました。」


 メイさんが一度場を抑えた。皆んな言いたいことはまだまだあるようだが、とりあえず村長の言葉を待つ。


「私達のとるべき道は3つあります。抵抗か、服従か、共存か。…如何でしょう。」


 メイさんの言葉にヴァンさんが反応する。


「…奴らは俺達を完全に下に見てやがるぜ。そんな奴らと…共存なんてできんのか?」


 村人皆がうんうんと首を縦に振っている。皆の意見の代弁てとこだな。


「出来るなら、それが一番賢い選択です。」

「そりゃそうだろうけどよぉ…」


 ヴァンさんは歯切れが悪い感じだな。

 進行役が黙ってしまったので沈黙が流れる。


 良いタイミングだし…ちょっと俺も参加してみるか。

 以前枯れた畑について意見した時はやばい空気になったからちょっと怖いけど…

 勇気を出して少し良いですか、と話を切り出してみる。


「…仮に抵抗するとしたら、此方の被害はどの程度になると思いますか?」


 皆の視線が俺に集まった。

 以前のように、冷たい視線が降り注ぐ事もなく、寧ろ皆が俺の言葉を待っているように見える。


 改めて、この村の人だと認められたような気がして嬉しくなった。

 よし、こうなったら俺も出来る限りの事はしよう。


 それにしても…一人一人と話すならなんともないはずなのに、やけに緊張するなぁ。


 メイさんが俺の質問に答える。


「…彼方は狩りに長けた犬人族。皆好戦的でかつよく統率されていて、怖気つくという事を知りません。…それに…セツナという優秀なリーダーもいます。

 細かな予想は出来ませんが…かなり上手く事が運ばない限り、最終的に略奪される可能性が高いでしょう。」


 やっぱりか…。ネズミとイヌ、種としてどちらが強いかなんて明白だよな。

 戦うならば、かなり上手く事を運ばせる必要がある…と。 


 それを聞いたヴァンさんが奥歯を噛み締める音が聞こえた。


「…なんだよ…じゃあ、初めから抵抗なんて選択肢は無いって事かよ!」


 拳をダンッと床に打ち付ける。


 そこまでは言ってないが…まぁかなり厳しい選択肢ってのは間違い無さそうだ。


 俺は次の質問を投げた。


「…では、仮に服従するとして。倉にある干し肉を全て持っていかれたとしたら、僕らは全員で冬を越せますか?」

「…そうですね…かなり切り詰めれば、可能だと思います。以前かなりの不作で苦しんだ事がありましたが…それよりかはましでしょうから。」


 成る程。それならば、抵抗するという選択肢はほぼ消えたな。

 戦うくらいなら服従した方が被害は少なそうだし。


 俺は最後の質問を投げかけた。


「これはみなさんに聞きたいんですけど…みなさんは仮に彼らと共存出来る方法があるとしたら、それを受け入れられますか?」


 一瞬、だが確かに皆が息を呑んだのがわかった。


 実際のところ、一番の問題はここだ。

 メイさんはわかりやすく三つの選択に絞った。そこで真っ先に共存に懐疑的な意見が飛ぶあたり、感情が邪魔して居るのは間違いない。

 見た感じ鼠人族と犬人族は犬猿の仲のようだが、その感情面を押し殺して理論上の最善策を取れるのかどうか。そこを確かめなければ話を進めても意味がない。


「私は、受け入れます。」


 メイさんは迷いなく断言した。

 ヴァンさんはやはりまだ腹に逸物があるようで、少し訝しげな表情を見せた。


「…エーリ、そんな方法がほんとにあんのか?」

「あるとしたら、という仮定です。彼らは僕たちに喧嘩を売って来ました。みんなが怒るのは当然です。

 その上で、その怒りを飲み込んで仲直り出来ますかって話です。」

「…」


 …やっぱりあまり良い返事は聞けないな。

 ヴァンさんだけじゃなく、さっきまで過激な事を言っていた男衆を中心に、心の中で葛藤が繰り広げられているみたいだった。

 これは厳しいか、そう思った時だった。


 部屋の隅から意外な人物が口を開いた。


「たく…お前達は…何を迷ってんだ」


 以前の狩りで危篤に陥ってたミロクさんだ。先日無事意識を取り戻したので寝床を移動させ、寝たまま会議を聴ける形にしていたのだ。


「お、おい、ミロクの親父!無茶すんなって!」

「そりゃこっちの台詞だ」


 ミロクさんは狩りに限らず、昔のヴァンさん的な立場で皆を引っ張って来た人らしい。

 みんなから親父と呼ばれているが、正に言葉通り、村の父と言ったところだ。


「八方塞がりなこの状況をなんとか出来るってエーリが言ってるのに、お前達ときたら…。

 子供でも喧嘩したら仲直り出来るんだぞ?つまらんプライドは捨てろ。大の大人が…みっともない。」

「「うっ…」」


 村の父に叱られて男達がシュンとする。

 ミロクさんにかかれば、みんな叱られた子供と変わらないって事か。


