無遠慮
「じゃあ、あんたはどうしても、この人を呪いたいというのかね。」
「ああもちろんだ!こんなばばあは消えるべきなんだ!!!俺は絶対許さんぞ!!!」
私の横には、干からびた爺さんと黒い人。
先日まで私はこの干からびた爺さんの担当ヘルパーをしていたのだが。
まあ、今日…いや、昨日か。
この爺さんね、死んじゃったんだわ。
で、どうしても私のことが許せなくて、残っちゃってんのさ。
「許せないから、どうしたいの。」
「こいつを食い殺せ!今すぐにだ!!」
なんでこんなに憎まれちゃったかね。
「人を食うとか…そんなの無理に決まってるでしょう。」
「じゃあ今すぐ殺せ!!」
車いす押してるときは普通だったんだけどなあ。
「人を殺すとか…そんなの無理に決まってるでしょう。」
「じゃあこいつに不幸を与えろ!!」
ご飯もゆっくりだけど全部食べてくれてたし。
「不幸はね、与えることはできないんだよ。」
「じゃあ俺のこの怒りはどこに向かえばいいんだ!!」
実体のなくなった爺さんが、何度も何度も、私の体に殴り掛かっては通り抜けていく。
「どうするかね、この人。」
「さあ…どうしたらよかったんだろうね、この人。」
ここまで人を憎める人はなかなかいない。
「この人に何したの?」
「毎日車いすに乗せて散歩行った。」
「俺は寝ていたかったんだ!」
「毎日刻み食食べさせた。」
「俺は普通の飯が食いたかったんだ!」
「毎日オムツをはかせた。」
「俺はオムツなんか必要なかった!」
「毎日話を聞いた。」
「俺は話す事なんかなかったんだ!」
「動けなくなってからは毎日体位変換した。」
「寝てるのに勝手に動かされて不愉快だった!」
「全部指示されてやったことなんだけどね。」
「俺はそんな指示は出していない!」
「主治医の診断とケアマネさんの指示か…。」
「俺は毎日毎日嫌な事ばかりされて!どれほどの拷問を受けてきたことか!!!こいつ、こいつがいなければ俺はもっと幸せな最期を迎えることができたんだ!!こいつ、こいつのせいでえええええええええええ!!!!」
「やあやあ、何やらずいぶん騒がしいですね。」
なじみの悪魔がやってきた。
「おう!!やっときやがったな!とっととこいつの魂を食らってくれ!!」
爺さんは私を指差して悪魔に命令をしている。
悪魔が私に確認する。
「…いいんですか?」
「…食いたいの?」
悪魔は爺さんに対面した。
「あなたの願いを聞くことはできますけど、あなた何を差し出すつもりなんですか。」
「はあ?!なんで俺がこんな奴の始末をするために何かを差しだななきゃならないんだ。」
悪魔が鎌を取り出した。
「じゃあ、あなたは何も差し出さずに、私に願いを叶えて貰うつもりなんですね?」
「俺のは願いじゃない。こいつは存在してはいけない、それだけだ!それを俺はお前に伝えている!」
悪魔が鎌を構える。
「この人が存在しなくなったら、どうなるかわかります?」
「世界が平和になる!!俺のおかげだ!!感謝しろ!!」
悪魔が鎌を振りかぶる。
「この人がどんな人だか、知らないんですか?」
「こいつはただのクソ婆だよ!!」
ざんっ!!!
悪魔がしおれた魂を刈り取って…ポケットに入れた。
食わんのかい!!
「あなた…ただのクソ婆だったんですか?」
「はは、そうだね、私はただの…お姉さんだよ!!」
「悪魔の前で堂々と嘘をつくとは…さすがだ。」
むむ。私は何一つ嘘などついていない!!ピチピチのお姉さんなんだからね?!失礼なやっちゃ!!
「それにしてもスゴイね、最近の魂の劣化ぶり。いよいよこの世もだめかもしれない。」
「普通死んだら無垢な魂に戻るはずなのにさあ、もう戻れなくなるくらい魂が劣化しちゃってんのさ。」
何回も生まれ変わって磨き上げられるはずの魂なんだけどね、どうも、こう、打たれ弱いというか、傷つきやすいというか、我慢が足りないというか、成長を手放しちゃってる魂が増えてんだよね。成長を望まなくなると、人ってのはさ、ずいぶん考えなしになっちゃって…。どんどん、無遠慮になって、人を傷つけるようになって、で、そういう魂の持ち主に普通の魂の持ち主が傷つけられて、成長を手放してって…まあ、悪循環がハンパないんだわ。
「勝手な思い込みを振り翳して悪意をぶちまけるやつが後を絶たなくてねえ…。」
「悪意があるなら私たちは遠慮なく刈り取れますから。こっちはうれしいですよ?」
そろそろ魂の一新も必要かもしれないなあ。
「最近かなり無神経な魂が多いよ。割とマジで刈りに来てほしいかなあ。」
「いいんですね?!言質取りましたよ?!」
「よかったじゃん、食糧確保!!」
繰り返し生きることで学ばせてきたけど、初めて生まれた魂に一から色々と学ばせるいい機会なのかもしれない。そりゃ多少はさ、はじめのうちはやらかすかもしれないけどさあ。新しいことを始めるんだったら、それぐらいはスパイス?になると思うんだ。
「この前もさあ、普通に歩いてるだけで進路妨害したとか言われて大変だったんだよ…。」
いきなり攻撃されるとさ、つぶしちゃいかねないっていうかさあ。
「…人のふりするのも大変ですね。」
「ふり?はは、私はただの…普通のお姉さんだよ!」
「ここに大ウソツキがいるよ、刈らないと!」
黒い人が大げさに騒ぎ立てるもんだからさ!!
「ご冗談を。神の魂なんか刈れるわけないでしょ。」
悪魔がちょっぱやで逃げちゃったじゃん!!
「ちょ!!刈ってほしい魂紹介しようと思ったのに!!何てことすんだ!!」
「わあ!!ごめんごめん!!」
…悪魔に刈ってもらいたかったのは、しばし様子見するか。
ひょっとしたら、万が一…改心することも、あるかもしれないし。
いざとなったら、黒い人に引きずり込んでもらってもいいし。
私は、黒い人にげんこつを一つ落としてから、無遠慮な暴走人間の増えた世界に戻っていった。