ー2話ー彼女が部屋にいた
今回も全体的に暗めですが最後まで読んで頂けたら幸いです。
あれから何時間が経ったんだろうか。
意識が朦朧としてまったく何も思い浮かばない。
隣では紗季の両親と妹が肩を寄せ合って泣いていた。そこでハッとした。同時に頭にあの時の情景が流れ込んできた。
「紗季、紗季……」
また涙が溢れてきた。とっくに体の水分全てを出し切るほど涙は流したはずだ。
それでも涙は止めどなく溢れてくる。
そんな僕に気づいた紗季の父が僕に声をかけた。
「疾斗くん、君は特に辛かっただろう…辛いだろうが紗季の最後がどんなだったか聞かせてはくれないかな?」
もちろん辛い。話すだけでも死にたくなるような悲しみが押し寄せてくる。しかし紗季の親には知る権利があり僕には話す権利がある。
僕は淡々とあの時の状況を彼女の家族へ伝えた。
「あれは……」
話している間何度も吐き気が押し寄せてきたしそれ以上に悲しみがこみ上げてきた。
正直彼女の家族の顔は見れなかった。母親の泣き声や妹の泣き声がより一層大きくなったことは分かった。彼女の父は口に手を当て静かに涙を流した。
「本当にごめんなさい…僕が目の前にいたのに…」
ただ彼女の家族には謝ることしかできなかった。あの時もっと早くあの男に気付いていたら。
そう考えると後悔の念が脳内を埋め尽くした。
あの男は時間後すぐに駅員に連れて行かれた。その後は警察に引き渡されたらしい。
男はさすがに自分がした行いの重大さに気づいたようで駅員に連れて行かれる時点で顔が真っ青になっていた。罪悪感はあるのだろう。
しかしこれはそんな罪悪感なんていう甘ったるい感情で収まるような簡単な問題じゃない。
罪悪感なら僕だって潰れるほどに感じている。
罪悪感なんか誰にだって簡単に感じることができる。だからこそ甘くて仕方がない。
まだ確認していないがこの事件はテレビのニュースやネットニュースで大きく取り上げられているらしい。もしかしたらこの近辺だけかもしれないが。
しかし話題になっていることは事実だった。
歩きスマホによる重大な事件であることそして被害者がとてつもない美人だ、ということで話題になっていた。防犯カメラに映った少しの姿からもその美人さは分かってしまったらしい。彼氏としては嬉しかったが話題になった内容に苛立ちを覚えた。
美人でないと話題にならないのか?そんなの人間として狂ってる。どんなに容姿が違おうと同じ人である。そこで差がつくことは腹が立って仕方ない。
まぁ今は置いたけばいい。今重要なのは今後についてだ。僕はもう生きる気力を失った。
彼女のおかげでやっと生きてて良かったと思えたのにその彼女ももういない。もう死んでしまいたい。
「疾斗くん」
「はい…」
「君が責任を感じる必要はないよ。君はあの時目の前にいたからこそ私たちよりも辛いはずだ。だけどあの子…紗季も君が早く死を乗り越えることを願っているはずだよ」
「うぅ……」
紗季の父は僕の肩に手を回して一緒に泣いてくれた。「紗季のこと今までありがとう」と言いながら。涙が止まらなかった。
ー翌日
疾斗は学校をサボった。というよりも部屋から一歩も出ていない。食事も口にしていない。
ベッドから起き上がってすらいない。目は覚めていたのでスマホを見ているとネットで既に紗季の情報は出回っていた。どこから流れたのかは知らないが殆どの情報が正しかった。
見ていてもあの時の情景を思い出してしまうだけなのでスマホも結局すぐ見るのをやめてしまった。
すでに涙は枯れ果てており涙袋はパンパンに腫れ上がっていた。そして今夜はお通夜が控えていた。
もちろん行くのだが何をやるにも気力が出ない。
お通夜のは近くの葬儀場で行われる。明日には同じ会場で告別式、出棺と続くそうだ。
お通夜まではまだ時間がある。とりあえず軽く食事くらいはとっておこうと思い僕は起き上がりだらしない格好のままコンビニへと出掛けた。
今家には誰もいなかった。さすがに僕の両親も僕が学校に行くのを無理強いはしなかった。「ゆっくり休みなさい」とだけ言い残して仕事へ向かった。
リビングの机の上には千円と共に「これで昼ご飯食べてね」というメモが置いてあった。
