会談
2020/8/23 改稿
和やかな雰囲気で食事会も終わり、俺は約束通り都市長に話を聞くためレストランに残っていた。先程とは別の少し狭い個室に通された俺は都市長に頭を下げた。
「わざわざこのような場を設けていただいて、ありがとうございます」
「いやいや、これはお礼なのだから構わないよ。とりあえず座ろうか」
そう都市長に促され、向かい合って席に座った。
「さて、早速だが話を聞きたいということだがどういう話だろうか?」
それぞれの前にお茶が用意されたところで都市長が口を開いた。俺はどう切り出したものか少し悩んだが、そのまま話すことにした。
「俺が旅をしているのは世界について知るためでして、なかなか本などを読める機会もないので旅先で色々な人に話を聞いてます。ただ、都市長の様に地位や立場がある方からお話を伺う機会がありませんでしたので、ぜひお話を聞いてみたいのです」
「ほう。どういったことを聞きたいのかね?」
俺の聞きたいことが予想外だったのか、都市長は意外そうな顔をした。
「それでは都市長は『英雄』と呼ばれるような人物をご存知ないでしょうか?」
まずは英雄について聞いてみる。
「英雄…それはどういった人物になるのだろうか?」
「えー、俺の生まれたところだと多くの人を救った人物やある種族を導いた人を称えてそう呼びます。御伽噺などになることもあるのですがこの辺りではそういった話を聞かないので」
都市長がよく分かっていなかったので俺はその様に説明した。
「ふむ…申し訳ないがあまりそういった人物を語り継いでいるという話は聞かないな。古い家柄や村や街単位ならば祖先などについての話を代々伝えているところもあるかもしれないが、それが広く伝わっているとは聞いたことがない」
都市長は俺の説明に少し悩んでからそう答えた。ある程度の予想はしていたが、やはりそういった話が広がることはないのか…
「普通そういった人物がいれば吟遊詩人が歌を作ったり、家名の権威付けのために流布することもあるように思うのですが、広まらないのには何か理由があるのでしょうか?」
俺のその疑問に都市長は先程よりも深く考え込んだ。
「言われてみれば確かに不思議だね。どの国の王家も貴族もその統治の正統性について流布しているとは聞かないけれど、国民や領民はその統治を自然に受け入れている」
しばらく考え込んでいた都市長が驚いた様子でそう言う。
都市長は『不思議』と表現したが、不思議を通り越して変だと思う。
普通は何らかの形で、自分たちの血筋が統治することの正統性を証明したり、権威付けを行ったりするものなのだが、この世界ではそこがすっぽり抜け落ちているのに民衆はその統治者を受け入れているのだ。
そう、まるで途中からそういった話だけが消えてしまった様に…
このことについてはこれ以上聞いても恐らく都市長は何も知らないだろう。
「ちなみに『勇者』や『魔王』、『聖女』、『賢者』といったものには聞き覚えはないでしょうか?」
こちらが本命なのだが、如何にもついでと言わんばかりの聞き方をしてみる。
「いや、それらは初めて聞く言葉だ。どういったものなのかな?」
やはり聞いたことはないか…。とくに嘘を付いている様子もない。
さて、どこまで話すべきか……
悩んだが、ここで濁しても意味が無いと思い返しある程度の情報は話すことにした。
「『勇者』というのは英雄の更に上、世界を護るために戦う戦士といったところでしょうか。
『魔王』はその逆で世界を滅ぼそうとしたり、力や恐怖などによって支配しようとする存在のことです。
『聖女』は神の祝福を受けた女性で勇者を導くような存在です。
そして、『賢者』はこの場合、全ての魔法に精通するような存在を指します。」
俺はそれぞれがどのようなものか説明した。しかし、あまりピンとこなかったようで、
「やはりそういった存在は歴史書はもちろん、伝承や創作でも聞いたことがありませんな」
と、言われてしまった。
「そうですか…」
俺はそう一言だけ返した。予想していたはずだが、やはり落胆はある。
「良ければ少し私のほうでも調べてみようかね?旅の帰りにでも立ち寄ってもらえれば渡せるようにしておくよ」
余程俺が落ち込んで見えたのか、都市長がそんな提案をしてくれる。
「面倒をお掛けすることにはなりませんか?」
