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まぼろしの勇者候補

2020/9/11 改稿

 海の親父亭に戻った俺は自室で着替えるとすぐに食堂へ向かった。


「あっ!ニシダさん!こっちです!」


 食堂に入るとすぐにそんな声が聞こえてきた。きょろきょろと周りを見回すと、奥のテーブルでレオナールさんが手招きしている。隣にはスギミヤさんとエリーゼちゃんが座ってこちらを見ていた。俺は急いでそちらへ向かう。


「すみません!もしかしてお待たせしましたか?」


 俺は3人が座るテーブルに近付くと、テーブルに何も置かれていないのを確認して慌ててレオナールさんに聞いた。


「そんなことありませんよ」


「私たちもさっき帰ってきたんです!」


 俺の言葉に笑いながら言うレオナールさんに続いて、エリーゼちゃんも待たせた訳ではないと言ってくれる。


「お待たせした訳でないのなら良かったです。―ん?」


 レオナールさんに返しながらエリーゼちゃんの方を見ると、彼女の胸に何かが光っているのが目に入った。


「ペンダント?」


 それは銀で片翼をあしらったペンダントだった。翼の付け根の部分に彼女の瞳と同じ鮮やかな蒼い石が埋め込まれている。


「はい!今日のお買い物でスギミヤさんに買ってもらいました!」


 そう言うと彼女は嬉しそうに「えへへ」とはにかむ。俺は「へえ」と言いつつニヤニヤしながらスギミヤさんの方へと視線を移した。


「うんん」


 俺に視線を向けられたスギミヤさんは、わざとらしく堰をするとそっと視線を逸らす。その表情はやや気まずそうだ。


(そんなに恥かしがることじゃないのに。大体妹くらいの年齢差―あれ?この世界だと彼女くらいの歳で結婚するのは当たり前なんだっけ?)


 途中でその考えに至った俺はスギミヤさんが気まずそうにしている理由が分かってしまった。なんとなく居た堪れない気持ちになった俺はそっとスギミヤさんから視線を逸らした。



「それで2人で串焼きを食べたんです!」


「へえ、そんなんだ。おいしかったかい?」


「はい、とっても!!」


 俺が席に着くとすぐにアンットさんが注文を取りに来てくれた。各々が注文したものがテーブルに揃う前も揃ってからもエリーゼちゃんはずっと今日あったことを話していた。よほど楽しかったのだろう。俺の相槌にもずっとニコニコしている。その度にスギミヤさんが恥かしそうとも気まずそうとも取れるなんとも微妙な表情をしていた。


「ニシダ、いいか?」


 食事も終わり各自自室へ戻る。俺も自分の部屋に戻ったところでスギミヤさんが訪ねてきた。


「開いてますよ」


 俺が声を掛けると彼は「失礼する」と言って部屋に入ってきた。俺は座っていた部屋に一脚しかない椅子から立ち上がると座っていた椅子を彼に薦め、自分はベッドへ腰掛けた。


「今日はお疲れ様でした。エリーゼちゃんも喜んでたみたいで良かったじゃないですか」


「ま、まあな」


 スギミヤさんが椅子に座るのを見計らって俺がそう言うと、彼は一瞬動きを止めた後でやはりやや微妙そうな表情をして答えた。


「さっきから微妙そうな顔をしてますが何かありました?」


 俺が聞くと彼は「うっ!」と言葉を詰まらせた後に小声で何かを呟いた。


「えっ?何ですか?」


「………と言わ…た…」


「はい?」


 よく聞き取れなかったため聞き返した。だが、やはり彼はごにょごにょと小声で話すためよく聞き取れない。俺はもう一度聞き返す。


「……はぁぁ。若い奥さんもらいましたね、と言われた…」


「ああ、それはまた…」


 溜息とともに彼が発した言葉に、俺はなんと答えていいものか分からず微妙な返事をする。


「………」


「………」


 なんともいえない沈黙が流れた。


「コホンッ!そ、それよりもだ、お前の方はどうだったんだ?」


「あ、そ、それがですね、ちょっと困ったことが…」


 強引に話題を変えたスギミヤさんに俺も乗っかる形で今日の調査の話を始めた。


「……俺たちと同じような名前や容姿の冒険者はいなかった、か」


 説明の最後に俺がギルドの受付のおばさんに確認したことを話すとスギミヤさんはそう呟いた。


「はい。もちろん勇者候補がいたのがこの街ではなかったという可能性もあります。ただ…」


「ただ?」


「……俺は今まで勇者候補は日本人ばかりなんだと勝手に思っていたんです。でも、もしかすると今回死んだ勇者候補は日本人じゃなかったのかもしれません。そうなると名前から特定するのは難しくなります…」


 俺は言葉を詰まらせたのだが、結局スギミヤさんに促されて帰りに考えていたことを話した。


「確かにそうかもな。だが、どちらにしろすでに本人が死んでいる可能性が高いんだ。確証を得ることは出来ない。俺たちに出来ることは状況証拠を集めて、見つけた人物が勇者候補だった可能性を高めることだけだ。違うか?」


「そうですけど…」


「それにお前は元々何故勇者候補のことを調べているのか忘れてないか?」


「ええと…それはあの変異種が本当に欠片を吸収してるのか確認するため…だったような…」


 理由を聞かれた俺が彼の顔を見ながら恐る恐る言うと、スギミヤさんの顔がだんだんと残念なものを見るような目になってきた。


「お前なぁ…」


「えーと…違いましたっけ?」


 俺がそう言うと、スギミヤさんは「はぁぁぁ」とこれみよがしに深い溜息を吐いて見せた後に「いいか」と続けた。


「猫耳族の野営地でも話したが、あの変異種――とくにリーダーの奴は意思や何らかの目的を持っている。それが“勇者の欠片”を吸収した影響なんじゃないかって話は覚えているか?」


