決断
ちょっと長いです。
2020/8/20 改稿
それまでの困ったような顔とは違い、何でもないことのように言われたため最初は言葉の意味が頭に入ってこなかった。
そんな俺の様子に不思議そうに首を傾げる男を見て、だんだんと言葉の意味を理解した俺は思わず男を睨みつけた。
「あんた神様なんだろう?言ってる意味が分かってるのか?」
自分でもびっくりするほど低く冷たい声を発した。だが、男は更に不思議そうな顔をして、
「もちろん。悲しいことだけど、それは必要な犠牲だからね」
そう何でもないことの様に続けた。
「君が怒るのも分からなくはないけれど、この方法じゃないとあちらの世界は救えないんだよ。そうなれば何千万という人が犠牲になるんだ。
それに例え君たちが魔王を倒したとしても、やっぱりあちらの世界にだって犠牲になる人はいるんだよ?」
男はそう諭すように言った後、取って付けたように言った。
「もちろん君が頑張って残りの12人に願いを諦めるよう説得して、君か他の誰か一人に欠片を譲渡してもらうことも不可能ではないよ?」
最後に「まあ出来るものなら、ね」という言葉を付け加えて。
「さて、ここまでが概要だけど他に何か質問はあるかな?」
男は空気を変える様に表情を緩めて言った。
実際にこの自称“神”の話が本当だとして、それでも自分と同じ世界の人間を犠牲にしてまで他の世界の人間を救おうと考えるような人間がいるだろうか?それも「どんな願いでも叶える」なんて不確かな約束で。
正直ここまで話を聞いても俺には空想と現実がごっちゃになってしまった人間の与太話にしか思えなかった。
俺が改めてこの男の話が胡散臭いと考え始めていると、質問がないと思ったのか男は次の説明を始めた。
「じゃあ次は注意事項の説明をしよう」
「ちょっと待て!俺はまだ参加するとは言ってないぞ?」
もうこんな妄想を聞くのも飽きてきたのでそう告げると、
「まあこれも可否の判断の参考にしてもらえばいいから」
そう言ってヘラヘラと笑いながら説明を始めた。
「まず君たちに渡したメダル、あれはすでに君たちの身体に吸収されている。だから獲得するためにはさっき説明したように相手から譲渡してもらうか殺して奪うしかない。
譲渡するには相手に触れた状態で“譲渡”と念じればいいし、相手を殺した場合には勝手に自分に取り込まれるから」
俺の様子を気にすることもなく、男はさっさと話を進めていく。
「次に勇者候補以外に殺された場合だけど、この場合も殺した相手に取り込まれる。ただ、現地の住人やクリーチャーには欠片を取り込むだけの器がないから、人であれば暴れるだけの狂人になったり、クリーチャーであればより強力な個体へ変異しちゃう。
まあそうなっても取り込んだ現地人なりクリーチャーなりを勇者候補が倒せば、倒した勇者候補が欠片を取り込むことが出来るから」
「病気や事故で死んだ場合はどうなる?」
「その場合は一旦欠片を僕が回収して、新しい候補者に与えてまた送り込むことになるね」
なるほど。つまりあちらの世界でこちらの世界の人間が同時に存在するのは最大で13人までってことか。
「最後にいくら勇者候補とはいえ今まで戦闘なんて経験したことがある人はほとんどいないだろうから、あちらの世界に行く人にはささやかながら僕からプレゼントをあげているんだ。
まずコミュニケーションが取れないと困るだろうから向こうの言語で話せて聞こえる言語能力、それから向こうの常識なんかの知識、魔力量によって収納力は変わっちゃうけどアイテムボックスもだね。あっ、中にあちらの標準的な着替えとお金、とりあえずの武器も入れてあるから。
あとは戦うための戦闘技術、これは向こうでは“ジョブ”って呼ばれてるものだけど、ちゃんとそれぞれの適性に合わせたものをプレゼントするから安心して!」
そう言った自称“神”はニコニコと笑みを浮かべてる。
「さて、説明は以上だよ。今から少し考える時間をあげよう。ただ、申し訳ないけど、君がどちらかを決断するまではここから出してあげることは出来ないんだ。
僕は席を外すからじっくり考えて欲しい。もし、僕が戻る前に結論が出たならそのときは呼んでもらえればいいよ」
そう言って男が席を外そうとしたので呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。最後に一つだけ確認したい」
「何かな?」
俺はそこで初めて男の目を見て息を飲む。
なんの感情もないような黒くて何も映してない瞳。
「ひっ―」
思わず挙げそうになった声をなんとか飲み込んだ。
カラカラになった喉になんとか唾を流し込み、声が震えてしまいそうになるのを抑えて、俺は漸く男に聞いた。
「断った場合、俺はどうなる?」
なんとなく答えは分かっているが、男の瞳に耐えられず視線を外す。
そして、男は言った。
「申し訳ないけど…君という存在は消滅して魂はこの世界の輪廻に還ることになる。もう現実では君という存在は消えてしまってるからね」
途中からなんとなく分かっていた。つまり最初から俺には、俺たちにはこの部屋に呼ばれた段階で「YES」という回答以外用意されてなかったということ。
この男のあの目、一見優しげだが実際はこちらの命になどさほど興味がない様なあの目を見てしまった瞬間、男の話がとても嘘や冗談、戯言とは思えなくなっていた。
―何かないのか?今までの全てがこの男の妄想、狂言だと証明できる何かがあれば―
そんな風に考えた瞬間、
「そんなものはないよ。だって現実なのだから」
そう言ってまたあの感情のない目が俺を捕らえた。
―こ、こいつ、おれの心を読んだのかっ!?―
俺がそのことに慄いていると、
「ははは、“こいつ”は酷いなぁ。そりゃ一応“神”だもの。人間の心くらい読めるさ」
そう言ってくつくつと愉快そうに男は笑う。
クソッタレ!つまりどうしたって俺にはあちらの世界に行く選択肢しかないってことじゃないか!
でも俺は他の勇者候補を殺す気はない。もちろん殺されるつもりだったあるもんか!必ず誰も殺さず・殺させず魔王を倒してこの世界に戻る方法を見つけてやる!!こんな訳の分からん自称“神”の思い通りになってたまるかっ!
そんな決意を込めて、俺は奴に「YES」と伝えた。
奴は安心したようにホッと息を吐いたが、俺にはもうその顔が作り物にしか見えなかった…。
「ありがとう。
さて、それでは早速あちらに行ってもらうけど、先ほど教えたプレゼントは向こうに着けば分かるようになってるから。あとは―」
奴がそう言って指をパチンっと鳴らすと、目の前に3つの扉が現れた。
分かってはいたけど、やはりこいつは“神”か、それに準ずる者なのだと妙に納得した。
「さあ、この扉の中から好きなものを選んでくれたまえ。行き先はランダム、人里が近いこともあれば森や山、無人島なんてこともある。基本的にいきなり勇者候補と遭遇することはないと思うからそこは安心していいよ。
それでは君が叶えたい願いを持ってまた僕に会いにくることを願っているよ」
そんな奴の言葉を聞きながら、俺は目の前にある真ん中の扉を開けてその中へ一歩足を踏み入れたのだった。
ようやく主人公が異世界に旅立ちました。
ちょっと決断に至る動機づけが弱かったのが反省点。
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