この世界の常識にはないことを調べてもらうのだ。さすがに少し気が引ける。
「調べると言ってもこちらの伝手に少し聞いてみたり、資料を調べ直してみるくらいだからね。それほど手間でもないよ」
都市長が笑顔でそう言うのでお願いすることにした。
「あとは宗教について伺いたいのですが、世界ではどういった神々が信仰されているのでしょうか?」
これもなかなか調べられなかったことではあるが、信仰があることは分かっているので、その前の2つより情報があるのではと期待している。
「信仰についてかね?これも不思議な質問だとは思うが…。
今、世界で信仰されているのは創造神とそれ以外の複数の神だということは知っているかね?」
「ええ。そこまでは調べることが出来ました」
「ふむ。私も全ての神々を知っている訳ではないのだが、しっているのは創造神以外だと『戦神』、『商神』、『農耕神』、『鍛冶神』、『漁神』の5柱くらいだろうか。さすがに名前までは分からないがね」
「神々が何柱いるかはご存知ありませんか?」
「さすがにそこまでは分からないね。良ければこれも調べておこう」
「お手間を取らせてすみません。ありがとうございます」
俺は都市長の言葉に頭を下げる。
「他にも何かあるかね?」
都市長は特に気分を害した様子もなく、他にはないかと聞いてきた。
「では、最後に一つだけ。最近何か変わったことが起こったりしたのを聞いたことはありませんか?」
一応魔王誕生の予兆や他の勇者候補が関わっていそうなことが起きていないかも聞いておく。
「それは帝国の連邦への侵攻以外でかね?」
そう聞いてくるので頷く。
都市長「ふむ…」と言ってしばらく考え込んだあとに、
「私もバタバタしていたのでアルガイアのことしか確認出来ていないのだが、ちょうどサルガド近辺で墓荒らしが多発しているという話が上がってきていたかな?」
「それは副葬品などが盗まれたということですか?」
「いや、どうも死体を盗んでいるそうだ。そんなもの何に使うのだろうね?」
死体泥棒か。それだけだとどういう類のものか分からないな。
「あとは帝国が連邦の南海域を封鎖したそうだ。その影響でフリードアンの港も船の行き来が少なくなっているらしい。フリードアンからアーリシアに渡るのであれば急いだほうがいいかもね」
「そうですか。どちらにしろ明日にはここを発つ予定にしております。スギミヤからご要望させて頂いた件ですが、お手数ですがよろしくお願い致します」
都市長から最後に言われた話には少し焦りを感じるが、スギミヤさんがお願いしたフリードアンの首都までの案内をお願いして会談は終了となった。
翌朝、都市長の用意してくれた速度の出る馬車と護衛が宿に迎えにきた。
一緒に都市長家族も見送りに来てくれた。
「今回は本当にありがとう。頼まれた件はきちんと調べておくから道中気をつけてな。」
そう都市長が言ってくれる。
「こちらこそお世話になりました。調査の件、よろしくお願い致します。」
俺も調査の件を再度お願いしておく。
そんな俺たちとは少し離れたところでは、エリーゼちゃんとレティシア嬢が別れを惜しんでいた。
「エリー気を付けてね!あちらから帰ってくるときはまた絶対バルビエーリに寄るのよ!」
レティシア嬢がエリーゼちゃんの手を握りしきりに帰りにも寄る約束をさせている。
「レティさんももうセスさん達を心配させちゃダメですよ!」
エリーゼちゃんはそんな風に返している。
ちなみに『セスさん』というのはレティシア嬢のお付の人のことだ。もう街で撒いたりするなよ、ということだろう。
「もう私は淑女ですぅー!そんなことしませぇん!」
エリーゼの言葉にレティシア嬢が頬を膨らませるが、それは淑女のすることじゃないぞ。
そんな風に思っていると、レティシア嬢が俺に気付いてタッタッタッと走り寄ってくる。そうして俺の手をまた両手を握り締めると、また瞳をうるうるさせながら、
「ノブヒト様もどうかお気を付けて!帰りも必ず私に会いに来てくださいね!」
と念押しされてしまった。
俺が「お父様にお願いしたこともあるので必ず立ち寄らせて頂きます。」と答えると微妙そうな顔をしていた。
そうして一通り別れを済ませると、俺たちは馬車に乗り込んだ。
「では都市長、大変お世話になりました。またお会いしましょう。」
改めて挨拶をし、俺たちはフリードアンに向けて旅立った。