 スギミヤさんにそう言われて俺はそんな話をしたのを思い出した。


「思い出した様だな。もし、欠片の中に元の持ち主である勇者候補の意思や魂のようなものが引き継がれているとすると、奴の目的にはこちらの世界での何かが関わっている可能性がある。それを探るための調査だったと思うんだが?」


 彼は最後にそう言うとジトッとした目で俺を見てくる。俺は「はははは」と乾いた笑いで誤魔化す。


「で、実際のところ、本当に目的があったとしてもそれがこちらの世界に関係してるんですかね?案外元の世界に帰りたいとかじゃないでしょうか?」


「どうだろうな。そうだとしてもあの姿になってしまってはな……」


 気を取り直して俺が言った言葉にスギミヤさんは言葉を濁したのだが、俺には違う考えがあった。


「でも、欠片を手に入れて魔王を倒せばあの神が願いを叶えてくれるんじゃないですか?」


 そう、俺はもし奴に目的があるのならばこれではないかと思っているのだ。しかし、そんな俺の予想に対しスギミヤさんは「それはありえない」と否定的な意見を述べた。


「何故ですか?」


 俺にはスギミヤさんがその可能性を否定する理由が分からない。


「何故って…お前は大切なことを忘れてるぞ。いや、そもそもの前提と言うべきか」


「大切なこと?前提?」


 俺はスギミヤさんの言っていることがますます分からなくなって首を傾げる。


「思い出してみろ。この世界の生物が欠片を吸収したらどうなる?」


「そんなの当然暴走して…あっ!」


 そうだった…。この世界の住人やクリーチャーには欠片を受け入れるだけの器がないんだった。確か奴は欠片の力を分割して吸収している様な状態じゃないかって話だったからこれ以上吸収すれば…


「でも、でもですよ?俺と同じように奴もそれを忘れてる可能性だってあるんじゃないですか?」


「もちろんその可能性はある。だがな、だからと言ってどうやって他の勇者候補から欠片を奪う?奴だって今の自分がこの大陸から出るのが難しいことくらいは理解してるだろう」


「それこそ自分の欠片を奪うためにこの大陸に集まってくるのを待つとかじゃないですか?」


 奴がこの大陸にいる限り全ての欠片は揃わない。黙っていてもいずれ勇者候補が集まってくる可能性はあるのだ。


「それほど時間があるか?勇者候補が奴を見つける前に魔王が誕生したら世界が終わるんだぞ?」


「じゃ、じゃあ逆に暴れて自分の存在を示そうとしてるっていうのはどうですか?」


 スギミヤさんの意見は確かにその通りだ。しかし、俺もまだ食い下がる。


「お前が奴のことを知らなかったとして、この大陸で大移動(スタンピード)が起きていると聞いてそれを欠片と結びつけるか?」


「それは…」


 スギミヤさんに言われて、今度こそ俺は何も言い返せなくなってしまった。


「まあとりあえずこの話は置いておこう。推測ばかりしても意味がない」


「分かりました」


 スギミヤさんに言われて俺も一旦この話は棚上げすることに頷く。


「それで明日からの調査だが、お前は今日と同じでギルドでリストを調べてくれ」


「構いませんが何も見つからない可能性が高いですよ?」


 正直俺はギルドのリストから勇者候補を探すのは難しいと思い始めている。だが、スギミヤさんは違った様で、「調べる方法はまだある」と言ってきた。


「そんな方法あるんですか?」


 俺にはどんな方法か想像も付かない。


「ある。お前はリストの中から大移動(スタンピード)発生直後に行方不明になった()()()()高ランクになった者を探せ」


「短期間?…あっ!なるほど!!」


 スギミヤさんの話を聞くまですっかり忘れていた。確かにその勇者候補が俺たちと同時期にこの世界に来たのなら短期間でランクアップしている可能性がある。そんな人物がいないのであれば、それは別の街で活動していてハルヴォニのギルドに移動届けを出さなかったか、俺たちより早くこの世界に来ていて、尚且つ名前や容姿がこちらの世界の住人に近い人物の可能性が高くなる。


 もちろんそもそも冒険者登録をしていない可能性もあるが、それならわざわざ森に入っていた理由が分からないし、どうやって生計を立てていたのかも分からないのだから別の調査方法を考えるしかない。


 明日からの調査に漸く希望が見えてきた。


「ん?」


 そこで俺はあることに気付く。


「どうした?」


 漸く雰囲気が明るくなってきたのに、再び首を捻っている俺にスギミヤさんが不思議そうな顔で聞いてきた。


「いや、スギミヤさんは明日どうするのかと思いまして」


「ああ、俺は明日も街に出る」


「えっ!?明日もデートなんですかっ!?」


「そんな訳ないだろっ!!」


 俺が驚いて口を尖らせるとスギミヤさんに本気で怒られた…


「はぁはぁはぁはぁ。ったく…。俺は奴がここのギルドを利用していなかった可能性を考えて、街で俺たちみたいな名前や容姿の奴を見なかったかの聞き込みだ」


 スギミヤさんは荒れた呼吸を整えると、明日の自分の行動を説明してくれた。呆れた口調で…


「はははは。ですよねぇ…」


 俺は誤魔化す様に乾いた笑いを浮かべた。こうして俺たちの相談は何とも締まらない形で終わったのだった。

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