その千円を握りしめて僕は今コンビニへ来ていた。
弁当や丼ものが陳列している棚を何かないかと眺めた。平日の昼間というのもあり基本的にほとんどのものが残っていた。選択肢はたくさんある。
しかしいつもなら楽しんで何にするか悩むところだったが今日はまったく何も選ぶ気になれなかった。
結局選んだのは昆布のおにぎり一個とペットボトルの天然水だった。
いつも行っていたコンビニだが、レジには知らない男の店員が1人だけいた。恐らく新人だろう。しかしその店員はなんとも退屈そうな顔をしていた。
「2点で215円になりまーす」
気怠そうな店員の声がより気怠さを増進させる。
帰ってきた785円をレシートで包みポケットにしまった。
「ありがとーございましたー」
疾斗は普段何かを買った後必ず店員に「ありがとうございます」と一言かけて帰る癖がついていた。
しかし今は何も言わなかった。おにぎりとペットボトルの入ったレジ袋をほぼ力の入っていない腕でぶら下げて家へ戻った。
腰はシャキッとしておらず遠くから見ても分かるほどの猫背だった。歩くスピードも遅く、フラフラしている。目に光は無く何物にも絶望していることをそのまま表していた。
家に帰るとそのままリビングへ入り疾斗はソファーに座って袋からおにぎりを取り出し、食べ始めた。
いつも食べている昆布のおにぎり。味はいつもと変わらないはずなのに何故かまた涙が溢れてきた。
思い返せば無意識に選んでいた昆布おにぎりだったが紗季と一緒によく食べていた思い出の品の一つでもあった。
「紗季…紗季…ごめん…」
疾斗の後悔の念と泣き声はセミが騒がしいほどに鳴く夏に小さく響いたのだった。
ー4時間後
お通夜の会場で制服をしっかり着てネクタイも締めた疾斗は彼女の家族と共に遺族席に座っていた。
最初は一般席に座るつもりだったが彼女の父に「君はこっちにいた方が紗季も喜ぶよ」と言われ特別に座らせてもらうことにした。
周りにはもちろん親戚の方達がいたのだがなんとか説得してくれたらしい。本当におじさんには頭が上がらない。
昼間よりも少し回復したがそれでも疾斗は絶望の中お通夜に参列した。
式には同級生もたくさん来ていた。もちろん煌輝も来ていた。だが話しに行く気にはならなかった。というよりも誰ともあまり関わりたくなかったというのが本音だろう。なので疾斗は遺族席で静かに座っていた。
1時間ちょっとで式は終わった。焼香をする時に僕は倒れそうになったのだがなんとか後ろにいた人に支えてもらったおかげで持ち堪えた。
同級生も殆どが帰っており残っているのはよく紗季と一緒に遊んでいた2人だった。
(確か左上と髙岩だったはず…)
彼女達が肩を寄せ合い泣いている姿を見ていると「疾斗くん」とおじさんに呼ばれた。
疾斗は小走りで彼の元へ向かった。
「なんですか?」
「いや、明日は告別式と出棺があるだろう?平日だけど君はもちろん来るんだよね?」
「はい。僕は彼女がいたから生きていられたんです。彼女のそばにいることが僕の役目ですから」
「そう聞けて良かったよ。君みたいな彼氏がいて紗季もきっと幸せだっただろう…では私は明日の準備などがあるのでまた明日ね」
「はい。また明日よろしくお願いします」
疾斗はおじさんと別れ帰路についた。
帰り道で疾斗は黄色いハンカチを握りしめていた。これは疾斗が数年前紗季にプレゼントしたものだ。
おじさんが紗季の部屋を整理している時に見つけたらしく「紗季が大切そうにしてたハンカチだ。私たちには何もないが君にとっても大切なものだろう。持っておいてくれないかい?」と渡してくれた。
これはもちろん付き合う前に幼なじみにあげるプレゼントとして贈ったものだ。中学1年の頃に贈ったので決して高いものという訳でもない。だが紗季はそれをずっと大切にしていてくれたらしい。あの日はたまたま洗濯に出していたらしく持っていなかったらしい。きっと持っていたら今頃血の匂いが染み込んだ赤黒いハンカチになっていたはずだ。
紗季とは何枚も写真を撮った。だがしっかり紗季を感じられる物といえばこのハンカチしか持っていない。疾斗はこのハンカチを一生大切にするとひっそりと誓ったのだった。
