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ホモ・サピエンスは邯鄲の夢を見る 〜コールドスリープから目覚めたら人類絶滅??人類最後の生き残りは医学と内政で成り上がる〜  作者: 自分にだけ都合の良い世界と書いて異世界と読むのは間違っていると思いませんか?
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第十一話「互いの無邪気さに理由は無く」

 @フジ樹海.カニス村付近


「あーあ、暇だなあ」

「ねー」


 二人の子供が地面に仰向けになって雲一つない青空を眺めていた。


 エーリが辿り着いたヤタ村の、川を隔てたその先。

 そこには犬人族の小さな集落、カニス村があった。


 秋も深まり、野生の動物達が脂肪を蓄えているこの時期は、基本的に肉しか食べない犬人族にとって狩りに一層力が入る時期である。

 加えて今日は天候も良く、大人達は皆絶好の狩り日和とばかりに勇んで森へと出かけて行った。


 特にする事のない子供たちは、飼っている牛の番をする。

 とは言え牛は羊と違って動きが遅く、隙を見て逃げ出すという事もないため、番とは言ったものの要は程の良い厄介払いのようなものなのだが。


 時刻は昼過ぎ。

 並んでいる男の子と女の子は兄弟で、今まさに暇を持て余している最中であった。


「…なぁ、俺達も森に入ってみないか?」

「ダメだよ。パパに怒られちゃうから。」

「いいじゃん、ちょっとくらい。どうせばれないって。」

「…そうかなぁ」

「そーだよ。なぁ、考えてみろよ。俺達だけで獲物捕まえたらさ、親父達にも認めてもらえると思わないか?」

「…うーん、でも、みんなが森はキケンだって…」

「大丈夫だって!隣村のネズミ共だって狩りしてんだぜ?あいつらですら出来る事を、犬人族の俺達ができないと思うか?」


 つまらない毎日に少しでも刺激が欲しい。その思いは少年も少女も同じだった。

 結局少女は少年の押しに負け、二人は牛の番をほっぽりだして森の中へと入っていった。



「…なんだよ。昼だってのに結構暗いんじゃん」

「…こ、怖いよ。帰ろーよ…」

「ったくお前はビビリだよなぁ。俺の後ろついてこいよ。」


 そう強がる少年も僅かに足が震えているのだが。

 二人は怯えながらも奥へと入っていく。


 そして少年はとある匂いを嗅ぎつけた。それは明らかに土や草の匂いではない、もっと生々しく感じる匂いだった。

 獲物の匂いを嗅ぎつけたか。そう思った少年は更に奥へと進んでいく。




「…結構来たな」

「ねぇ、もう帰ろうよ。さっきからなんか変な匂いもするし…鼻がおかしくなりそうだよ…」


 少女は目に涙を浮かべながら少年の服の袖を引っ張った。

 少年は額から流れる汗を拭って言った。


「…ヤバイ。どこから匂って来てるのか、わかんなくなっちまった。」

「ほらぁ!だから言ったのに!」


 先ほどから、匂いの方向が定まらないのだ。

 まるでグルグルと二人の周囲を回るように対象が動いているような。そんな不思議な現象に見舞われていた。

 流石に何かがおかしいと感じた二人は、泣きべそをかきながら元来た道を逆に辿り始める。


 しかし、自分たちの匂いを逆に辿っているので間違いは無いはずなのに、何故かその生々しい匂いは次第に強くなっていく。

 カサカサと僅かに何者かが蠢く音も大きくなっていき、二人は恐ろしくなって遂には走りだした。


「何!?何が起きてるの!?」


 少女は叫んだ。狩りで獲物を捕らえ、パパとママに褒められる、そのはずだったのに。


「もう!訳わかんない!なんなのよ!」


 声に出さなければ、恐怖でどうかなってしまいそうだった。

 音と匂いは走れども走れども強くなり、最早何者かに追われているのは明白だった。


「ねぇ!お兄ちゃん!?」


 さっきから答えが帰ってこない。

 少女は走りながらも周りを見渡した。


 あれ?


「お兄…ちゃん…?」


 さっきまで近くで一緒に走っていたはずのお調子者の兄の姿は、何処にも見当たらなかった。

 少女は困惑して立ち止まる。


 …虫の音すらしない。


 兄は一体どうしたのか。

 何処かで転んだ?

 いや、それらしい音はしなかった。

 必死に逃げるうちに別れてしまった?

 それにしたって足音が聞こえても良いはずだ。


 少女はむせ返るような強烈な匂いの中から、必死に兄の匂いを探した。


「…あっ」


 あった。

 生まれてからずっと、空気のように一緒にいた兄の匂いだ。間違えるはずがない。

 少女はその方向へ走った。


「お兄ちゃんっ!」


 兄の匂いが強くなるに連れ、生々しい、否、生臭い匂いが強まった。

 しかし少女は、それだけでとある可能性にたどり着くには若すぎた。


「お兄ちゃん!お兄…ちゃん…?」


 少女はとうとう、兄と再会した。


 しかしその目に最早正気は無く、腹は何者かに食い破られ、地面を紅く染めている。

 ソレがさっきまで生きていた証拠に、口から…否。腹から僅かな空気がコヒュー、コヒューと漏れていた。


「ひいっ!?」


 その光景は、これまで大人が捉えて来た獲物のそれと酷似していた。

 本来であれば食欲をそそるはずの生臭い血の匂い。

 それが一帯にむせ返る程充満している。


 そしてその匂いの元は、他ならぬ自分の兄だった。


 信じられない。

 信じたく無い。


 少女は恐怖のあまり失禁し、その場に力なく座り込んだ。


 グルルヴゥゥ…


 闇の向こうから聞こえて来た、同族の唸り声と似たそれは、しかし明らかな殺意と愉悦、享楽の感情が入り混じっていた。

 やがて現れたのは漆黒の体毛に覆われた、大人すら一口で飲み込みそうな程の巨大な獣。口周りにどす黒い血がポタポタと滴る、兄を喰らった正真正銘の化物であった。

 兄を餌として少女を釣ったという事実から、その知性の高さを窺い知ることが出来る。


「い、いやぁ…」


 獣はその広角を上げ、ナイフ程もある巨大な犬歯を見せた。奇しくもそれは、獲物がとれて喜んでいるかのように見えた。


 獣は腰を抜かして逃げられない少女にゆっくりと近づき、飛びかかった。



 くちゃくちゃと肉を咀嚼する音のみが、静かな森の中に響いていた。


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