プロローグ2
「え、嘘でしょ」
彼女は彼方から聞こえる無数の馬蹄の音を耳にした。そして、丘の上で大きく振り返り、神都の方角を眺めた。しかし、夜の闇に閉ざされた視界は、神都の微かな灯りを浮かび上がらせるだけで、馬蹄の正体は掴めない。
「どうした?」
おれはその言葉が不自然にならないように、細心の注意を払った。ガーロ大佐の言葉に嘘はなかった。というより、ここまでやって、「冗談でした」なんて素敵すぎて腰が抜ける。
「ライト、ごめん。わたしやっぱり戻らないと」
「待てよ、今から戻ったって間に合わない」
エリアの瞳はまっすぐにおれを射貫いた。思わず目を背けてしまう。
「あなた、なにか知ってるの?」
「なにかって、なにを?」
「とにかく、わたしは戻る」
その時だった。空に光が集まった。おれたちの知っている常識をあざ笑うかのように、夜の空に光が集まる。これが、二十年前に我が軍を壊滅させた光。こんな光景初めて見た。そして、光は雷となり地面を突き刺さった。
彼女はその様子を見て、どことなくほっとしたように、駆け出そうとしていた足を一度戻した。
「なんだよ、あれ」
「神都の防衛魔法。ラゼルゲーハ。三十人の唱導師が気を念じて出現させる」
彼女の言葉は、意図せずに誇らしげに響いた。そう。彼女も、本当は三十人の唱導師のうちの一人なのだ。
おそらく、あの稲妻は我が軍に落ちた。あれがどれほどの威力かは分からないが。二十年前の記録だと、一撃で五百騎が死に、一千騎が動けなくなった。それを何発もくらったら、いかに精強を誇る我が軍でもどうしようもない。
おれは自軍がそんな悪魔みたいな反撃を受けたことを、悲しむべきなのか、それとも、エリアの立場に立って喜ぶべきなのか、判断しかねた。夜の黒さが、おれの表情を隠してくれる。せめてもの救いだ。
「っな!」
彼女が息を詰まらせた。神都から火が上がり、夜の点を紅く彩った。それは、少しずつであるが大きくなっていて、それと比例して、彼女の焦りが高まっていく。
「嘘、こんなの、わたしのせい……」
「エリアのせいじゃない」
「で、でも、わたしがいなかったからっ」
「なんのために三十人もいるんだよ。おまえのせいじゃないっ」
本当はおまえのせいだよ。だから、おまえのせいじゃないって、おれは強く言わねばならなかった。
「とにかく、戻らなきゃ。戻る」
一歩踏み出した足を止めるべく、おれはエリアの腕を握った。
「離してっ」
「ダメだ。もう遅い」
パン、と頬がはじかれた。おれはエリアから平手打ちを食らった。