ー翌日
正午ごろから告別式が始まった。
昨日も見たが遺影に写った紗季の笑顔は「悲しまないで」というメッセージを僕に送っているように見えた。そう思いたいだけかもしれないが今はそれも心の支えになる。そう思いながら疾斗は今日も遺族席に座って式に参加した。さすがに平日ということもあり同級生は来ていなかった。
周りには紗季の家族と親戚くらいしかいなかった。紗季の妹はさすがに学校を休んでいるらしい。身内が亡くなったのだから普通なのだが。
そんな時に疾斗はふと思う「僕は何してんだろう」と。少しは冷静になった今思うとただ紗季が死んだという事実を受け入れずに未だ紗季に依存しているだけではないか。と。他の同級生のみんなは彼女の死を受け入れて前に進もうと辛いけど頑張って学校へ行っている。ならば今していることはただの依存に過ぎないのではないか?昨日おじさんにああ言った手前参加はしているが実際には行かなくてもよかったのかもしれない。彼氏がどうとかいう問題ではないのかもしれない。もちろん学校に行くという気持ちがない訳ではない。だけど体は学校へと動いてくれない。
まだ2日しか経っていない。だから受け入れられなくても仕方ない。そう言い聞かせて疾斗は式に集中した。
そんなこんなで疾斗の頭の中で様々な気持ちが渦巻く中告別式は終了した。
いよいよ出棺である。そう、これが本当に最後のお別れであった。棺が霊柩車へと運ばれる。
「ありがとう。君がいてくれたから僕は生きていられたんだ…本当にありがとう…」
疾斗は小さく呟いた。言い終わったと同時に扉が閉められ霊柩車は出発した。
疾斗はもう泣かないと決めていた。しかし涙は意志とは反対に滝のように流れてきた。
霊柩車が見えなくなるのを見送り立ちすくんでいた疾斗の元にまたおじさんがやって来た。
「この後私たちは火葬場に移動するが君はどうするんだい?」
「僕は…申し訳ありませんが火葬場には行きません。気持ちの整理をしたいんです」
「そうかい。また何かあれば連絡するよ」
「はい。ありがとうございます」
紗季の家族は車に乗り霊柩車の後を追うように火葬場へと向かった。親戚は先に出発した霊柩車を追うように先に出発していた。そしておじさんの運転する車を見送り疾斗は葬儀場を後にしたのだった。
さすがに明日からは学校に行かなければならないので帰って学校の用意をしてボーッとしておこうと思いながら帰っていた。そういえば昼食もとっていない。家にあるインスタントラーメンでも食べるとしよう。昨日に比べるとしっかり考えもまとめれる様にはなってきていた。だが今も脳裏にあの時の景色が蘇ってしまう。吐き気を抑えて楽しいことを考えながら帰ろうと最近あった面白いことを思い出そうとしている間に家に着いてしまっていた。
鍵を開けドアを開けて「ただいま」と言ったが家には誰もいないので返ってくる声ももちろんない。
これはいつもの流れなのだがいつもに比べて孤独感を感じてしまう。寂しさを感じながら疾斗は部屋に戻る為階段を一段一段上っていく。
カチャン
ん?今何か音がした気がする。位置的に僕の部屋だ。まさか泥棒か…?
階段をゆっくりと上り部屋の前にたどり着いた。ドアをゆっくりと少しだけ開いて覗くとそこには信じられない光景があった。
あの肩より少し伸びている程良い長さの綺麗な茶髪。あのスタイルのよい華奢な体。(少し寂しげな胸)。そしてあの綺麗な顔。間違いない紗季だ。
僕の部屋に紗季がいる。いてもたってもいられなくなって僕はドアを一気に開け放った。
「紗季!」
紗季はいきなり開いたドアの音と僕の呼びかけにビックリしていたが僕だと気付いた瞬間笑顔になった。そしてその目からは綺麗な涙が流れていた。
「疾斗っ」
紗季は小走りで僕の前にやってきた。近くで見ても間違いない。これは紗季だ。
「どうして…紗季は一昨日電車に轢かれて…」
「私にも分からない…ねぇ私ってどうなっちゃってるの?」
そう言って彼女は喜びと疑問が入り混じった複雑な表情で僕に微笑んだ。
ー続ー
次回からはもっと明るくなっていくので乞うご期待です。