 というか、俺は別に解決策があるなんて一言もいってないんだけど…。


「エーリ。何か考えがあるんだろ?聞かせてくれ。」


 ミロクさんが俺に問いかける。

 みんなの視線も集まる。


 やばいなぁ。

 考えてませんでした、とか言える雰囲気じゃないや。


 でも…


 皆が俺を仲間として受け入れてくれてるんだ。

 ここで奮起しなきゃ、男じゃない。

 気合い入れろ、俺。


 よし、まずは一旦状況を整理してみるか。


 鼠人は農業と狩猟。犬人は畜産と狩猟がメインだ。彼方の畜産がおじゃんになったので、うちの狩猟分をパクリに来たというわけだな。


 片一方が我慢するのではなく、お互いに利益が上がるような形にしなければ共存はなし得ない。

 とは言え、食料の絶対量が足りない今のままだと、提供するだけして此方の利益は何もない。

 ならば条件として、食料の絶対量を増やす必要がある。


 食料の絶対量を増やすには、今やっている事の効率を上げるか、全く別の何かを始めるかしかない。


 …成る程、わかってきたぞ。


「…技術協力…いや、技術交換をしてはどうでしょうか」

「…技術交換?どういう事だ?」

「僕達には農業のノウハウがあります。ですから、彼方に農業を教えて、農作物を作ってもらうんですよ。

 そしてそのかわりに、僕らは彼らから狩猟のノウハウを教えてもらいます。そうすればこれまで以上の効率で食料を確保出来ます。」

「でも、アイツら肉しか食わないぞ?農業なんてするか?」

「まずそもそも、本当に犬人が野菜を食べられないのか確認する必要がありますね。ネギやタマネギ、ニラなどは危険だと思いますが…僕の予想が正しければ普通に食べられると思いますよ。

 もし食べられないのなら、農作物はそのまま僕達の狩りで得た獲物との交換資源にしてもらいます。肉と交換できるならば、彼らも嫌とは言わないでしょう。」


 獣害によって食料が不足した代わりに得た物。それは畜産で使われていた土地だ。

 その土地を利用して農業をしてもらい、此方の狩りで得た肉と物々交換する。

 その為に技術交換を行う。そういうことだ。


 メイさんが疑問点を述べる。


「しかし…彼らが慣れない農業に人を割く分、彼らの狩猟での成果が減るのは明白です。彼らがそれに気づいてしまえば、そもそもこの話を受け入れてもらえないのでは…」

「彼らにはなるべく手がかからないサツマイモなどの栽培を勧めるといいと思います。が…確かに一時的に狩猟での成果は減るでしょうね。

 とは言えそこは受け入れてもらうしかありません。此方だって今年はかなり厳しい年になるんですから。

 差し当たり、今年の援助を交渉に使えばなんとかなるんじゃないかと思いたいですが。」


 どこかから魔法のように食べ物が沸いてくる事などあり得ない。

 いくら効率をあげようとも、今年はお互いかなり辛い年になるだろう。

 でもそれに耐えてサツマイモの収穫が安定すれば、ウチの食料事情が安定し、年中狩りに繰り出せる人数が増える。

 結果として狩猟での成果も増えて、お互いの食料事情が安定するようになる。


 俺は多くの人の質問に丁寧に答えながら、その事を説明した。


「…成る程、共倒れせず、お互いにメリットのあるいい案だ。」

「流石はエーリ。俺らとは頭の出来がちげーな。」


 ミロクさんにヴァンさん、男衆も納得してくれたみたいだ。


「問題は…彼方が受け入れるかですね。」


 メイさんが呟く。

 そうだな。なんかあっちはこっち以上に脳筋っぽい感じだったし、説明してわかってくれるかどうか…

 鼠人を結構下に見ているような雰囲気もあったし、上手く喧嘩腰にならず、話がまとまるといいんだけど。


 今後の方針が見えて明るくなってきたヴァンさんが張り切って言った。


「よし。そうと決まれば…これから説明に向かってくれるんだよな!エーリ!」

「そうですね…。ん?僕?メイさんではなくて?」

「私も一応ついて行きますが…この件は全面的にエーリさんにお任せしようかなと思います。」

「ちょっと、ちょっと!!冗談ですよね!?僕なんてただの部外者…他所もんですよ…!?」


 確かにこの前村の事頼むとか言ってたけど…いきなりこれは無茶だろ。

 こんなぽっと出のガリガリ男より、メイさんの方が絶対いいし…。

 てか責任重大すぎる…居候の俺なんかがやっていい仕事じゃない。


 慌てて後退したのだが…


「なーに言ってんだ。エーリがやんなくて誰がやるんだ。」

「そうだよ。エーリはこの村一の知恵袋じゃない。」

「兄貴、頼りにしてるよ。」


 村のみんなからもガッシリと背中を掴まれ、逃げ場が無くなってしまう。


「わかりました。…精一杯やります。」


 マジで…俺が…やるのか…?

