大佐の話
おれはリン王女に嵌められた? いや、王女の愛は本物だ。おれを騙すようなことはあるはずがない。彼女を疑ってしまったら、おれはこの世を信じられなくなる。
というか、おれはもう死んでいるのか。ガーロ大佐が持っているのは間違いなくおれの死亡診断書だった。
「でさ、ライト君。君は死んだわけだ。もうこの世にアンフォール・ビュテ・ライトはいないわけだ。どういう意味か分かるかい?」
「おれは別の誰かになる、ということですか?」
ガーロ大佐は指を鳴らした。
「その通り。話が早い。賢い君ならなぜ別人になったかもう分かっているだろう」
おれになにかの仕事をさせるつもりだろう。それがなにかまではわからない。
「もし断ったら?」
「聞きたいか?」
「いえ。聞くまでもないですね」
死体が増えるだけだ。われながらつまらない質問をした。
「で、おれはなにをすればいいんですか?」
「簡単だよ。君の得意なことをするだけだ」
おれの得意なこと? 剣も軍学も一通りは修めた。だが、おれ程度のものはいくらでもいるだろう。
「とりあえず、場所を変えよう。話はそれからだ。ここはかび臭くて体に悪そうだから」
ガーロ大佐はよほどおれを信用しているのか、乗り込んだ馬車は、御者、大佐、そしておれの三人だけだ。もしおれが逃げたらどうするつもりなのだろうか。おれが逃げないという自信が大佐にはあるのだろう。
馬車は人気のない夜道を飛ばす。王都へ向かっている。監獄から王都までは二時間ほどである。大佐はなにも喋らないどころか、居眠りまでしている。
実際に、目的地に着くまでおれは逃げなかった。ちなみに、逃げるチャンスはいくらでもあった。
着いた先は王都にある大佐のご自宅だった。おれは二階の書斎に通された。大佐は自ら手にした蝋燭で、燭台に火をともしていった。
真っ暗だった部屋がにわかに色づいた。壁一面に書物が並び、大きな書き物机がでんと真ん中に据えられていた。前に一度だけ来たことがあったが、その時となにも変わっていないようだった。
大佐は書き物机の前に座り、おれは壁際に置かれた椅子に腰掛けた。
大佐はまだなにも喋らない。なにかを待っているようだった。おれもべつにことを焦ったりはしなかった。
しばらくすると侍女が紅茶を二つ持ってきた。直接手で受け取り、一口飲んだ後、サイドテーブルにカップ&ソーサーを置いた。
大佐の茶は書き物机の上で湯気を昇らせていた。
「さて、夜も遅いし、僕もそろそろ寝ないと、明日早いからね。簡潔に言うとしよう」