懐かしい空気
2020/9/5 改稿
翌朝、胸の痛みも落ち着いた俺は野営地を見て回っていた。
この野営地には20人ほどの猫耳族がいて、森の調査は交代で行っているそうだ。今朝も朝早くから10人ほどが森へと入っていった。昨日俺たちを助けてくれたメンバーは今日は休みだそうで、調査に行かない代わりに食事の用意等、野営地での仕事をこなしていた。
俺は野営地に残ったメンバー1人1人に昨日助けてもらったお礼を言って回っていた。その反応は様々で気さくな人もいれば胡散臭そうにこちらを見る人、無愛想な人、興味がないといった様子の人もいた。
「おー!!元気になったんだねー!」
最後に俺が挨拶に訪れたのは真っ白な毛並みの耳と尻尾を持つ少女だった。名前はミアというそうでスギミヤさんの話だと猫耳族の族長の娘なのだそうだ。
彼女は俺がお礼を言うと「いいよ!いいよ!気にするなー!!」とニコニコしながら言った後に「えっと…」と言って視線を彷徨わせた。後ろでは尻尾が忙しなく動いている。
俺が「ノブヒトです」と名乗ると、「そうそう!ノブヒトー!!大丈夫!覚えてたよー!!」と目を逸らながら言う。
(絶対覚えてなかったな)
その反応に内心で苦笑いを浮かべる俺に彼女は「私のことはミアって呼んでねー!」と誤魔化す様に言った。
「本当にありがとうございました」
「いいよ!いいよ!こっちこそごめんねー!」
俺が改めて俺を礼を言うと、彼女は手を合わせながら頭を下げた。
「???何がですか?」
彼女が謝る理由が分からず首を傾げると、彼女は「えっと…」と言いながらやや視線を周りへと動かした。どうやら周りの俺に対するやや好意的とは言いがたい視線のことを言っているらしい。
「私たちってあんまり普段は普人と関わらないからね。どう接していいか分からなくて戸惑うんだよ」
そう言うと彼女の耳や尻尾がへな~と元気なく垂れ下がった。
彼女が言う【普人】とは獣人やエルフ、ドワーフなどではない所謂普通の人のことだ。
この世界で『人間』とは種族に関係なく人型の種族全てを指す言葉である。『亜人』のような普通の人とそれ以外を区別する言葉がないのだ。もちろんドワーフは鍛冶や採掘が得意、魔族は保有魔力が多く魔法が得意、獣人は身体能力が高い、エルフは弓に長じており、精霊との親和性が高い等、各種族の特徴は認識されている。
そのため「餅は餅屋」というか各種族の得意な事はその種族に任せてしまおうという、ある種の役割分担というか相互依存・相互共生の様な形が早くから確立されていたようだが、よほど好奇心の強い者でなければ積極的に他種族と関わることはない。
また、その中でもあまり特徴らしい特徴はないが数は多い俺たちの様な普通の人間種普人も、その殆どはフェルガント大陸が生活圏である。生活に欠かせない水が豊富で大地も肥沃、『大河の森』という豊富な資源を調達出来る場所があり、未開地も多いので意識が大陸の外に向くことが殆どないのだ。
一部大陸内では手に入らない資源や販路を求めて他の大陸にも進出しているが、侵略・侵攻といった思考がないため、殆どは沿岸部へ拠点を作るだけに留まっている。現在戦争を起こしているガルド帝国ですら、その意識はあくまで『フェルガント大陸の統一』という内側へ向いているくらいなのだ。
こうした要因でこの世界では種族間での争いが起こりにくい構造が出来上がっている。もちろん一部には他種族を愛玩・奴隷目的で誘拐したり騙して奴隷堕ちさせるような者もいるようだが、全体として他種族への意識は『よく知らない。でも、自分たちの生活が豊かになるために利用できる者』くらいで認識されているらしい。
ミアが言った「どう接していいか分からなくて戸惑う」というのも結局はそういうことで、彼ら猫耳族からすれば俺たちは『存在は知っているが為人がよく分からない隣人』くらいの感覚なのだろう。
「気にしてませんよ。でも、『あまり関わったことがない』って、ここにはユキさんっていう普人がいるんじゃないですか?」
俺が不思議に思ってそう尋ねると、
「んー、ユキはねー、友達で家族だから!」
満面の笑みとともによく分からない答えが返ってきたのだった。
「じー」
そうして一頻りお礼を言ったところでミアが俺のことを凝視してきた。
「えっと…なんでしょうか?」
何故そんな風に見られているのかやや後ずさりながら聞いてみた。
「いやー、ユキってこういうオスがタイプなのかと思ってね!」
ミアが少し不自然な感じに大きな声で言うと周りで聞き耳と立てていた人たちがびくっとした。彼女はその様子を見てイタズラが成功した子供のように笑うと俺に一歩近付いてきた。
「ユキってばモテるんだよ?ここにいるオスはみーんなユキに告白して断られてるの。そんなユキが君を助けたものだからきっと嫉妬してるんだよー」
そう耳打ちすると一歩下がってまたクスクスと笑う。周りを見れば、主に男性の猫耳族たちが露骨に視線を逸らしている。その頬が少し赤くなっているところを見るとどうやら耳のいい彼らにはミアの耳打ちが聞こえていたようだ。
「そんなことないと思いますよ?単純に危なそうだから助けてくれただけでしょう」
俺がそう言うとホッとした雰囲気が伝わってくる。ミアもその様子を楽しそうに笑っている。
(なんだかなぁ)
こちらの世界では15歳で成人と扱われることが多いため同年代でも大人に見えたのだが、こうして恋愛の話なんかに一喜一憂する姿は年相応に思えてなんだかあちらの世界で戻ったような、懐かしい空気を感じて俺は内心で苦笑した。
ちなみに獣人種は普人に比べると早熟な傾向にあるそうだ。ただそれも種族によってかなり差があるらしい。猫耳族はその中でもかなり早熟で10代に入るとすぐに番を見つけるらしい。ミアくらいの年齢で番がいることも普通なのだそうだ。
「おっと、長々とすいません。俺はそろそろ戻ります。いろいろありがとうございました!」
ミアからいろいろと猫耳族について聞いた俺は太陽がかなり高い位置にあることに気付いた。随分話し込んでしまったらしい。
「全然いいよー!でも、確かにまだ安静にしてないとだし、少し休んだほうがいいかも!」
彼女は明るく言うと、「ご飯が出来たら呼びにいくねー!」と言って野営地に用意している竈の方へと歩いていった。
彼女と分かれた俺は自分が借りている天幕へ向かって歩き出した。
「あっ…」
「えっ?」
歩いていると突然声が聞こえて慌ててそちらを見る。するとちょうど横の天幕から勇者候補クノウ・ユキが出てきたところだった。




