王都からの脱出
大佐の話を聞いてよくわかったことは、おれは使い捨ての駒ということだ。もともと、死刑でおかしくなかったのだから、駒にされたところで御の字ということか。
しかし、こんな計画、下らないし、バカらしいし、上手くいくはずもない。
昼間だと目立つとのことで、おれは宵のうちに再び馬車で発つことになった。出立の準備を終えて、いざ大佐の館を後にするとき、大佐め、ナイトウェアにしっかり着替えて、欠伸をしながら「吉報を待ってるよ」などと宣った。
おれは国境近くの町に向かう。夜に沈んだ王都を馬車は駆け抜ける。おれはこの都に戻ってこられるのだろうか。それは叶わないだろう。そんな感慨を抱きつつ、窓から過ぎゆく街を眺めれば、闇のなかの王都のシルエットはどこか儚げで、かつ美しいもののように映った。
馬蹄は石橋に音を響かせて渡る。川には二三の灯りをともした船が浮かび、石橋のアーチの上からは、わずかに王城の塔を望むことが出来、その威容に胸が打たれた。
昼になれば人で賑わうこの大路も、この時間では野良犬一匹姿を見せない。ただ、この馬車のみが王都を走っている。おれだけが、この町を移動している。そして、おれだけが、この町から姿を消す。そんなあり得ない感慨に耽る。
馬車は王都の入り口についた。検問がある。
「カーテンを閉めてください」
御者はきっかりとした軍人の言葉で喋った。
「通れるのかい?」
「問題ありません。しかし、静かにしていて下さい」
おそらく、御者は大佐の直属の部下かなにかであろう。
馬車はそのスピードを緩め、衛兵の指図のもと停車した。御者は警備隊とも顔見知りらしく、謔笑を交えた世間話を二三しただけで、通ることが出来た。車内を検めることはしなかった。
王都を抜けると、王都で消費するための畑が連なる。王都もでかいと思ったが、畑はもっと広い。馬車に揺られるのみで、なにも出来ないおれは再びカーテンを開け、星明かりにうっすらと照らされる畑や牧場を眺めていた。
「どこに行くんだ?」
「着けば分かります」
思わず鼻で笑ってしまった。そりゃ、着けば分かるだろう。この御者に答える気がないことがよくわかった。
「貴官、階級は?」
「申し訳ありません。あなたとは話をしないよう大佐からの命令です」
だったらそう紙にでも書いておいてもらいたかった。
「なにも喋らないというのもまた疲れるだろう。おれは寝てしまえばいいが、貴官はそうもいくまい。話したくなったらいつでも言ってくれ」
御者はなにも喋らなかった。