使命感 side 神崎 学
2020/8/23 改稿
「本日街で問題を起こしたものは31名、いずれも喧嘩や脅し、タカりなどで大きな問題にはなっておらず、すでに処分も済んでおります。詳しい所属と該当者はこちらの報告書をご確認ください」
クォールの街に用意した自分の執務室で、神崎 学は補佐に任命した青年からその日の報告書を受け取るとざっと目を通した。
本人の性格だろうか、報告書には几帳面な文字でそれぞれが起こした問題が事細かに、それでいて分かりやすく記載されている。
報告書から目を離しチラリと青年を見る。
傭兵という言葉から連想する粗暴なイメージとは異なり、目の前の青年は騎士や軍人と言ったほうがしっかりくるほどきっちりとしていた。
なんだかそのギャップがおかしくて思わず「フッ」と笑いが漏れ、「如何なさいましたか?」と青年に首を傾げられた。「いや、何でもない」と慌てて返す。
「ふむ、ご苦労。今日はもう下がって休んでくれ」
神崎がそう言うと、青年は「ハッ!」とこれまた生真面目に答え、キビキビと部屋を退出していった。
「ふう」
青年が部屋を出ると神崎の口からそんな溜め息が無意識に漏れた。
(異世界か…随分と遠くに来たものだ)
そんな自分に気付いて自嘲気味に笑うと、神崎は改めて報告書に目を落とした。
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神崎 学。36歳、民間警備会社社長。彼の経歴は多少変わっているかもしれない。
神崎は大学卒業とともに「人の役に立ちたい」と自衛隊へと入隊した。
以来、約10年を自衛隊で過ごしたが、30歳の頃、ふと「自分の人生はこれでいいのか?」と考えた。
とくに何かがあった訳ではない。少し立ち止まる余裕が出来ただけだ。
そこから彼は勤務以外の時間を使って様々な勉強を始め、33歳で自衛隊を退職すると自分で民間警備会社を立ち上げた。
主な業務は民間企業の経営者や重役を対象とした護衛、SPである。彼の生真面目な性格や堅実な仕事ぶりもあり、派手さはないものの順調に業績を伸ばしていた。
そう、あの真っ暗な部屋に呼ばれるまでは…
彼にはとくに叶えてほしいと思うような願いはなかった。
そんな彼がこの世界に来ることを選んだのは、もちろん存在を消されたくないということもあったが、単純な使命感からだ。
正直あの“神”と名乗った人物は胡散臭かったが、別の世界のこととはいえ困っている人がいて自分が必要とされているならば力になりたかった。
3つの扉の1つを選んで出たのはアルガイア都市連合の一つ、『ゴディネス』という都市を中心とする地域だった。
周りに街や村は見当たらなかったが、幸い大河の支流に近かったため数日野宿しながら集落を目指した。
彼のジョブは【銃士】という銃器の扱いに長けたものだったが、生憎と初期に渡された物にはナイフしかなかった。とはいえそこは元自衛隊員である。危険な場所にさえ近付かなければ野宿自体はそれほど苦労することはなかった。
そうして川沿いを歩くこと数日、彼は遂に街を見つけた。
(これはまた随分と時代錯誤な…)
見つけた街を目前に思わずそんなことを考える。何せ目の前に見える街は高さ5m程の石壁で四方を囲っているのだ。
(本当に漫画か映画の世界だな)
そんな感想を思い浮かべたが、自分が今着ている服を考えればそれも当然かと思い直すと街の入口手前に出来た入場待ちの列へと歩を進めた。
こうして街に入った神崎だったが、それから数日はカルチャーショックの連続だった。
最初に驚いたのは入場の対応をした衛兵の質の悪さだった。思わず『治安は大丈夫なのか?』と不安になってしまったほどだ。
そして、街に入れば至る所に武器を持ち歩く者がいることにまた驚いて、身構えてしまって道行く人に怪訝な顔をされた。
神崎とて子供の頃にはファンタジー世界を舞台にしたゲームなどをしたことはあるが、こうして実際に目にするとそれがあちらの世界の人間からするとどれほど異様なことなのかを実感させられたのだった。