 どうせ部外者だからと気楽に構えていた数分前の自分を殴りたい。

 あまりの責任に、気が遠くなるような気がした。



 結局カニス村に交渉に向かうのは俺、メイさん、ウイ。

 そして…ゼアロとかいうあのクソ神父という事になった。

 なんであの詐欺師が…とも思ったが、どうやら宗教的に弱い俺達はアイツの機嫌を損ねちゃいけないって事らしい。


 ただでさえキツい仕事だってのに、こんなヤバすぎるお荷物もついてくるんじゃ不安しかない。

 俺が今出来る事は、ただクソ神父がやらかさないか神に祈るだけだ。

 …なんの冗談か、神は俺らしいんだけどな。



 ☆



「なんでのこのこ帰ってきたの!」


 カニス村の中心にある村で一番大きな屋敷。その一番大きな部屋で、上座に座した少女が一人憤慨していた。

 少女の目前には屈強な男達がこぞってこうべを垂れており、ただ静かに少女の怒りを受け入れている。


 その男達は、ちょうどエーリが滞在している村へと赴いた一団であり、目的を達成せずに帰ってきた事について言及されている最中なのであった。


「セツナ!なんとか言いなさいよ!」


 一団の先頭に居る男、セツナにその怒りの矛先が向けられる。

 セツナは特に臆した様子もなく、静かに答えた。


「…お嬢。此度の失敗は自分の責任だ。すまん。」

「当然よ!誇り高き犬人族が、たかがネズミに怖気付いて逃げ帰って来ただなんて…この狗鳴組の名に恥ずべき失態だわ!」


 このお嬢と呼ばれる少女は、若くして犬人族を纏め上げる組織、狗鳴組の頭首…の孫であり、次期頭首として育てられた。

 頭首である少女の祖父はすでに衰弱して余命も長くない為、獣害によるカニス村の危機も相まって、代理として急遽、組の全権を握った形であった。


「ああもう…お爺ちゃんになんて言ったらいいかな…」


 席を立ち、ソワソワと歩き回る少女。

 見かねたセツナが注意する。


「お嬢、いずれは組の長となるお嬢がこの大事に落ち着きのない様子では、他のものに示しがつかないが。」

「誰のせいでこうなってると思ってるのよ!」


 少女は足を踏み鳴らし、声を荒げる。

 元来少女はここまでカリカリした性格ではなかったが、村を治め、組を率いなければならないというそのあまりある責任によって、こうなってしまうのだ。


 隣村から食料を奪えなかったということは即ち、解決すべき食料問題が残ったままだということを意味している。

 セツナから見て、今の彼女は、組の者に、ひいては村の者に舐められないかという事ばかり案じてその他の事柄について考えるような余裕はないように見えた。


 セツナが少女に進言する。


「…お嬢、今回の件、もう一度考え直してはもらえないか。」


 セツナは今回の件にそもそもあまり乗り気ではなかった。

 彼は個人的に隣村とは昔からそれなりの交流があり、知人もいる。

 心情的にも強奪まがいの事をするのは心苦しいし、村の防衛という観点でも、弱者と侮れば隣村から寝首をかかれるリスクもある。


 それにあの、自分に真っ向から意見をぶつけて来た若者…


「今年は良くても来年は共倒れです。それだけは…覚悟して下さいね。」


 あの真っ直ぐな目。


 あの男を敵にまわすのが、何故だかセツナには良い選択とは思えなかった。


 しかし…


「ならセツナ。あなたがなんとかしてくれるの?」


 怒りなどの感情が入っていない、純粋な目。

 そんな少女の一言で、セツナは閉口する。

 皆が頭を抱え、なんとかしようと考えた。しかしどうあがいても失った家畜は戻ってこないし、どうすることも出来ないのだ。


「腑抜けた事を…セツナさん…あんた疲れてんだ。」

「組一番の男であるあんたがそれじゃ、それこそ示しがつかねぇよ。」


 セツナ以外の男は皆少女の意見に従順であり、やる気十分である。


 諦めて、やるしか無いのか。


 セツナは静かに目を瞑った。



 ☆



 皆が部屋からいなくなったのを見計らって、少女は深々とため息を吐いた。


 少女は自分の立場を充分に理解していた。

 自分は村の危機に際して祭り上げられた旗頭であり、上手くいかなかった暁には責任を取らなければならないと。

 誰にもどうすることもできない問題の責任を、自分はとらなければならないのだと。

 槍玉にあげられる為の、飾りのリーダー。


 身に余るそのプレッシャーは、決して、誰にも分かち合う事が出来ないのだ。


「お爺ちゃん…やっぱり私に頭首は…重すぎるよ…。」


 誰もいない部屋で一人、少女の瞼から雫が溢れた。


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