旧友の計画
その声に振り返ると、恰幅のいい貴族然とした男が満面の笑みを浮かべていた。
「ファネル……」
「懐かしいなぁ。貴様の噂は聞いているぞ。随分大それたことをしたものだ。さぁ、早く屋敷に入るがいい。このお尋ね者が。ハハハ」
ファネルは背を向けて、大股で屋敷のなかに入っていった。
御者はもうなにも知らないという風に手を広げて見せ、轅と馬を外す作業を始めた。
応接間には、オイルで磨き上げられた豪華な椅子が置かれていた。対面する形で、おれとファネルは座る。中央に置かれたコーヒーテーブルも、一枚板の天板を使い、流れるような木目を浮かび上がらせていた。
「ライト、何年ぶりだ?」
「おれが任官してから会ってないわけだから、かれこれ5年ぶりだろ」
「そうか。二十歳以来というわけか」
ファネルとは士官学校の同期であったが、卒業と同時に軍から退いてしまった。もともと領主様である。軍人などやる必要はない。彼にとっての軍学は素養のひとつに過ぎないのだろう。
「しかし、おまえも大それたことをしたもんだ。話を聞いたときは冷や汗が流れた」
王女に手を出した平民軍人など、この国始まって以来だろう。ただ、おれたちは本当に愛し合っていたのだ。それは疑うべくもなく……。
「おまえは本当に馬鹿だなぁ。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが」
三回立て続けに馬鹿といわれたのは何年ぶりのことだろうか。
「おまえって、学生の時、そんな女たらしだったか?」
「ふざけるな。おれは今もそんなんじゃない」
王女との純愛をこいつに踏みにじられる覚えはない。
「大佐からなにも聞いてないのか?」
「聞いたさ。おれは新しい人間になって、なにかの任務をする。それだけだがな」
「その、なにか、ってのが問題なんだよ」
「おまえは知ってるのか?」
ファネルは背もたれに大きく寄りかかり、試すようなまなざしでおれを見つめた。今度は口には出さなかったが、心の中で間違いなく、馬鹿、と四回は言っている。
「教えろよ」
ゆっくりと背もたれから体を離し、今度は前屈みでおれを見つめる。しばらくの沈黙のうち、
「この計画は上手くいかねぇかもしれねぇな」
「計画、ってのを聞かないとわからん」
「計画、ってのは実はおれと大佐で考えたんだ。まず、おれはおまえを殺したくなかった」
「そいつはありがとよ」
「それも、あんな馬鹿げた罪で。もちろん、罪状は万死に値する」
「馬鹿げた罪で悪かったな。ところで、このソファー、なかなか言い座り心地だ。とっとと話さないと、ろくに寝てないおれは寝てしまいそうだ」