他にも店での店員の対応姿勢や生活習慣など、兎に角驚かされることばかりであった。
そんな神崎からすれば異様としか言えない場所ではあるが、生活していくとなればお金が必要なことに変わりはない。
何かしら仕事をしなければいけないが、異邦人が出来る仕事は限られていた。
長期で腰を据えて考えるのであれば、どこかの商会に入るなり職人に弟子入りするなりすればいいのだろうが、彼には『誕生する魔王を倒す』という役割があり、そのために他の勇者候補を探すという目的もある。
そこで彼が選んだのはやはり冒険者であった。
ただし、人と少し違う点を上げれば彼はあちらの世界と同じ“護衛専門”の冒険者となったことだろう。
彼がそんな冒険者になったのには幾つか理由があった。
一つは単純に対人戦においてはあちらの方が技術的に洗練されているということ。
もちろん『魔法』という要素はあるが、それとて飛び道具であることには変わりなく、詠唱という行為が必要な以上、対策は幾らでも取れた。
もう一つはクリーチャーに安全に対応出来ること。
この世界で活動する以上はクリーチャーとの戦闘は避けられない。しかし、1人で戦闘経験を積むのは危険度が高い。
そこで護衛依頼である。護衛依頼は複数人、複数パーティーで依頼を受ける。行き先によってはクリーチャーの生息領域を通ることもあるため、1人よりも安全に戦闘を経験出来ると思ったのだ。
そして、最後に―これが一番大きな理由なのだが―『要人とのコネを作れる可能性が高い』こと。
あちらの世界の経験からやはり社会的地位の高い人間には重要な情報が集まりやすい。情報収集する上では是非お近付きになっておきたかった。
こうして彼の異世界生活は本格的にスタートした。
最初は信用がないことやこちらの世界のやり方に不慣れなこともあり依頼を得るのに苦労したが、そこはあちらの世界の経験者、暫くすると要領を掴み、指名依頼を貰うことも増えた。
そうしてこの世界で過ごすうち、彼にも周りを見る余裕が出来てきた。
(人の営みというのは世界が違っても変わらないのだな)
そんな風に思うとともに、この人たちの営みを護ることが自分の使命なのだと自衛隊に入った頃の様な気持ちを感じ始めていた。
1ヶ月を過ぎる頃にはこの街の大きな商会の依頼を貰うようになり、それに合わせて拠点を中心都市のゴディネスへと移すことにした。
ゴディネスでも順調に依頼をこなし、護衛の際の隊長を任されることも増えてきた頃、遂に彼にチャンスが訪れた。
このゴディネスの都市長であるゴディネス家から指名依頼が入ったのだ。
彼が懇意にしている商会の1つにゴディネス家の御用商人を務める商会があり、その商会からゴディネス家現当主ライネリオ・フェデリコ・ゴディネスに護衛として推薦されたのだ。
こうしてゴディネス家に潜り込んだ神崎だったが、その後は帝国の連邦侵攻を受けて、連邦避難民流入からの治安悪化の懸念から派遣されることとなった傭兵団―実際は連合内でのゴディネスの発言権拡大が目的―の総団長に任命され、中央を離れることになってしまった。
(途中までは狙い通りに進んでいたのだか…)
仕事をしていた手を止め、ここ数ヶ月の出来事を思い返し神崎は「ははっ」自嘲気味な笑みを浮かべる。
(しかし、先日会った彼等はやはり…)
そうしてふっと思い出したのは、先日食堂で酔った傭兵たちに絡まれていた少女を連れた2人の青年のことだった。
この世界にも珍しい部類にはなるが黒髪黒目の人間はいるので確実とは言えないが、仕草や振る舞いに懐かしいものを感じた。
名乗ろうとしたところで別の騒ぎがあったため確認出来なかったが、神崎は彼等が勇者候補ではないかと思っている。
(どこへ向かうのかくらいは聞いておくべきだったか…)
そう思い彼等を探したが、翌日早くに街を出たらしくもう一度会うことは出来なかった。
「しかし、戦争といい確実に何かは動き出しているのだろう。そうであるならば彼等ともいずれ…」
いつの間にか声に出ていた呟きに、その予感を更に強く感じながら、神崎は仕事を再開すべく止まっていた手を動かし始めたのだった。




