貴族の館
空が白む、明け方の青い世界の中で、おれはキャビンに突き立った矢を抜いた。木目の美しいキャビンに、くっきりと鏃の穴が残ってしまっていた。
全部で三本の矢が突き刺さっていた。残りの二本は御者が抜いていた。この御者、やはりただの御者ではなく軍人である。
「貴官、なかなかの腕ではないか」
おれは剣のことだと分かるように、鞘をぽんと叩いた。
「いや、あなたが剣を使えるとは思いませんでした。画家だと承っていましたから」
「画家? 絵描き? おれが」
やっぱり、違うんですね、と言わんばかりに画家は笑った。
「あなたは一体なにものですか」と言った言葉を、「いや、今の質問はなにしして下さい。機密に触れるのはよくない」
慌てて引っ込めた。
おれは12才から軍人たる教育を受けてきた。絵を描いたことはもちろんある。多少、趣味っぽいものも描いたが、年に二、三枚書く程度。到底画家などではあり得ない。
それよりも、この矢だ。かなり上等な代物である。
「貴官、これをどう思う?」
御者も自分で抜いた二本の矢に視線を落とし、
「盗賊が使うものには見えませんね」
「だろ。ってことは、この先も油断できないってことか」
「夜に走るのはやめた方がいいかもしれません」
そんな話をしていると、空は大分明るくなり、森の緑が優しく広がってきた。
「この先はザベルの街かな。どこに行くかは分からないが」
「とりあえず、街で休憩しましょう。わたしも一眠りします」
人家が増えてきた。森ではなく、畑が広がり、道の端々には人々の生活がそれなりに存在する。街が近くなってきた証拠だ。
ザベルの街は王都の西100キロほどの場所にある。王国でも5本の指に入る大きさの街であり、門衛もしっかりと配備されている。
ただ、おれたちよりも早く、王都からザベルに来たものはいないので、もし囚人が逃げたという報が届くとしても、それはおれたちよりもあとから来るはずだ。
大佐がそんなへまはするはずはなく、御者はしっかりと軍の通行証を持っていた。とくにキャビンが調べられることもなく、馬車は街の中に入っていった。まだ朝早い時間だからだろうか、大路の店は閉まっていたが、その準備が、これから始まる一日のファンファーレのように忙しく響いていた。
御者は宿を探すというよりは、最初から決まっているというふうに、迷わずある一軒に乗り付けた。それは、この町でも相当豪奢な部類に入る貴族の邸宅だった。
「ここは?」
「さるお方のお屋敷です」
そんなことは見れば分かる。
「アンフォール・フォン・ライト! 久しぶりではないか!」
車止めに止められた馬車から降りると、朗々と鳴り響く声におれは背筋を氷らせた。